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第20話(2) 賓客の来訪
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廊下にけたたましい足音が響いていた。
居住棟の各通路に待機している衛兵たちをぎょっとさせながら、フィリアがものすごい勢いで走り抜けていく。その後をミーナが必死の形相で追いかけていた。
「そんなわけないじゃない……!」
フィリアは息せき切りながら憤ったように叫んだ。
根拠はないけれど、シドがフィリアに何も言わずに辞めるとは思えない。
そもそも約定によって候爵家に忠誠を誓わされているのだから、少なくとも、シドは使用人を辞めたくても辞められないはずなのだ。
階段を下りて衛兵に鍵を開けさせ、中庭を駆け抜けて使用人の居住棟へ向かう。当然過ぎ行く使用人達をびっくりさせてしまうがお構いなしだ。
使用人の棟へは子供の頃たまに遊びに行っていたから、バゼルがいた執事室の場所くらいは覚えていた。
部屋の前まで来ると、フィリアは堅い木製のドアをドンドンと叩いた。
「シド! いるんでしょ、シド、出てきて!」
何度声をかけても返事はなかった。ドアノブを回そうとしても動かない。ミーナが言っていた通り、鍵がかけられているのだ。
「どうなってるの⁉ お母さまはどこへ隠れたのかしら……!」
フィリアは廊下の窓から向かいの居住棟を振り仰いだ。
さっき母は逃げるように立ち去ったから、きっと今はフィリアに見つからないようにどこかの部屋に隠れていることだろう。探すよりミーナから侍女へ面会願いを出してもらった方が早い。
フィリアは次に、さっきノイグがいた庭への近道を考えた。彼ならシドについて何か知っているはずだ。
後ろから息も絶え絶えのミーナが追いついてくる。捕まったら連れ戻されてしまうだろうから再び走り出した。
来たのとは反対側の出入り口を見つけて外へ出る。そこから中庭の小道を駆け抜け、自分のいた棟の庭へ回った。
目論見どおり、そこにはノイグがいて植木道具や肥料が置かれた吹きさらし倉庫の確認をしているところだった。
「ノイグ!」
声をかけると、彼は酷く驚いた様子で振り返った。
「お、お嬢様、こんな所で何をしていらっしゃるのですか」
「はぁ……、はぁ……、シドを、知らない? 執事室へ行ったけれどいなかったの。彼はどこへ、行ったの、はぁ……、」
「……シド殿は……、もう城を出られましたが」
狼狽えるような口篭った声で聞きたくもない答えが返って来る。
フィリアは顔をしかめた。同時に後ろから息の上がったミーナが追いついて来てしまったが、お構いなしに話し続ける。
「嘘でしょう? 本当はどこへ行ったの。彼が何も言わずにいなくなるなんて考えられないわ。私に会わせない様にどこかへ隠しているんでしょう?」
「お嬢様……、シド殿は本当に出て行かれました。と言いますのも、彼はオリーズ候に約定を解除されて退職なさったのです……」
「はぁ……? どういうことよ」
「それが……その……」
「答えなさい!」
苛立ったフィリアの命令に、ノイグは若干戸惑いながらおずおずと口を開いた。
「これをお知らせして良いのかどうか……大変申し上げ辛いのですが、彼はお嬢様に会いに行くことを許して欲しいと、オリーズ候に申し出たのでございます」
「は……?」
「先の満月の夜に、できることならもう一度お嬢様とお話がしたいと……愚かなことだと止めたのですが、彼は侯爵を裏切ることなどできぬと言って、オリーズ候の元へ向かったのです。しかし、そこで何があったのか、翌日には約定を解除されて城にいられなくなってしまったらしいのです」
聞いた途端、頭が真っ白になった。
フィリアがあんな手紙を書いたからだ。だからシドは、彼の立場なりにできる限りのことをして会ってくれようとしたのだ。
自分のせいでシドが追い出されてしまった……あまりのショックに足がよろめいた。
どうすればいい。どうすればシドを呼び戻せる――?
フィリアはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
肩にミーナの手が触れる。
「お嬢様、こんな所へ来てはいけません。早くお部屋に戻らないとご両親に叱られてしまいますよ」
その、気の毒そうな声も上の空。肩を落とし、ただミーナに促されるままとぼとぼと元来た道を歩き始めた。
近くの建物からピューと口笛が鳴る。
ぼんやり見上げると、フィリアの私室の窓から執事服を着た偽物がこちらを見下ろして手を振っていた。
「戻っておいで、愛しのフィリア! このブリュリーズと二人で貴女の好きなマキユシを飲もう!」
大きな声が中庭じゅうに響き渡り、近くで作業していた庭師や従僕が一同にそちらを見た。建物の窓からも人々が顔を出してフィリア達の方を見ていた。
自室へ戻り、ブリュリーズとどんな話をしたかあまり覚えていない。
式をいつ頃どのくらい盛大に行うかとか、現侯爵の部屋は貰えないのかとか、子供は男の子だけで良いとか、多分そんな話ばかりだったと思う。
ブリュリーズがひたすら喋っていてフィリアは終始無言だったけれど、頭の中ではずっとどうすればシドを呼び戻すことができるか、そればかり考えていた。
執事の偽物が意気揚々と帰っていくと、フィリアはミーナを通じて、両親のどちらかに面会の時間を取ってくれるように申し込んだ。
両親の勧めてきた結婚は、シドを放免にすることを条件に飲んだのだ。城から追い出すなんて約束違反だ。とにかくできるだけ早期に両親のどちらかを問い質した上で、シドを呼び戻してくれるようにお願いするしか道はないように思えた。
しかし、待てど暮らせど両親からの返事は来ず、あっと言う間に一夜が明け、昼が来て……。
もしかして両親は、フィリアをわざと無視しているのではないだろうか。そんな疑念にかられてフツフツと怒りが湧いてきた。
午後になると、もう待つことに耐えかねて部屋を飛び出していた。さすがのミーナも、フィリアへ返事の一つも寄越さない主人達に思うところあったのか、何も言わずに付いて来てくれた。
「お父様……! お父様……!」
父の部屋のドアを叩いてみるが一向に返事がない。隣の母親の私室のドアも叩いてみたがこちらも中に人の気配がない。
「どこへ行ったの? ミーナ、お父様たちは今どこ?」
「実は私も聞かされていないんです。昨日、確かに侍従のモア様に面会願いを出したのですが……モア様もリギア様も朝礼にいらっしゃらなくて、ノイグ様にスケジュールを訊ねても、口止めされているのか教えてくださらなくて……」
「言うなって言われてるんだわ……今は会議室かもしれないわ、行ってみましょう」
フィリアが再び走り出したところへ、廊下の向こうから騒ぎを聞きつけたノイグが走ってくるのが見えた。今日は黒の執事服を着ていて、シドとは違った壮年のしなやかさだ。
「お嬢様、何事です。またお部屋を抜け出されたのですか」
「ノイグ、お父様達はどこにいるの? 今すぐ会いたいの。教えてちょうだい」
「……あ、あの、それは……」
口篭ったノイグにフィリアは目くじらを立てて詰め寄った。
「言いなさい!」
「……その……オリーズ候と奥様は……昨日の午後から王都へお出かけになっておられます」
「昨日って……面会願いを出した直後に発ってしまったんだわ……。いつ帰るの」
「明後日行われる式典に参加されますので、あちらのお屋敷に泊まられて数日間は戻られないかと。もちろん、舞踏会の日までには帰られるご予定ですが」
「なんで……? なんでこんな時にいないのよ。なんで?」
フィリアは顔面を蒼白にさせた。
ずっと待っていたというのに、蓋を開けてみれば両親はそうやってフィリアと顔を合わせることも拒否していたのだ。
子供の頃からずっとそうだ。城から出ることをなかなか許されないことも、占いの本を読むのを禁止されたことも、婚約者ですら……両親は、フィリアの気持ちなんか無視して全部勝手に決めてしまうのだ。
もしこのまま当日を迎えて婚約者が発表されてしまったら、もうフィリアの力でシドを呼び戻すことができなくなってしまう――というより、シドは二度と帰らない気がする。
