世界よ優しく微笑んで

えくれあ

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ep.044 新たな守護

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「あ、あの……変なこと、聞いてもいいですか……?」
「ん?なんだ?」
「そんなはずないって、わかって、いるんです、けど……」

 思わず、ぎゅっとジーク様の服を強く握りしめてしまった。
 しわになってしまいそうだけれど、ジーク様は何も言わずに、ただ優しい笑みを浮かべるだけだった。

「白いお部屋を、知っていますか……?」

 知っているはずない。
 これだけ聞いても、どこにある、何の部屋の話をしているか、ジーク様がわかるはずもない。
 そう思っていたのに、返ってきたのは想像とはまるで違う回答だった。

「おまえが、閉じ込められていた場所か?」
「どうして、それを……?」

 びっくりしてジーク様を見上げると、ジーク様は困ったように笑った。

「すまない、おまえの許可なく見てしまった」

 ジーク様は私の内側に、心や精神に干渉する魔法を使ったのだという。
 そこで見たのが、白い部屋に閉じ込められて、魔力を奪い取られている私だったのだとか。

「それって、すごく危険な魔法、なのでは……?」

 私は使えない魔法だけれど、そういう魔法があるのは知っている。
 身近な人の中にも使う人はいなかったから、本当に存在を知っているだけなのだけれど。
 でも、そういった魔法は確か、ものすごくリスクの高かったはずだ。
 もし失敗したりすると、確か自分の精神が相手の中に置き去りになってしまって、二度と自分の身体に戻って来られなくなる。
 そうなれば、肉体は自ずと死を迎え、精神は消えることさえ叶わず相手の中で生き続ける。
 一歩間違えれば、そんな地獄のような未来が待っている魔法のはずである。

「他に、方法がなかったからな」
「だからって、私なんかのために、そんな……っ」

 もしも、私だけこうして戻ってきて、ジーク様の精神が私の中に置き去りになっていたら。
 私はきっと、2度と動かないジーク様のお身体を目にすることになったはずだ。
 考えるだけで、とても恐ろしい。

「俺が、そうしたかったんだ……」

 自分の中に閉じこもってしまって、動かない私を見ていたくなかったとジーク様は言った。
 ただ、目覚めて欲しかったのだと……

「嫌な思いをさせたなら、すまないが……」

 本当に申し訳なさそうに言うジーク様に、私は慌てて首を振る。
 嫌だったわけではない、だってそうしてジーク様が私を目覚めさせてくれなかったら、私の精神はずっとあの悪夢の中に取り残されたままだった。

「あの部屋で、ジーク様のお声を聞いたような気がします。それに、こんな風に抱きしめてもらったような気も……」

 ジーク様は少しだけ驚いたご様子だったけれど、何も言わなかった。

「ちゃんと覚えているわけではないんです、思い出そうとしても上手く思い出せなくて……」
「辛い記憶なんだろう、無理に思い出さなくていい、忘れたままでいられるなら、その方がいい」

 でも、あの部屋で、こんな風に抱きしめてもらえていたなら、きっとその時の私は辛くはなかったのではないかと思う。
 きっと、ジーク様によって、私は救われたはずだ。
 だからこそ、今、こうしていられるのだろう。

「1人になると、またあの場所に戻ってしまうような気がするんです。もう、元の世界に戻ることはないって、わかっているはずなのに……」

 戻ろうと思ったって、もう簡単に戻れる場所ではないはずなのに、1人ぼっちで寂しくて不安になると、気がついたらあの場所にいるのではないかと不安だった。

「おかしい、ですよね……」
「そんなことはない」

 ありえないことに怯えるなんて、と呆れられてしまうかと思っていた。
 けれど、ジーク様はそんな風には仰ることはなかった。

「だが、もうあの場所に戻ることは、決してない」

 とても、力強い言葉だった。

「信じて、くれないか?」

 また、聞き覚えがあるような気がした。
 はっきりとは思い出せないけれど、私はこの言葉に救われたような気がする。





 ***

 アレクが自覚がない、と言った意味を俺はやっと理解した。
 それがいつからだったのかはわからない、だが、いつの間にかリディアは俺にとって何より大切で、何を置いても守りたい、そんな存在になっていたのだ。
 それに気づいたのは、リディアが魔獣に襲われそうになっていた時だった。
 魔力も体力も消耗し満身創痍で、死さえ覚悟したあの場所で、まさに鍛冶場の馬鹿力だろうか、自分でも恐ろしいと思うほど俊敏に動きリディアの元へ駆けつけた。
 結果、さらに怪我を負うこととなり、リディアを泣かせてはしまったけれど。

