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非情な判断
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再びハンナの力によって完全回復するルーカスだが、視界の先にいて、見下しているのか、脅威とみなしていないのか、あざ笑っているかのように何も行動しない二体のランドルに勝利するのは難しいと考えていた。
一体に集中して攻撃し続ければやがては勝利できるのかもしれないが、二体を同時に相手にすれば、集中して攻撃できる数も大きく減少するし、自分自身の防御にも相当気を遣わなくてはならない。
加えて、回復をしているハンナの魔力も永遠には続かない。
Aランクの実力がある為に、容易に複数回の高レベルの回復魔術を行使できているのだが、連続して行使している以上は、魔力の回復以上に消費が大きく、やがては術の行使が難しくなる。
即座にルーカスは判断した。
「ハンナ、良く聞け。ここは撤退だ。ドリアス達も聞こえるか?攻撃の手を緩めずに、撤退の準備をしろ!」
「承知しました」
「えっ?俺達は……」
目の前で行われるやり取りに、救助してもらった冒険者の男は訪れる未来が見えた。
未だ意識を取り戻す事の出来ない相棒の冒険者を見捨てるわけには行かないので、背負って逃げる事になるのだが……
高速で移動できるランドルから逃げおおせる訳はない。
つまり、再び日の光を見る事ができないという事を理解してしまった。
繰り返しになるが、冒険者は自己責任。
ここで見捨てられても文句は言えないのだ。
ルーカスとしては、三体のランドルの首をギルド本部に叩きつけてやる気持ちでいたのだが、何よりも自分の命が重要であり、即座に撤退の決断を下していた。
しかし、あれ程の攻撃を仕掛けても倒せず、更には視認し辛い魔術を楽に行使してくる相手に、簡単に逃げおおせるとも思っていない。
そこで思いついたのが、一時期は助けようとしていた冒険者の二人だ。
見た感じ、男は意識の無い女を必死で助けようとしている。
「おい、お前!交換条件と行こうか」
突然ルーカスから声を掛けられる冒険者の男。
「俺達がその女を地上に連れて行き助けてやる。その間、少しでもあの三体の足止めをしろ」
ハンナ曰く、地上に連れて行っても相棒が助かる可能性は低いと言われていた男だが、どの道自分は助からないと覚悟していた為に、最後の望みに懸ける事にした。
「……わかった。彼女を、カスミを頼む。それと、【自由の風】のギルマスに、シルバは死亡したと伝えておいてくれ」
悲壮な覚悟で懐からネックレスを取り出して、意識の無い女性、カスミにつけて、最後の別れを惜しむように優しく口づけする。
そもそもこの男シルバは、魔術を行使するランドル二体とルーカスの戦闘すら視認できていないのでどれ程足止めできるのかは不安だったのだが、そんな事は言っていられないと判断した。
「良し、お前ら聞け!十秒後に俺が魔術をぶっ放す。一瞬目を瞑れ。その後に撤退だ!」
高レベルの魔獣は人言を理解する個体も存在するので、ルーカスのこの叫びは愚行以外の何物でもないのだが、余裕のないルーカスでは正しい対応ができない。
こう言った状況に陥ってしまった場合、今迄は他の<勇者>と呼ばれていた仲間が対応してくれていた為に、経験が圧倒的に不足していたのだ。
幸か不幸か、この場にいるランドル三体は言葉を理解していなかったのだが……
「……7、6……2、1…」
ルーカスのカウントダウンが終了する直前に、シルバは目を保護するように手で覆い隠した。
本来は魔獣の目の前でこのような行為を行う事は致命的な隙になるのだが、ルーカスが魔術を行使すると宣言している以上、他の選択肢はないのだ。
その状態でも、かなりの光が周囲を照らしているのが理解できるので、ルーカスは魔獣に対して目くらましの魔術か魔道具を起動したのだろうと判断したシルバ。
「グ……グォ……」
魔獣であるランドル達も不意を突かれたようで混乱しているかのような声を出しているが、目を保護していたシルバは、ランドル三体よりも早くに周囲を確認する事が出来た。
直前までいたルーカスや、癒しの魔術を行使していたハンナ、一体の魔獣と戦闘を行っていたドリアスや魔術を行使していた一行は消えていた。