ノイグが困った顔をしながら自分が来た方向へ腕を伸ばした。
「お嬢様、貴女に何かあっては我々が叱られてしまいますゆえ、さあ、ご自分のお部屋へお戻り下さい」
「お嬢様……仕方ありません。戻りましょう……」
ミーナも言い辛そうに声をかけてきたが、呆然としたフィリアには、まったく聞こえてなどいなかった。
これじゃ、シドを呼び戻せない。
きっとシドは、城に戻りたがっていると思う。
自分に会いたがっていると思う。
自分を置いて行ってしまったなんて嘘だ。
会いに行こう。
フィリアは再び廊下を走り出した。
後ろでミーナが何かを叫んでいたけれど、もうどうでもいい。
直ぐ近くの階段を駆け下りて、いつも外出する時に使っている通用口へ向かう。
そこから外へ出て石畳を進めば馬車乗り場が見えてくるはずだ。轍に沿って騎士団の居住棟や鍛冶場の建つあぜ道を通って森の中を走っていけば、いずれ門が見えてくるから、そこから城域を出ればいい。
もう両親も城も結婚も、みんなどうでもいい。
会いに行こう。
きっとシドが自分を待っているはずだから。
彼の実家の場所は大体知ってる。この間二人で歩いた路地裏のあの辺りだ。探せばきっとすぐに見つかるだろう。
会いに行こう。
行ったらきっと喜んでくれる。きっとまた優しく笑ってくれる。今度はもっと仲良くなりたい。
仲良くなって二人でベーグルパンを買いに行くんだ。
光の差し込む通用口へさしかかったフィリアの腕が、無念にも侍女によって捉まれた。
「お嬢様……! いけません。お部屋へ……、お部屋へ戻りましょう」
「いや! いやよ! 行かせて!」
事情を察した守衛達が即座に通用口の扉を閉ざし、光が消えた。
「いけません。立場をお考え下さい、お嬢様」
「どうして……っ、ミーナ、酷いわ、お父様、お母様、どうして……っ! どうして皆邪魔をするのっ、どうして信じてくれないのっ、シドなのよ。私が待っていたのはシドなのよ……! どうしてっ、どうしていなくなってしまったの、シド……シド……っっっ!」
力が抜けて足から崩れ落ち、床に膝を付いた。終いにはわっと大声をあげて泣き出してしまった。
その労しい人の腕を掴みながら、ミーナもポロポロと泣かずにはいられなかった。
居住棟の各通路に待機している衛兵たちをぎょっとさせながら、フィリアがものすごい勢いで走り抜けていく。その後をミーナが必死の形相で追いかけていた。
「そんなわけないじゃない……!」
フィリアは息せき切りながら憤ったように叫んだ。
根拠はないけれど、シドがフィリアに何も言わずに辞めるとは思えない。
そもそも約定によって候爵家に忠誠を誓わされているのだから、少なくとも、シドは使用人を辞めたくても辞められないはずなのだ。
階段を下りて衛兵に鍵を開けさせ、中庭を駆け抜けて使用人の居住棟へ向かう。当然過ぎ行く使用人達をびっくりさせてしまうがお構いなしだ。
使用人の棟へは子供の頃たまに遊びに行っていたから、バゼルがいた執事室の場所くらいは覚えていた。
部屋の前まで来ると、フィリアは堅い木製のドアをドンドンと叩いた。
「シド! いるんでしょ、シド、出てきて!」
何度声をかけても返事はなかった。ドアノブを回そうとしても動かない。ミーナが言っていた通り、鍵がかけられているのだ。
「どうなってるの⁉ お母さまはどこへ隠れたのかしら……!」
フィリアは廊下の窓から向かいの居住棟を振り仰いだ。
さっき母は逃げるように立ち去ったから、きっと今はフィリアに見つからないようにどこかの部屋に隠れていることだろう。探すよりミーナから侍女へ面会願いを出してもらった方が早い。
フィリアは次に、さっきノイグがいた庭への近道を考えた。彼ならシドについて何か知っているはずだ。
後ろから息も絶え絶えのミーナが追いついてくる。捕まったら連れ戻されてしまうだろうから再び走り出した。
来たのとは反対側の出入り口を見つけて外へ出る。そこから中庭の小道を駆け抜け、自分のいた棟の庭へ回った。
目論見どおり、そこにはノイグがいて植木道具や肥料が置かれた吹きさらし倉庫の確認をしているところだった。
「ノイグ!」
声をかけると、彼は酷く驚いた様子で振り返った。
