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8・依頼人①江崎葵

じゃあ犯人は誰だろう

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「その動画を見てしまったことを思い出したんだな」

「……はい」

「忘れられるんだ」

「そこはあとで話します……」

カメラアイの俺にとって、ふつう『忘れる』ことはできない。しかし劣化版というか派生版というか、完全に忘れることはできないが、蓋をして見えないようにできる。
簡単には説明できないので、とりあえず今は保留にしてもらった。

それよりも、映像を思い出したことで勘違いしていたことがわかった。

亜矢子さんの他にもう1人いたのだ。

亜矢子さんが山元さんちに行って、口論の末殺してしまった、かもしれないが、そのあともう1人が関わっている。

もしくは、亜矢子さんの攻撃では死なずに、もう1人によって殺されたかもしれない。


このことまでは、涼くんに伝えておくべきだった。

あの時は母親の無理心中を思い出しそうになったので、慌てて記憶操作してしまった。脳内の、デリートキー。完全には消えないけど、俺はそう呼んでいる。



このもう1人の人物は何者だろう。『もや』が関係するのだろうか?  動画では視えなかった。
別の話だろうか?

いずれにしろ、山元さんは死んだのに、亜矢子さんの『もや』はなぜ消えないんだろうか。亡くなってなお怒りが治まらないのだろうか。


俺に動画を送ってきたのは誰だったんだろう。

撮ったのは、アングルからして殺人者本人だろう。

映された腕は、男性のものだった。亜矢子さんではない。

亜矢子さんが訪ねたあと、誰かが行ったのだろうか。


「動画を送ってきた理由はなんだろうな。牽制か?  そんな猟奇殺人者がそばにいて、よく今まで殺されなかったな」

「ですよね……すっかり忘れててすみません」

そうだ。殺人者は俺のラインに送ってくるくらい身近な人物なのだから、俺は8月から今までの間に会ってるはずだ。それなのに、特に変わったことはなかったように思える。態度が変わった人はいない。
涼くんくらいか。


「はあ。俺、ケントさんとゆるゆるとセックスする生活がいい……」

俺は正直な胸のうちを発した。

でも、勇者は辞退したにしろ、これは身近すぎて解決しなければならない問題だ。

「ふしだらな勇者だもんなあ。でも、戦う備えはしておかないと、殺されるのは困るからな」

その通りだ。ケントさんや、涼くんが危険な目に遭うのは避けたい。

「そうですね、気をつけます……」

「一応、オレの考えてること、聞く?」

「え、なんですか」

「亜矢子って、あのベテランの人だろ。後ろでひとつ結びのきちっとした人」

「そうです」

「誰かかばってるんじゃないか?  亜矢子は現場に行ってない」

「えっ」

「さすがに2回も訪問あったら、同居の祖母か目撃者いるだろ。もしくはいっしょに行ったかだな」

「うわぁ……」

映像に映ったもう1人が、山元さんを殺した。
(亜矢子さんは犯人をかばっての発言)

または、2人で共謀しての犯行。

この可能性もあるのか。

「そもそも、あまり人の話を鵜呑みにするなよ。亜矢子が嘘をついてる可能性もあるんだからな。亜矢子は『もや』視えたんだよな?」

「はい、『もや』あります。一度手の甲で触れたことあるけど、まだ消えてません」

「他に周りに『もや』視える奴いないのか?」

「cafeリコでは、亜矢子さんだけです」

「厄介者死んだのに、『もや』消えないのはおかしいな」

「ですよね。悪意は他の人に向けてなのかな」


ん。

ん?

悪意は他の人に向けて。


悪意の矛先。

バッグからコドアラノートをとりだし、開く。

⑴河野裕太、7/6
⑵不明/カラオケボーダー、7/13
⑶不明/カラオケ白、7/13
⑷あ①、7/14
⑸不明/日傘、8/4
⑹森内光太②、9/3
⑺不明/ヒゲ、8/25
⑻不明/ポケット、8/28
⑼遠山健三郎③、9/14
⑽馬場園みなみ④、12/4、もや消失12/4
⑾不明/氷なし、9/29
⑿向井絢斗⑤、10/19、もや消失11/2
⒀牧村好恵⑥、11/23、もや消失11/27
⒁不明/手袋、11/27
⒂結城直哉⑦、12/28、もや消失1/2


②と③は左手の甲に触れてない。

①、④、⑤、⑥、⑦は左手の甲に触れた。

そのうち④、⑤、⑥、⑦は『もや』消失。
悪意の矛先がわかっていた。

①亜矢子さんの憎んでる相手がわからないから『もや』は消えないのかも?

⑤ケントさんの時がそうだった。相手のことを聞いてから、『もや』が薄くなっていった。


『もや』の消失条件は2つかもしれない。
・悪意の矛先を確定(解決させる?)
・俺の左手の甲に触れる

②森内光太さんと③遠山健三郎さんの悪意(②は狂気かな)の矛先はわかってるので、近々触れて確認しよう。


それからあと調べるべきことは、
・亜矢子さんが恨んでいる人は誰か。
・山元さんを殺害したのは誰か。
・動画を送ってきたのは誰か。


ふうーむ、とノートを書いて考え込んでいると、横にいたケントさんが記憶について尋ねてきた。

「……あまね、母親のことも思い出したんだろ?  大丈夫か?」



無理心中。

血まみれの現場。



「……大丈夫、今はケントさんいるから」

思い出すことを恐れ、8月1日の記憶とともに再度封じた記憶。

壊れると思った。

あの場面を脳が勝手にリピート再生して、精神が壊れるのを恐れた。


でも、壊れなかった。


それはケントさんがいたからだ。


あの時とはそれが違う。





思ってたより、ケントさんはずっとずっと俺の心の支えなのだ。






ケントさんの腕の中は、安心してぐっすりと眠れる場所だった。

 
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