「な?あの野郎!」
そして、本来は約束していた意識の無い相方、シルバの妻であるカスミも同行させると言う約束だったにもかかわらず、カスミは変わらずに目の前で横たわっていたのだ。
いくら冒険者が自己責任とは言え、命を捨てるほどの覚悟をさせた代償を反故にする事は許される事ではない。
ルーカス達の総意としては、どうやっても助からない人物を連れて足手纏いになるよりも、一刻も早くダンジョンから脱出する方が先決だと考えたのだ。
あの高い防御力を誇る毛を貫通するような付与、特殊な魔道具等がなければ始末できないと言う結論に達していた為、それらの準備を少しでも早く開始したいと言う気持ちがあったのだ。
一応ギルド【自由の風】には、カスミとシルバ二名の死亡は伝えておこうとだけは思っていた。
「カスミ、ごめん。こんな所で終えるなんて……これから幸せな生活が始まるはずだったのに……」
最早足止めするつもりもなくなりすっかり諦め、せめてカスミの近くにいてあげたいと思っているシルバは、意識の無いカスミの近くに座り、優しく髪を撫でていた。
「カスミは、こうされるのが好きだったよな。これが最後になるけど……」
そう遠くない時間で、ランドル達の視界も元に戻るだろう。
そうなれば、二人の命はそこで終わり。
最後の短い時間を、愛し愛されたカスミの為だけに使っているシルバだが……
「バカな!」
転げ落ちながら、約束を反故にしたルーカス一行が戻ってきたのだ。
もう何も言う気力もなく、只々カスミとの時間を過ごしているシルバ。
「何故Aランクのランドルが四体もいる!!しかもあいつは……言葉を理解する上位個体だぞ!」
ルーカスの叫びがこの場を支配するが、シルバにはもう何も響かない。
一方で【勇者の館】の冒険者達は恐怖に顔を引きつらせていた。
Aランクのドリアス、ハンナも含めてだ。
既に撤退中に遭遇して戦闘したのだろう。
ルーカスの腕には浅くない切り傷があるのだが、ハンナは四体目のランドルとの戦闘時に、冒険者達に高レベルの回復魔術を行使し続けていたので魔力切れを起こしており、これ以上の術の行使はできない状態に陥っていた。
「この俺、Sランク冒険者のこの俺様がこんな所で……」
配下と共に戦闘を行って手も足も出なかったルーカスは、諦めの言葉を漏らしていた。
一体に集中して攻撃し続ければやがては勝利できるのかもしれないが、二体を同時に相手にすれば、集中して攻撃できる数も大きく減少するし、自分自身の防御にも相当気を遣わなくてはならない。
加えて、回復をしているハンナの魔力も永遠には続かない。
Aランクの実力がある為に、容易に複数回の高レベルの回復魔術を行使できているのだが、連続して行使している以上は、魔力の回復以上に消費が大きく、やがては術の行使が難しくなる。
即座にルーカスは判断した。
「ハンナ、良く聞け。ここは撤退だ。ドリアス達も聞こえるか?攻撃の手を緩めずに、撤退の準備をしろ!」
「承知しました」
「えっ?俺達は……」
目の前で行われるやり取りに、救助してもらった冒険者の男は訪れる未来が見えた。
未だ意識を取り戻す事の出来ない相棒の冒険者を見捨てるわけには行かないので、背負って逃げる事になるのだが……
高速で移動できるランドルから逃げおおせる訳はない。
つまり、再び日の光を見る事ができないという事を理解してしまった。
繰り返しになるが、冒険者は自己責任。
ここで見捨てられても文句は言えないのだ。
ルーカスとしては、三体のランドルの首をギルド本部に叩きつけてやる気持ちでいたのだが、何よりも自分の命が重要であり、即座に撤退の決断を下していた。
しかし、あれ程の攻撃を仕掛けても倒せず、更には視認し辛い魔術を楽に行使してくる相手に、簡単に逃げおおせるとも思っていない。
そこで思いついたのが、一時期は助けようとしていた冒険者の二人だ。
見た感じ、男は意識の無い女を必死で助けようとしている。
「おい、お前!交換条件と行こうか」
突然ルーカスから声を掛けられる冒険者の男。
「俺達がその女を地上に連れて行き助けてやる。その間、少しでもあの三体の足止めをしろ」
ハンナ曰く、地上に連れて行っても相棒が助かる可能性は低いと言われていた男だが、どの道自分は助からないと覚悟していた為に、最後の望みに懸ける事にした。