「お、お嬢様、こんな所で何をしていらっしゃるのですか」
「はぁ……、はぁ……、シドを、知らない? 執事室へ行ったけれどいなかったの。彼はどこへ、行ったの、はぁ……、」
「……シド殿は……、もう城を出られましたが」
狼狽えるような口篭った声で聞きたくもない答えが返って来る。
フィリアは顔をしかめた。同時に後ろから息の上がったミーナが追いついて来てしまったが、お構いなしに話し続ける。
「嘘でしょう? 本当はどこへ行ったの。彼が何も言わずにいなくなるなんて考えられないわ。私に会わせない様にどこかへ隠しているんでしょう?」
「お嬢様……、シド殿は本当に出て行かれました。と言いますのも、彼はオリーズ候に約定を解除されて退職なさったのです……」
「はぁ……? どういうことよ」
「それが……その……」
「答えなさい!」
苛立ったフィリアの命令に、ノイグは若干戸惑いながらおずおずと口を開いた。
「これをお知らせして良いのかどうか……大変申し上げ辛いのですが、彼はお嬢様に会いに行くことを許して欲しいと、オリーズ候に申し出たのでございます」
「は……?」
「先の満月の夜に、できることならもう一度お嬢様とお話がしたいと……愚かなことだと止めたのですが、彼は侯爵を裏切ることなどできぬと言って、オリーズ候の元へ向かったのです。しかし、そこで何があったのか、翌日には約定を解除されて城にいられなくなってしまったらしいのです」
聞いた途端、頭が真っ白になった。
フィリアがあんな手紙を書いたからだ。だからシドは、彼の立場なりにできる限りのことをして会ってくれようとしたのだ。
自分のせいでシドが追い出されてしまった……あまりのショックに足がよろめいた。
どうすればいい。どうすればシドを呼び戻せる――?
フィリアはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
肩にミーナの手が触れる。
「お嬢様、こんな所へ来てはいけません。早くお部屋に戻らないとご両親に叱られてしまいますよ」
その、気の毒そうな声も上の空。肩を落とし、ただミーナに促されるままとぼとぼと元来た道を歩き始めた。
近くの建物からピューと口笛が鳴る。
ぼんやり見上げると、フィリアの私室の窓から執事服を着た偽物がこちらを見下ろして手を振っていた。
「戻っておいで、愛しのフィリア! このブリュリーズと二人で貴女の好きなマキユシを飲もう!」
大きな声が中庭じゅうに響き渡り、近くで作業していた庭師や従僕が一同にそちらを見た。建物の窓からも人々が顔を出してフィリア達の方を見ていた。
自室へ戻り、ブリュリーズとどんな話をしたかあまり覚えていない。
式をいつ頃どのくらい盛大に行うかとか、現侯爵の部屋は貰えないのかとか、子供は男の子だけで良いとか、多分そんな話ばかりだったと思う。
ブリュリーズがひたすら喋っていてフィリアは終始無言だったけれど、頭の中ではずっとどうすればシドを呼び戻すことができるか、そればかり考えていた。
執事の偽物が意気揚々と帰っていくと、フィリアはミーナを通じて、両親のどちらかに面会の時間を取ってくれるように申し込んだ。
両親の勧めてきた結婚は、シドを放免にすることを条件に飲んだのだ。城から追い出すなんて約束違反だ。とにかくできるだけ早期に両親のどちらかを問い質した上で、シドを呼び戻してくれるようにお願いするしか道はないように思えた。
しかし、待てど暮らせど両親からの返事は来ず、あっと言う間に一夜が明け、昼が来て……。
もしかして両親は、フィリアをわざと無視しているのではないだろうか。そんな疑念にかられてフツフツと怒りが湧いてきた。
午後になると、もう待つことに耐えかねて部屋を飛び出していた。さすがのミーナも、フィリアへ返事の一つも寄越さない主人達に思うところあったのか、何も言わずに付いて来てくれた。
「お父様……! お父様……!」
父の部屋のドアを叩いてみるが一向に返事がない。隣の母親の私室のドアも叩いてみたがこちらも中に人の気配がない。
「どこへ行ったの? ミーナ、お父様たちは今どこ?」