「この国にいる限り、もうあんな思いはさせない、必ず守ると約束する」

 この国には、リディアの魔力を奪おうとするものはいないけれど。
 今後悪意を持ってリディアに近づくものがいれば、全て俺が排除する、そう誓いを込めて、片膝を折り、リディアの手を取って、騎士としての礼をした。
 リディアは突然のことに驚いたようで、目を見開いて俺を見たが、すぐに泣きそうに顔を歪めた。

「だったら、ジーク様は、突然いなくならないでください……っ」

 その言葉に、今度は俺が驚いた。
 聞けば、リディアの両親は突然の事故でこの世を去ったのだという。
 事故の詳細については何も聞かされず、リディアはその遺体を見ることすら叶わなかったのそうだ。
 リディアに届けられたのは、血だらけになってしまった2人の服だけ。
 その時にこう説明されたのだという、母親は残念ながら即死だった、しかし父親は強い魔力に守られたおかげかまだ息がある、と。
 そして、リディアならば父親を助けられるだろう、と連れていかれた場所があの白い部屋で、結局父親にも母親にも会うことは叶うことはなかったという。
 本当に、クズのような奴しかいない場所だ。

「おまえがそう望むなら、何があっても必ずおまえの元へ帰ってくると約束しよう」

 騎士である以上、命の危険とは常に隣あわせで、死を覚悟しなければならないような瞬間もある。
 本来なら、死なないなどと簡単に約束できるような立場ではないけれど。
 リディアが望むのなら、どれほど醜く足掻こうとも、必ず生きて戻ってみせよう。

「俺も、おまえに魔法をかけていいだろうか?」
「え……?」
「おまえの父上がかけていたような魔法は、俺には使えないが。おまえを守る魔法を、俺にもかけさせてほしい」

 本人が使ったわけでもないのに、あれほど高い攻撃力の魔法を放つような魔法など、さすがに俺には使えない。
 なんといってもただの使い魔が放った魔法が、俺が持っている全ての魔力を注ぎ込んでも到底使えないような魔法だった。
 いかに強い魔法使いだったか、それだけでも思い知らされる。
 それでも、不安そうなリディアに、今までの代わりのものとまではいかなくても、少しでもリディアを守ってくれるような術をかけておきたいと思った。

「どう、して……?」
「俺がそうしたいから、ただ、それだけだ。だが嫌なら、無理にとは言わない」

 そう言えば、リディアはぶんぶんと首を左右に振った。
 嫌ではない、ということなのだろう。

「了承を得た、と捉えていいのか?」

 そう問えば、リディアは視線を少し彷徨わせた後、こくんと頷いてくれた。
 俺はリディアの手に魔力を流し、魔法を詠唱する。
 簡単な保護魔法ではあるが、リディアを悪意のある術等から守るには十分なはずである。
 かけおわると、リディアは両手を閉じたり開いたりしながら、眺めている。

「何か嫌な感じがするか?気持ち悪かったりとか……」

 そう問えば、リディアはまた首を左右にふる。

「すごく心地がいいです」
「っ!?そ、そうか……」

 ずっと不安そうで、泣くか、泣きそうな表情を見せるかだけだったリディアが、ふわりと笑った。
 その表情に、俺は心が酷くざわついて、落ち着かない気分にさせられた。

「ありがとうございます」

 嬉しそうにリディアが礼を言う。
 俺はただ、嫌がられなかったことに心底ほっとしていた。



 部屋にノックの音が響いたのは、話が落ち着いてすぐのことだった。
 ルイスのことだから、タイミングを計っていたのかもしれない。
 入るように促せば、ルイスは湯気の立つリゾットとともに部屋へと入ってきた。
 シェフたちが、ずっと何も食べていなかったリディアを案じてのことだろう、細かく切られ、しっかりと煮込まれていそうな肉や野菜が、ちらほらとリゾットの中に見えた。

「お嬢様、温かいうちにどうぞ」

 ルイスがそうして差し出したが、リディアはなぜか俺を見た。
 リゾットは気に入らなかったのだろうか。

「あ、あの、今さらなのですが、私、ここに居ていいんでしょうか……?」

 本当に今さらだな、と思った。
 さすがに、言ったりはしないが。

「好きにするといい」

 居たければ好きなだけ居てかまわないし、部屋に戻りたければ戻ればいい。
 そんなことで、いちいち誰かの了承を得る必要も、ないというのに。

「とりあえず、お食事はこちらで召し上がられてはいかがでしょう?今からお部屋に戻られると、冷めてしまうかもしれませんので」

 ルイスはすでにリディアが食事ができるよう、準備を整え終えている。
 そして、差し出されたスプーンを、リディアはこくんと頷いてから受け取った。

「おいしい」

 リディアはそう言って、幸せそうに笑った。
 ぱくぱくと食べ進める様子を見る限り、食欲はありそうだ。
 昨日の無反応だった様子を思い出すとまだゾッとするが、だいぶ以前の状態に戻ってきているのかもしれない。



