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最終章 領主夫人、再び王都へ

12.暴露

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「…夢、だと…?」

怒りを押し殺した声。目の前の王太子からではなく、サキアの向こう側に立つアンバー・フォーリーンが発した声に、そちらに視線を向ける。

「はい。夢です。」

「っ!?貴様っ!?私を愚弄するつもりかっ!?」

「いいえ。そんなつもりは、」

「ならばこの期に及んでくだらぬことを口にするな!」

「…話を、最後まで聞いて下さい。くだらないかどうかは、」

「くどい!貴様の話にどれほどの価値があると、」

「アンバー、控えろ。」

叫び続けるアンバー・フォーリーンの声を遮った王太子の声。僅かにイラつきを感じさせるその声に、アンバーの鋭い視線が王太子へと向けられる。

「…殿下、私にはくだらぬことに費やす時間などありません。早急に巫女の引き渡しを、」

「駄目だ。…アンバー、巫女の力を必要とするならば、先ずは彼女の話を聞け。彼女が協力出来ぬ理由を知り、それを取り除くことが、」

「理由!?そんなものあるはずがないでしょうっ!」

言って、こちらに向けられるアンバーの指先。

「巫女のこの態度は私への意趣返し!禁書など関係ない!この女は端から私に協力するつもりなどないのですよ!」

「…」

アンバーの言葉に、王太子が一瞬、黙り込む。彼も、アンバーの言葉を咄嗟には否定できなかったらしい。

「…自覚、あったんですね。」

「なん、だと…!」

「私に意趣返しされる、嫌われているっていう自覚、あったんだなぁと思いまして。」

「っ!貴様ぁっ!」

「ああ、でも、勘違いしないで下さい。私はそういう私怨から助力をお断わりしている訳ではありません。」

かつて、「殺したい」と思うほどの私怨があったことは否定しないが、それは、アンバー・フォーリーンに対してのもの。クリューガー伯爵令嬢に対しては、今や、同情の気持ちが勝る。

「…出来れば、…許されることなら、私だって、クリューガー伯爵令嬢をお助けしたいと思っています。」

「アンブロス夫人、では、何が問題なのだ?」

横から王太子に尋ねられ、答えを口にする。先ほど、言いかけた言葉─

「夢を見た、と申し上げましたよね?」

「ああ。だが、それが…?」

「私が見たのは、元の世界の夢です。…ちょうど、蒼月の夜に、二度。」

「…」

「それがなんだというのだっ!」

黙り込んだ王太子と対照的に、未だ激昂したままのアンバー・フォーリーンが叫ぶ。その声を無視して、王太子へと語りかけた。

「…一度目、元の世界の『夢』を見たのは、ちょうど、クリューガー伯爵令嬢が私の世界へ飛ばされた日でした。」

「それは…」

「ええ。ただの夢。…私だって、そう思いました。…ただ…」

思い出す、夢の中での感覚。

「私、懐かしいと思わなかったんですよね…」

「…どういう…?」

「夢の中の私は、元の世界にただ恐怖していました。…見慣れない風景、見慣れない人達、…まるで、…」

「それは…、いや、だが、まさか…」

「夢の中の光景、私にとっては見知ったものだったんです。…ちょうど、こちらの世界へ来る直前に私が歩いていた場所でしたから。」

「…」

「…なのに、は、懐かしいと思うこともなく、ただ、怖くて怖くて…。…その感覚にも覚えがありましたよ?…私が、こちらに来た時に感じていたものとそっくり…」

そこまで言って、漸く静かになった男へと視線を向ける。

「…あの夜、私とクリューガー伯爵令嬢は何らかの形で繋がっていた。…例えば、彼女の意識と私の意識が繋がっていた、ということは考えられませんか?」

「…馬鹿な。そんな話は聞いたことも…」

言葉を切り、一瞬、考えこむ様子を見せた男から、隣のセルジュへと視線を向ける。それまで成り行きを見守っていたセルジュに視線で問えば、小さな頷きが返って来た。

「…可能性が全く無いわけではありません。召喚陣は古代の技術、未だ解明されていない部分も多いため、或いは、」

「貴様、なぜ今までその話を黙っていた…?」

「…」

セルジュの説明をぶった切り、質問を投げかけて来た男に肩をすくめて答える。

「ただの夢だと思っていましたから。」

「…」

「魔術師長も仰られてましたよね?『夢がなんだって言うんだ』って。」

「っ!」

「くだらないって切り捨てられるようなことを態々口にしたりはしません。」

忌々し気に顔をしかめる男は、しかし、次の瞬間にはその表情を変える。セルジュが見せるのとどこか似たような表情、何かを深く考え込んでから─

「…試してみる価値はあるかもしれん…」

「試す…?」

「…前回、ティアの救出に失敗したのは、陣の構造上の問題があったためだ。蒼月の向こう側、陣の開かれる場所は固定されている。陣の起動している僅かな時間ではティアの存在をつかむことが出来なかった。」

言葉を切り、一瞬だけ、こちらに向けられた視線。

「…巫女には、陣の起動時間を引き延ばす手伝いをさせるつもりでいたが…。ティアと巫女の間に何らかの魔力的な繋がりがあるとしたら…」

そこでまた考え込み始めた男は、だけど、肝心なことを忘れてしまっているらしい。

「…魔術師長、何度も言ってますけど、私、あなたに協力するつもりはないですから。」

「…何が望みだ?」

「え…?」

「金か?名誉か?」

「…」

「何が目的で力を出し惜しむ?貴様がその地位にあるのは、私の力あってこそ。私の求めに応じぬなど、断じて認められない。」

「っ!」

(…ほんっとにムカつくやつ…!)

久々に本気で腹が立つ台詞を聞かされた。思わず握った拳。怒鳴り返してやろうかと思ったけれど─

「…アオイ?」

「…うん、ごめん、大丈夫。」

セルジュのこちらを案じる声に、少しだけ冷静さを取り戻す。

数度、深呼吸を繰り返して、目の前で余裕を取り戻し始めている男、こちらの話を全く理解しない男に向かって告げる。

「…目的、って言いましたよね?」

「…もしも、勿体ぶるつもりなら、」

「私の目的というか、理由は一つしかありません。」

「…」

「私は、クリューガー伯爵令嬢をこちらに連れ戻すことが、彼女のためになるとは思えないからです。」

「ハッ!バカな。一体何を言っている。」

不摂生故か、土気色の顔をして、それでも、その顔に嘲笑を浮かべる男。引きつったような口元が醜悪に歪む。

「…私、夢は二度見たと言いました。一度目は、クリューガー伯爵令嬢が行方不明になった夜。もう一度は…」

「…まさか…」

「はい。去年の蒼月の夜、クリューガー伯爵令嬢の救出に失敗した時です。」

「…見たのか。…感じたのか、ティアの存在を?」

「ええ…」

「っ!」

男の瞳に、私に向けられるのは初めての色を見る。不安げで、それでも、何かを請うような─

「…彼女は、ティアは、無事、なのだろうな…?」

尋ねる男に「私の詭弁を信じる気になったのか」と嫌味の一つも言ってやろうかと思ったが、結局、その言葉は飲みこんだ。

代わりに告げるのは、

「…ええ。元気そうでした。」

彼にとっては、残酷な事実─

「彼女は、恐らく、妊娠しています。」

「っ!?」







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