「実は私も聞かされていないんです。昨日、確かに侍従のモア様に面会願いを出したのですが……モア様もリギア様も朝礼にいらっしゃらなくて、ノイグ様にスケジュールを訊ねても、口止めされているのか教えてくださらなくて……」
「言うなって言われてるんだわ……今は会議室かもしれないわ、行ってみましょう」
フィリアが再び走り出したところへ、廊下の向こうから騒ぎを聞きつけたノイグが走ってくるのが見えた。今日は黒の執事服を着ていて、シドとは違った壮年のしなやかさだ。
「お嬢様、何事です。またお部屋を抜け出されたのですか」
「ノイグ、お父様達はどこにいるの? 今すぐ会いたいの。教えてちょうだい」
「……あ、あの、それは……」
口篭ったノイグにフィリアは目くじらを立てて詰め寄った。
「言いなさい!」
「……その……オリーズ候と奥様は……昨日の午後から王都へお出かけになっておられます」
「昨日って……面会願いを出した直後に発ってしまったんだわ……。いつ帰るの」
「明後日行われる式典に参加されますので、あちらのお屋敷に泊まられて数日間は戻られないかと。もちろん、舞踏会の日までには帰られるご予定ですが」
「なんで……? なんでこんな時にいないのよ。なんで?」
フィリアは顔面を蒼白にさせた。
ずっと待っていたというのに、蓋を開けてみれば両親はそうやってフィリアと顔を合わせることも拒否していたのだ。
子供の頃からずっとそうだ。城から出ることをなかなか許されないことも、占いの本を読むのを禁止されたことも、婚約者ですら……両親は、フィリアの気持ちなんか無視して全部勝手に決めてしまうのだ。
もしこのまま当日を迎えて婚約者が発表されてしまったら、もうフィリアの力でシドを呼び戻すことができなくなってしまう――というより、シドは二度と帰らない気がする。
ノイグが困った顔をしながら自分が来た方向へ腕を伸ばした。
「お嬢様、貴女に何かあっては我々が叱られてしまいますゆえ、さあ、ご自分のお部屋へお戻り下さい」
「お嬢様……仕方ありません。戻りましょう……」
ミーナも言い辛そうに声をかけてきたが、呆然としたフィリアには、まったく聞こえてなどいなかった。
これじゃ、シドを呼び戻せない。
きっとシドは、城に戻りたがっていると思う。
自分に会いたがっていると思う。
自分を置いて行ってしまったなんて嘘だ。
会いに行こう。
フィリアは再び廊下を走り出した。
後ろでミーナが何かを叫んでいたけれど、もうどうでもいい。
直ぐ近くの階段を駆け下りて、いつも外出する時に使っている通用口へ向かう。
そこから外へ出て石畳を進めば馬車乗り場が見えてくるはずだ。轍に沿って騎士団の居住棟や鍛冶場の建つあぜ道を通って森の中を走っていけば、いずれ門が見えてくるから、そこから城域を出ればいい。
もう両親も城も結婚も、みんなどうでもいい。
会いに行こう。
きっとシドが自分を待っているはずだから。
彼の実家の場所は大体知ってる。この間二人で歩いた路地裏のあの辺りだ。探せばきっとすぐに見つかるだろう。
会いに行こう。
行ったらきっと喜んでくれる。きっとまた優しく笑ってくれる。今度はもっと仲良くなりたい。
仲良くなって二人でベーグルパンを買いに行くんだ。
光の差し込む通用口へさしかかったフィリアの腕が、無念にも侍女によって捉まれた。
「お嬢様……! いけません。お部屋へ……、お部屋へ戻りましょう」
「いや! いやよ! 行かせて!」
事情を察した守衛達が即座に通用口の扉を閉ざし、光が消えた。
「いけません。立場をお考え下さい、お嬢様」
「どうして……っ、ミーナ、酷いわ、お父様、お母様、どうして……っ! どうして皆邪魔をするのっ、どうして信じてくれないのっ、シドなのよ。私が待っていたのはシドなのよ……! どうしてっ、どうしていなくなってしまったの、シド……シド……っっっ!」
力が抜けて足から崩れ落ち、床に膝を付いた。終いにはわっと大声をあげて泣き出してしまった。
その労しい人の腕を掴みながら、ミーナもポロポロと泣かずにはいられなかった。
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