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第二章
7-1.
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7-1.
討伐遠征を無事に成功させ、何とかもぎとった一月の休暇。『北の魔物対策を知りたい』と言う―帰還後も己の秘書官を続けている―マイワットを連れて、北の辺境領を訪れた。
南での次期辺境伯夫人への失態にもかかわらず、転移の間までわざわざ足を運んでくれた夫妻には、思いもかけず丁寧な歓待を受けることとなった。
久しぶりに―実際には一月程だが―再会したヴィアンカも、態度を硬化させることもなく、最後に別れを告げた頃の気安さで接してくれた。
これで、砦での再会時のような態度をとられていたら、かなりの打撃を受けていたのは間違いない。
―だから、期待してしまったのだ。彼女との新しい関係を
北に来てから、2週間が経つ頃には、己の知るヴィアンカが、如何に一方的なものであったかを思い知った。多くの仲間や部下に囲まれて鍛練に励む姿、辺境伯やその息子夫婦と親しく語り合う時の穏やかな表情。
そうした姿に、己の視野の狭さを猛省しながら、同時に焦りと嫉妬を感じていた。彼女を取り囲む多くの視線。そこに込められた想いが、様々であるとはわかっていても。返す彼女の視線に、彼らへの深い想いを知って。
鬱屈とした想いを抱える中、偶然に見つけた一人きりの姿。鍛練に臨むヴィアンカを見たときには、抑えきれない想いのまま彼女に近づいた。
「ラギアス?」
「…」
―酷い顔をしているだろうに、見下げたはてた、獣のような
拒絶も、逃げる気配も見せない彼女に手を伸ばす。
「!」
引き寄せ、硬くした身を構わず抱き締める。腕の中、深く抱き込んで、黒髪に顔を埋めた。己に捕らえた一瞬の充足と、それを軽々と抜け出していくと知るが故の、焦燥。
「お前が好きだ」
「…」
大人しく囚われたまま、しかし返る返事はない。
「くそっ!何でだよ!?こんなに欲しくて欲しくて!頭おかしくなりそうなくれえなのに!」
抱き締める腕に力が籠る。
「何で、こんなに欲しいのに、お前は俺のもんじゃねえんだよ。お前だけは、誰にも譲らねえ。絶対に、欲しい。なのに…」
抱き込んだヴィアンカが身動いて、伸ばされた手が己の腕を軽く叩く。
「落ち着け、ラギアス。とりあえず腕の力を抜け。顔が見えん」
言われるまま、ゆるゆると力を抜けば、見上げてくる赤眼に縫い止められる。その瞳が、己の瞳に何かを探して、フッと伏せられた。
「あなたの気持ちはわかった」
言って、ヴィアンカが身を引く。逃げていった温もり。その寒さに身が震える。
「だが私の気持ちは、あなたにはやれない」
「っ!」
拒絶の言葉に、心臓を握りつぶされる。
「そもそも、ラギアス、あなたは私を信じられないだろう?」
「!?俺は、」
「聞け」
否定しようとする言葉を遮られる。
「あなたは、かつてサリアリアを襲ったのが私だと思っている。そのような罪を犯すと思われている相手。私の有り様を心から信じてもらえぬ相手に、自分の心を明け渡せるほど、私は強くない」
「っ!」
「ラギアス、私達の間にあった過去を無かったことには出来ない」
―何も、言えなかった。
押し黙る己に苦笑して、ヴィアンカが去っていく。俺は、あいつの背中を見送ってばかりで、立ちたいのはあいつの隣、その場所なのに。どうすれば、そこに行けるというのか―
討伐遠征を無事に成功させ、何とかもぎとった一月の休暇。『北の魔物対策を知りたい』と言う―帰還後も己の秘書官を続けている―マイワットを連れて、北の辺境領を訪れた。
南での次期辺境伯夫人への失態にもかかわらず、転移の間までわざわざ足を運んでくれた夫妻には、思いもかけず丁寧な歓待を受けることとなった。
久しぶりに―実際には一月程だが―再会したヴィアンカも、態度を硬化させることもなく、最後に別れを告げた頃の気安さで接してくれた。
これで、砦での再会時のような態度をとられていたら、かなりの打撃を受けていたのは間違いない。
―だから、期待してしまったのだ。彼女との新しい関係を
北に来てから、2週間が経つ頃には、己の知るヴィアンカが、如何に一方的なものであったかを思い知った。多くの仲間や部下に囲まれて鍛練に励む姿、辺境伯やその息子夫婦と親しく語り合う時の穏やかな表情。
そうした姿に、己の視野の狭さを猛省しながら、同時に焦りと嫉妬を感じていた。彼女を取り囲む多くの視線。そこに込められた想いが、様々であるとはわかっていても。返す彼女の視線に、彼らへの深い想いを知って。
鬱屈とした想いを抱える中、偶然に見つけた一人きりの姿。鍛練に臨むヴィアンカを見たときには、抑えきれない想いのまま彼女に近づいた。
「ラギアス?」
「…」
―酷い顔をしているだろうに、見下げたはてた、獣のような
拒絶も、逃げる気配も見せない彼女に手を伸ばす。
「!」
引き寄せ、硬くした身を構わず抱き締める。腕の中、深く抱き込んで、黒髪に顔を埋めた。己に捕らえた一瞬の充足と、それを軽々と抜け出していくと知るが故の、焦燥。
「お前が好きだ」
「…」
大人しく囚われたまま、しかし返る返事はない。
「くそっ!何でだよ!?こんなに欲しくて欲しくて!頭おかしくなりそうなくれえなのに!」
抱き締める腕に力が籠る。
「何で、こんなに欲しいのに、お前は俺のもんじゃねえんだよ。お前だけは、誰にも譲らねえ。絶対に、欲しい。なのに…」
抱き込んだヴィアンカが身動いて、伸ばされた手が己の腕を軽く叩く。
「落ち着け、ラギアス。とりあえず腕の力を抜け。顔が見えん」
言われるまま、ゆるゆると力を抜けば、見上げてくる赤眼に縫い止められる。その瞳が、己の瞳に何かを探して、フッと伏せられた。
「あなたの気持ちはわかった」
言って、ヴィアンカが身を引く。逃げていった温もり。その寒さに身が震える。
「だが私の気持ちは、あなたにはやれない」
「っ!」
拒絶の言葉に、心臓を握りつぶされる。
「そもそも、ラギアス、あなたは私を信じられないだろう?」
「!?俺は、」
「聞け」
否定しようとする言葉を遮られる。
「あなたは、かつてサリアリアを襲ったのが私だと思っている。そのような罪を犯すと思われている相手。私の有り様を心から信じてもらえぬ相手に、自分の心を明け渡せるほど、私は強くない」
「っ!」
「ラギアス、私達の間にあった過去を無かったことには出来ない」
―何も、言えなかった。
押し黙る己に苦笑して、ヴィアンカが去っていく。俺は、あいつの背中を見送ってばかりで、立ちたいのはあいつの隣、その場所なのに。どうすれば、そこに行けるというのか―
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