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悪女三姉妹

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 悪女三姉妹――――それが、末姫であるコレットと姉達を指して言われる呼び名だ。
 

 三姉妹の筆頭である長姉は、その呼び名が気に入っていた。

 ディア王女と同じく将来の国主として育てられ、結婚に一切の夢を持たない。結婚相手の持参金や資源ばかりを気にするのも、そっくりだ。

 まだコレットが苦言を呈するだけの隙があるディアとは違い、姉は完全無欠である。普段は愛想の欠片も無く、打算が働いた時のみ笑顔を向け、敵とみなせば容赦がない。
 言質をとって己の意のままに誘導するのも得意で、『悪魔のような女』だの、『世界一の悪女』だのと陰口を叩かれるのも長姉が最も多かった。

 次姉は、その呼び名を受け入れていた。
 異能の力を持って産まれた自分達は、目立つ存在だ。聖女と崇められる事もあれば、奇妙な術を使う怪しげな姫達と忌避される事もある。その時々で人の口など変わるものだと、諦めにも似た顔で言っていた。

 だが、末姫であるコレットは、最もその呼び名に反発したものだった。

 長姉は気にしていなかったが、本心を誰にも明かさない人であるだけに定かではない。ただ、大人しく口数の少ない次姉は、密かに心を痛めていた事を知っていた。

 三姉妹でありながらも滅多に会う事は許されず別々の塔で暮していたが、会う度に言葉の端々からそれは滲み出ていたからだ。

 だから、コレットはあまり力を使いたがらなかった姉達を他所に積極的に病を癒して回り、父王やその廷臣達からも惜しみない賛辞を送られた。

 自分が頑張れば、我慢すれば――――いつかきっと、分かってくれると信じた。

 次から次へとコレットの治癒の力を求めて王城に病人が押し寄せ、彼らへの対応に忙殺される日々が過ぎた。

 大事な御身なのですから。

 それが何処に行くにも己の警護と称してついて回った《剣》や《盾》の常套句だった。

 お前が大切だからだ。

 父王はコレットが王城の外に出て、人々と触れ合い、市井の様子を見て回りたいと言っても決して許さず、そう繰り返し告げるだけだった。

 彼らの言い分を信じ、ひたすら治癒の力を使い続けたが――――ある日、それが全て嘘だと知った。


 自分が病を癒した者が、後日になって父王に莫大な量の献上品を送ってきたのを偶然目にしてしまったからだ。帰り際になって、使者達がなんとも強欲な姫君だと苦々し気に言っているのも聞こえてしまった。

 ――――私は、国に利用されていただけなの?

 コレットが癒す事が許されていたのは、自国に益のあると判断された者だけだった。金品や領地などの見返りを求め、用意できない者は追い返されていた。

 自分の愚かさに、何度泣いたか分からない。

 姉達の賢明さと、自分の傲慢な考えに、何度恥じ入ったか分からない。目の前の事ばかりに気を取られ、人々や姉達を助けた気になっていたが、大きな過ちだった。

 でも、コレットは力を使う事は止められなかった。

 たとえ、自分の元に通されるが金品を積んだ者であっても、病を得ている弱者であることには変わりがないからだ。事実を知ってからも彼らを癒し、そして密かに街にも出て、手の施しようがないと言われた病人たちを優先して癒し続けた。

 名を伏せ、顔を隠し、治癒の力を使われた事を決して口外してはいけないと、約束の上だ。自分が外で力を使っている事が父王達に知られたら、いよいよ王城から出して貰えなくなる。

 自分には彼らを救う力がある。

 ならばそれを使うのは、治癒という稀有な力を手にした自分の『義務』だ。そう信じて、挫けそうになった己の心を支えた。

 そんな日々は、一年程で終わりを告げた。

 異能の力には、限りがあったからだ。

 街で重病の者を一人癒した後、コレットの力は急速に衰えた。
 いずれ尽きると言われていたし、覚悟もしていたが無力感に苛まれていた中、母妃が病に倒れた。母を深く愛していた父王や、周囲の臣下達から治癒の力を使うよう迫られたが、コレットは何も出来なかった。

