辺境の娘 英雄の娘

リコピン

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第二章

7-2.

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7-2.

物心が付く頃には、姉と母と自分の3人で帝国中を旅して回っていた。本当に幼い頃は、たまにそこにフラりと加わる―金髪に、姉そっくりの赤眼をした―男がいたが、いつしかその姿を見ることも無くなった。

その母と自分に血の繋がりがなく、金髪の男が姉と自分の父親だと知ったのは、ずっと後。母が旅の途中で亡くなり、姉に手を引かれて母の故郷を訪ねた時に初めて知った。

剣を習い始めていたとは言え、まだ四つを数えたばかりの自分は姉のお荷物でしかなく。血の繋がらない母の故郷で、自分の居場所をつくるため一心に剣を振るった。

いつしか、ここが自分の故郷だと思えるようになってからも、心乱れるようなことがあれば剣を振るう。そんな生活を続けてここまで来た。

―だから、一心不乱に剣を振るう背に声を掛けたのは、自分に似ていると思ったから





「ヂアーチ大隊長」

「…ホーンか。今は大隊長でも何でもない。ラギアスでいい」

「では、自分もリュクムンドと」

剣を止めた男の顔には、いくら剣を振るっても晴れなかったのだろう、苦悩の色が浮かんでいる。

「手合わせをお願いできますか?」

「…まあ、いいけどよ」

精彩を欠く返事。心ここにあらずなのだろうが、この男の剣の腕は確か。南の城塞で何度か打ち合ったことがあったが、一撃も入れることなく、惨敗している。

剣の腕には敬服する―それはヴィアンカだけでなく、あのレイリアさえも同じる―ものの、ヴィアンカへの態度から、どうしても認めることが出来なかった男。刃を潰した剣を構える男に、彼の副官との会話が蘇る。

―何故、副官殿はヂアーチ大隊長に従っているのですか?

ラギアスに忠誠を誓う副官には、親しくなればその指揮能力の高さにも、人柄にも敬意の念を抱かされた。だから何故、そんな彼がラギアスを選んだのか、不思議に思って尋ねたのだ。

―あの人、あれで生粋の軍人一家の御曹司、本来なら雲の上の人なんだよ

楽しそうに笑った男。

―実際、ポーカーフェイスも得意で、お偉方とやりあうときの顔なんて、誰だこれ?て毎回笑いそうになる

そこにあるのは、上司に対する信頼と敬愛。

―でも、俺らにはわかりやすい素を見せてくれんだよ。得難いだろ?そんな上司

揺るぎない想いに、感じたのは自分がヴィアンカに向けるのと同じ、確かな絆。

「…」

「…どうした?」

剣を構えたまま動かずにいれば、訝しげに声をかけてくる男。

―気が変わった

「すみません。剣でなく、こちらで」

「!」

剣を置き、拳を握って見せれば、ラギアスの顔に獰猛な笑みが浮かんだ。

「構わねえが、手加減はしねえぞ」

「望むところです」

思うところは多々あるが、結局やはり一度はこの男を殴っておかなければ、気がすまない。そして、自分にはその資格があるはずだ。

腰を落としたラギアスに、地を蹴った勢いのまま殴り付ける。固めた腕で弾かれるが、構わず反対の拳を叩き込む。再び防がれたところで、後ろに跳びすさる。が、一瞬間に合わずに腹に蹴りを受けた。

「っ!」

「オラ、どうした?来いよ」

挑発してくる男に、火が着いた。いいだろう、乗ってやる。再び勢いに任せた拳を振るう。捕まれた拳、逃げられずに挙げた反対の拳も捕まれた。力任せの押し合い。じわじわと圧されていく。

流石に、ヴィアンカの身体強化込みの稽古相手が務まっただけのことはある。悔しいが、力も速さも追いつかない、現時点では、だ。そこに、いつまでも甘んじるつもりはない―

余裕綽々の男に、こちらも、せいぜい不敵に笑って返す。

「あんた、もう一つ勘違いしてるみたいだから、俺も訂正しといてやるよ」

「!?」

レイリアの時を思い出したか、怯んだ男の力が一瞬、抜ける。思いっきり押し込んで、その腹を蹴飛ばした。反動で自由になる両手。

「ヴィアは俺の姉だ」

「!?」

面白いほどの驚愕に固まった男。一発は入れると決めている。

「レイは俺の恋人だ」

唖然と立ち竦む男の頬、渾身の一撃を決める。堪らず、倒れた男を見下ろした。

「あんた、ヴィアのベッドでレイの肌、見たよな?」

文句があるかと胸を張れば、地面に転がり呆けた男の口から哄笑があがる。

「はっ!本当に俺の目は腐ってたんだな」

自嘲をもらす声は、それでもどこか明るい。それに、いささか毒気を抜かれた。

「…まあ、ヴィアもあんな感じだから、理解しにくいとは思います」

手を差し出せば、自分より体格のいい男は、躊躇なく握り返して立ち上がる。先程までより、はるかに明るい表情。

「…あんなだから。ヴィアを止めるのも護るのも俺の、俺達の役目だと思ってます」

「…」

「南でヴィアが突っ走った時も、貴方に『頼む』と言われて悪い気はしなかった。その分くらいは、貴方の味方になってもいいと。そう思っています」

「ははっ!」

自分の言葉に心からの破顔を見せる男。この男のこういう表情は悪くない。男の副官の顔が浮かぶ。

自分のとった、らしくない行動と言葉に、気恥ずかしさが沸いてくる。目的も達した、長居は無用だ。

「…もう戻ります」

「…リュクムンド、ありがとな」

向けた背に、聞こえた気がした呟きには振り返らない。 

結局、男がどういう選択をするか、姉が何を選ぶのかは彼ら次第。だが、男の進む道が、自分達と、自分の姉と交差する。或いは、そんな未来も―




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