 その後、好きにしていい、と言った結果、リディアはしばらく俺の部屋に留まった。
 特に何かをするわけでもなく、ベッドで再度眠りにつくこともなく、何がおもしろいのかわからないが、リディアはずっと興味津々に俺が書類整理をする姿を眺めて過ごしていた。
 ルイスの計らいにより、昼食、夕食も部屋に運ばれ、リディアとともに部屋でとった。
 そして夕食を食べ終えて、一段落ついたところで、リディアはさすがにそろそろ部屋へ戻ると自身の部屋へ戻った。
 夜、眠った頃に夢に魘されていないか様子を見に行ったが、リディアはすやすやと気持ちよさそうに寝ているだけだった。
 その姿を見て、ようやく俺は、リディアはもう大丈夫そうだ、と思うことができた。





『もう、眠くないの?』
「うん」
『全然、全く?』
「うん」
『魔力、回復してないのに?』
「うん……」

 そんなリディアとフィーネの会話を聞いたのは、偶然のことだった。
 その日は雪が積もり、リディアは積もった雪を見ようと庭に飛び出したと報告を受けた。
 まだ、体調が万全ではないのではないか、と心配になり、気づけば様子を見るために俺の足も庭へと向かっていて、ようやくリディアを見つけたと思うと、そんな会話が聞こえてきたのである。

「身体もね、ちょっとだけ楽になったような気がするの」

 話の内容がとても気になる内容だったため、ついリディアたちの死角へと身を隠し、聞き耳とたててしまう。

「感覚的には、魔力が今みたいにほぼ空っぽになるちょっと前の状態に戻った感じ」
『でも、魔力は全く戻ってないでしょ?』
「そうなの。不思議だよね」

 不思議でもなんでもいい、身体が多少なりとも楽になったのは喜ばしいことだ。
 最近は何をしていても、本当に眠そうで心配していたのだ。

『なんで急に……』
「急、でもないかも。きっかけはあって、その、ジーク様が保護魔法をかけてくれてからなの……」

 驚いて、声を出しそうになり、口元を慌てて押さえた。

『その、保護魔法、眠気を解消する効果でもあるの?』

 そんなもん、あるわけない、と心の中で呟いた。
 当然、そんなつもりでかけた覚えはないし、そんな魔法は使えない。

「どうだろう。普通に考えたら、保護魔法にそんな効果なんてなさそうだけど、こっちの魔法は私も詳しくないし……」

 おまえの言う通り、俺の保護魔法にもそんな効果はない、と教えてやりたいが、さすがに盗み聞きでしかないこの状況でそれを伝えることはできない。
 考え込みながら、何が目的はわからないが、ひたすら雪玉を丸めては置いて、という動作を繰り返すリディアを、ただじっと眺めるだけだった。

『ひょっとして、相性がいいのかしら、2人の魔力』
「相性?」
『だって、向こうもプリンセスが来て、魔力が落ち着いたりしてるでしょ?』
「魔力の相性がいいと、魔力が落ち着いたり、眠気が解消したりするの……?」
『さぁ、知らない』
「そ、そっか……」

 拍子抜けしたのは、俺だけではないようだ。
 そんなこともあるのか、と思いながら聞いた話はどうやらなんの根拠もないらしい。
 だが、根拠などなくてもいい、リディアがそれで楽になったのだというのなら、それだけでも魔法を使った価値はあった。
 何よりも、今目の前にいるリディアが眠そうに目をこすっていないことが、非常に喜ばしい。

『知らないんだから、必ずない、とも言えないでしょ』
「それは、まぁ、そうだけど……」

 リディアはまた雪玉を1つ作って、近くに置いた。
 いつの間にかリディアの周りには雪玉がたくさん並んでいるが、どれもいびつな形をしている。
 こういった場面でも、しっかりと不器用さを発揮してしまっているようだ。

『ところで、それ、何やってるの?』

 さすがのフィーネも気になったらしい。

「ん?雪だるま、はさすがに1人じゃ作れないかなって思って、雪うさぎにしようと思ったんだけど……なんか上手くうさぎの形にならなくて……」

 確かにどれもこれも、雪うさぎをつくるにはあまりにも形がいびつすぎる。
 逆にどうやったらそこまでいびつな形の雪玉ができるのか、聞きたいほどである。
 胴体の部分を雪で形作るのは、そう難しい作業ではなかったはずだ。
 結局その後もリディアはいくつか雪玉を作ってはいたが、雪うさぎが完成することはなかった。
 しかしながら、その様子を見ていた庭師や使用人たちの手助けにより、庭にとてつもなくでかい雪だるまがしっかりと完成していた。
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