 衰弱していく母を前に何も出来ず、姉達からは冷ややかな目で見られた。

 ただ、母だけは優しかった。

『もう苦しまないで』

 そう言い残して、力尽きた。

 役立たずめ――――父王からはそう吐き捨てられ、母の葬儀を終えた後、塔に放り込まれて出して貰えなくなった。母妃を救えなかった事で、コレットの治癒の力が尽きた事が露呈してしまったからだ。

 王家の姫という肩書きしか残らなかった末姫に残されたのは政略結婚の道具となる事だったが、母を見殺しにした《悪女》と囁かれ、相手は中々決まらない。

 ようやく決まった相手は、粗暴で知られる属国の王だ。

 絵姿も見せられたが、全身を描かれたものであったせいで顔は小さく、見る限りおよそ特徴のない若い男だった。画家の腕が悪いのか、それとも本人の容姿がまずいのかは分からない。

 容姿なんて何でも良いと、コレットは思った。
 どんなに毛嫌いする男でも、二目と見られぬ顔の男でも、嫁ぐという選択肢以外は無いからだ。
 
 治癒という稀有な力を得た者が、病を救うのが義務ならば。
 王家に産まれた者は国家の為に嫁ぎ、役割を果たす事が義務だ。

高貴な者は責任を果たす義務があるノブレスオブリージュ』という言葉もある。

 ディア王女のように、国の奴隷じゃ無いと投げ出せたら、どれほどいいだろう。

 だが、母を救えず父や姉達にも疎まれた末姫に、そんな事が出来るはずがない。どんな嫁ぎ先であっても、我慢して耐えるべきだと、戒めた。そんなコレットの覚悟を、一蹴したのは長姉だった。

「貴女は甘いのよ。嫁ぐ前にそれをよく思い知ると良いわ」

 自分が与えた本をコレットが読み終わる頃を見計らったように塔にやってきて、そう短く告げると《力》を使った。

 長姉の異能は、コレット達の《治癒》とはまるで種の違うものだ。

 彼女が思い描いたり考えたりした話が、一冊の本になる。そして、現実世界にいる者を、その世界へと堕とし、体験させる事が出来るというものだ。

 登場人物に成り代わる事も出来るし、話の根幹に関わらない一庶民にさせる事もできる。

 全ては長姉の采配次第だ。

 コレットは、姉に創られた世界へと堕とされた。

 当然ながら誰も頼れる者はいない。話の展開や登場人物達はおおむね理解していたが、彼らと関わらないと、話がどうなっているのか分からない。そして、結末までいかなければ、現実世界には戻れないという規律があった。

 このまま本の世界に留まり、『帰らない』という選択もある。

 この国では、この世界では、コレットはただの一庶民に過ぎない。

 現実世界では自分と姉しか無かった治癒の力も、強弱はあるにしても持って産まれている者がいるから、コレットだけが目立つ訳でもない。

 流された悪評も一切無く、もはや軽症の者しか治せないにも関わらず喜ばれる。

 暮らす人々も、国王一家も善良だ。

 あぁ、ここはなんて美しい国で、平和なのだろう。居心地のいい場所だろう。
 ここでは自分は王女でも何でもないから、警護や監視の目も無い。
 どこで何をしていても、誰にも気にされない。

 コレット自身、なかなか王城から出して貰えなかったから、たとえ話の中とはいっても、抜け出せている事が嬉しくて仕方が無かった。

 だが、それをいつまでも甘受するのは、王族としての義務までも放棄した事になる。

 コレットは、ディア王女の侍女になった。
 身元不明の自分が治癒の力を見せただけで、あっさりと受け入れられたのは、姉の力が働いている事と創作の世界であるからだろう。

 侍女として傍にいて――――ディア王女が、後に『大聖女』としての力が目覚める結末まで、待てばいい。

 ただ、よもや彼女に『お願い。助けて、大聖女さま!』などと、縋られるとは思ってもいなかった。

 大聖女様は貴女だろう。

 自分の置かれている立場もあって黙ったが、コレットはそう言いそうになったものだった。
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