上 下
123 / 162
第2部 第5章 ささやかな休暇 -鋼繊維-

第123話 深刻な悩みかと思っちゃったよ

しおりを挟む
 ケンドレッドの勧めに従って休暇を取っていたある日。

「アリシアに悩み? どうしてそう思うんだい?」

 ノエルに相談されて、おれは思わず聞き返した。

「うんとね、ソフィアたちと合流したあとくらいからだと思うんだけど、アリシア、気がつくとひとりになってること多くなかった?」

「確かに輪から外れてることは結構あった気がするけど、離れてるってほどじゃなかったよ。どっちかっていうと、見守ってるって雰囲気だったと思う」

「うん、だから確信はないんだけど……」

「まあどこか様子が変なのはおれも感じてたよ」

「どんなことでも、アタシたちに相談してくれたらいいのに……」

「相談できないことなのかもしれない」

「なら、見極めが必要ね! 行きましょう!」

「えっ、今から?」

 おれはノエルに腕を取られ、引きずられるように宿を出ることになったのだった。

 ふたりで物陰に隠れながらアリシアの様子を窺う。

 アリシアは聖女セシリーと雑談していた。バーンについてセシリーから話を聞いているようだった。

 話が済んだあと、アリシアはひとり手帳になにか書き留めていた。

 続いて、アリシアは散歩へ。カップルを見かけるたびに様子を窺い、やはりなにか書き留める。

 やがて木陰に腰掛けると、今度は本を開いて読み始める。かと思ったら、目をつむって考えだし、やがて先ほどの手帳を見返してから、なにか本に書き加えていく。

「なんか、思ってたのと違うね」

「う~ん、悩みじゃないのかしら?」

 小声で話したつもりだが、アリシアには聞こえたようだ。

 もの凄い俊敏な動きで本も手帳も背中に隠してしまう。

「ふ、ふたりともそんなところでなにを?」

 おれたちは素直に顔を出した。

「ごめーん。アリシアに悩みでもあるのかなって思って観察しちゃってた」

「じゃあ、ずっと見られてた!?」

「うん。なにか書き物をしてたみたいだけど……」

 おれが答えると、アリシアはあからさまに動揺して顔を真っ赤にした。

「あ、あれはなんでもないっ!」

「なんでもないものを書き留めたりはしないでしょ? もし本当に悩みなら、アタシたちに相談して欲しいし……」

「ああいや、悩みはあるといえばあるのだけど……でも、うぅーん」

 尻込みするアリシア。おれは正面に座って、視線を合わせる。

「遠慮しないでくれ、アリシア。おれたちはやがては家族になるんだ。悩みがあるなら、一緒に解決したいよ」

「うぅ、それが悩みの元なのだけど……」

 その一言にショックを受けてしまう。

「も、もしかして、実はおれとの婚約、嫌だったのかな……。陛下に言われたから、仕方なくだったってこと……?」

「ち、違う。そうじゃない! ただ、わ、私はその……恋愛物語を読んだり聞いたりしてきたくらいで、ちゃんとした恋愛の経験がなくて。ショウとどう触れ合えばいいのかわからなくなってきて……。だから……良き恋人とか、良き夫婦とはどうあるべきか勉強してたんだ」

 ノエルもそばに座って、会話に加わる。

「えっと、じゃあ、みんなから一歩離れて見守ってたのは……」

「うん……。カップルを観察してた」

 バーンとセシリー。エルウッドとラウラ。それに、おれとソフィアもか。

「なんだ。もっと深刻な悩みかと思っちゃったよ」

「心配をかけてすまない」

「それなら悩むことはないよ。学ぼうとしてくれたことは良いことだけど、ほかの誰かのやり方が、君に合うとは限らない。他所から持ってきたやりかたじゃ、かえってダメになるかもしれない」

「でも私は、このままでもダメだと思って……」

「おれはそのままの君でも充分魅力的だと思うけどなぁ」

 アリシアはますます頬を染める。上目遣いに瞳を向けてくる。

「ショウは、こういうとき本当に小細工なしで、ドキドキさせられる……」

 そこでノエルは首を傾げる。

「あれ? じゃああの本に書いてたのはなぁに?」

「あっ、あれは……悩みとはまた違うもので……みんなを観察してるうちに、理想の恋愛物語のようなものが浮かんできて、少しずつ書き残しているだけなんだ」

「お話を書いてるってことかい? それは凄いじゃないか」

「す、凄くない。ただの駄文だ。ほら、全然凄くない」

 本を差し出してくるので、おれとノエルはそれを覗き込む。

 しばし読ませてもらって、おれたちは顔を上げた。

「アリシア、これ凄く良い。キュンキュン来ちゃう」

「同感だよ。今回の旅が終わったら、簡単に本が作れる装置を考えてみようかな。それでこの物語をみんなに広めよう」

「そ、そんなことされたら、恥ずかしさで死んでしまう」

「そう言わないでさ。少し考えてみてよ」

「でも体験が伴わないものばかりだし……」

「だったら体験しちゃえばいいのよー」

 ノエルがにこりと笑って提案する。

「アタシなら、これ。不意打ちでキスしちゃうやつ。これやってみたい。相手はいることだし、ね?」

 おれは苦笑する。

「ね? じゃないよ。それに先に言ったら、不意打ちにならな――」

 言葉の途中で、おれは唇をノエルの唇に塞がれた。

 すぐ離れるが、顔がとんでもなく熱くなった。

「そ、そっちが不意打ちするの?」

「あははっ、これ、思ってたよりずっとドキドキするぅ~……」

 ノエルは自分からやっておいて、真っ赤になって縮こまってしまう。

 アリシアは唇を尖らせる。

「ずるい……」

 ノエルから本を取り戻し、胸に抱える。

「ショウ、私にも付き合ってもらえる?」

「う、うん。このままじゃ不公平だし」

「じゃあ、じゃあ……夜に、またこの場所で待ってる……!」

 アリシアはそう残して逃げるように立ち去っていった。

 そして約束通り、夜に同じ場所へ訪れてみると、アリシアは待っていた。

 ノエルのように大胆なことはせず、ただふたりで手を繋いで、満天の夜空を見上げる。

 アリシアにはそれが限界だったようだが、それだけでもとても満足した様子だった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,107pt お気に入り:1,587

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,810pt お気に入り:2,050

一般人がトップクラスの探索者チームのリーダーをやっている事情

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:86

裏切りを知った私は強くなります【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:238

冒険がしたい創造スキル持ちの転生者

Gai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,418pt お気に入り:9,008

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:2,981

結婚三年目、妊娠したのは私ではありませんでした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,077pt お気に入り:1,163

処理中です...