「……わかった。彼女を、カスミを頼む。それと、【自由の風】のギルマスに、シルバは死亡したと伝えておいてくれ」
悲壮な覚悟で懐からネックレスを取り出して、意識の無い女性、カスミにつけて、最後の別れを惜しむように優しく口づけする。
そもそもこの男シルバは、魔術を行使するランドル二体とルーカスの戦闘すら視認できていないのでどれ程足止めできるのかは不安だったのだが、そんな事は言っていられないと判断した。
「良し、お前ら聞け!十秒後に俺が魔術をぶっ放す。一瞬目を瞑れ。その後に撤退だ!」
高レベルの魔獣は人言を理解する個体も存在するので、ルーカスのこの叫びは愚行以外の何物でもないのだが、余裕のないルーカスでは正しい対応ができない。
こう言った状況に陥ってしまった場合、今迄は他の<勇者>と呼ばれていた仲間が対応してくれていた為に、経験が圧倒的に不足していたのだ。
幸か不幸か、この場にいるランドル三体は言葉を理解していなかったのだが……
「……7、6……2、1…」
ルーカスのカウントダウンが終了する直前に、シルバは目を保護するように手で覆い隠した。
本来は魔獣の目の前でこのような行為を行う事は致命的な隙になるのだが、ルーカスが魔術を行使すると宣言している以上、他の選択肢はないのだ。
その状態でも、かなりの光が周囲を照らしているのが理解できるので、ルーカスは魔獣に対して目くらましの魔術か魔道具を起動したのだろうと判断したシルバ。
「グ……グォ……」
魔獣であるランドル達も不意を突かれたようで混乱しているかのような声を出しているが、目を保護していたシルバは、ランドル三体よりも早くに周囲を確認する事が出来た。
直前までいたルーカスや、癒しの魔術を行使していたハンナ、一体の魔獣と戦闘を行っていたドリアスや魔術を行使していた一行は消えていた。
「な?あの野郎!」
そして、本来は約束していた意識の無い相方、シルバの妻であるカスミも同行させると言う約束だったにもかかわらず、カスミは変わらずに目の前で横たわっていたのだ。
いくら冒険者が自己責任とは言え、命を捨てるほどの覚悟をさせた代償を反故にする事は許される事ではない。
ルーカス達の総意としては、どうやっても助からない人物を連れて足手纏いになるよりも、一刻も早くダンジョンから脱出する方が先決だと考えたのだ。
あの高い防御力を誇る毛を貫通するような付与、特殊な魔道具等がなければ始末できないと言う結論に達していた為、それらの準備を少しでも早く開始したいと言う気持ちがあったのだ。
一応ギルド【自由の風】には、カスミとシルバ二名の死亡は伝えておこうとだけは思っていた。
「カスミ、ごめん。こんな所で終えるなんて……これから幸せな生活が始まるはずだったのに……」
最早足止めするつもりもなくなりすっかり諦め、せめてカスミの近くにいてあげたいと思っているシルバは、意識の無いカスミの近くに座り、優しく髪を撫でていた。
「カスミは、こうされるのが好きだったよな。これが最後になるけど……」
そう遠くない時間で、ランドル達の視界も元に戻るだろう。
そうなれば、二人の命はそこで終わり。
最後の短い時間を、愛し愛されたカスミの為だけに使っているシルバだが……
「バカな!」
転げ落ちながら、約束を反故にしたルーカス一行が戻ってきたのだ。
もう何も言う気力もなく、只々カスミとの時間を過ごしているシルバ。
「何故Aランクのランドルが四体もいる!!しかもあいつは……言葉を理解する上位個体だぞ!」
ルーカスの叫びがこの場を支配するが、シルバにはもう何も響かない。
一方で【勇者の館】の冒険者達は恐怖に顔を引きつらせていた。
Aランクのドリアス、ハンナも含めてだ。
既に撤退中に遭遇して戦闘したのだろう。
ルーカスの腕には浅くない切り傷があるのだが、ハンナは四体目のランドルとの戦闘時に、冒険者達に高レベルの回復魔術を行使し続けていたので魔力切れを起こしており、これ以上の術の行使はできない状態に陥っていた。
「この俺、Sランク冒険者のこの俺様がこんな所で……」
配下と共に戦闘を行って手も足も出なかったルーカスは、諦めの言葉を漏らしていた。
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