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余生の始まり

20.決意表明

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 レヴィの足並みに合わせて客室へ戻る。あと少しで客室に着くというところで、腰の後ろで両手を組んだレヴィは立ち止まった。
「あの用紙の額は少々現実的ではないな。だが、我々も一文無しで送り出すことはできない。これはただの老婆心での。そこでどうじゃ、依頼という形で、魔方陣や神木について見て体験したことを教えてほしい。後世のためにも詳細な資料を残したいのでな。ついでに城中の魔石への魔力補充も頼みたい。報酬は、一般的な冒険者の旅の準備金と、客室のクローゼットにある好きな衣服類を現物支給でどうかの?」
 レヴィの申し出は、真紘と重盛の意志を尊重したものだった。
 国として時間をかけて準備してきたものを受け取らないという、不義理ともいえる言動にも関わらず、依頼という形で妥協案を提示してくれたのだ。
 真紘は感謝してもしきれない思いでいっぱいになった。
「ありがとうございます。そのご依頼お受けいたします」
「俺も、ありがとな。じいちゃん」
 了承すると「こちらこそ、勉強させていただきました」と言い残し、レヴィは来た廊下を戻っていった。

「本当に良い人達に恵まれたね」
「ああ、城中の魔石も蛍光灯からLEDになったくらい長持ちさせてやろうぜ」
 手を素早くパッパと開いて閉じる重盛に真紘は控えめに笑った。
「それって何倍長持ちするの?」
「さぁ、なんかいい感じになるのは間違いないっしょ」
「テキトーだなぁ」
 下校中のような、取るに足らない会話をしている間に客室の前に着く。
「夕食は俺の部屋で食う?」
「食べた後の臭いが残るかもしれないから、僕の部屋でもいいよ?」
 耳、目、ときたら嗅覚も敏感になっているのだろうと予想していた。
 真紘の気遣いに重盛は尻尾を振って応える。
「そこまで考えてくれてんの、素直に嬉しいわ。でもそんな気にしなくて大丈夫。耳も目も結構慣れてきたし」
「そっか、それなら良かった。じゃあこのままお邪魔しようかな。夕食が来るまで、これからのことを相談しようよ。依頼として受けたからには、神木や魔方陣のこともまとめておきたいしね」
「真面目~。昼寝する気満々だったけど、いいよん」
 重盛は自分の客室のドアを開けると、お先どうぞと真紘の背中をそっと押した。
 早速、長椅子に座り向かい合うと、重盛はポイポイと器用に靴を脱いで椅子の上で胡坐をかいた。土足での生活に慣れるのはもう少し先のようだ。真紘もいそいそと靴を脱ぐと、膝を抱えて丸まった。
「ふう、やっと座れた。ここに緑茶でもあれば最高なのに」
「生粋の日本人っていうか、やっぱ趣味嗜好がじいさんだな」
「もうそれでいいかも」
「おっと、やることやってスイッチ切れてきた感じ? まだ夕方だけど。飯食って風呂入って、夢の中で神様に何か一つお願いするまでが遠足ですよ!」
 それを言うならば、家に帰るまでが遠足ではないのだろうか。もう客室にいるため帰宅したも同然だ。
 兎に角、無事に一山越えたという安堵感と疲労感がどっときたのだ。
「まだ眠くないよ。そういえば、重盛は時の神様に何をお願いするか決めた?」
「一応決めた。叶うか分かんないけど、俺としてはもうこの世界に来たことで半分夢が叶ったようなもんだからさ。欲しいのは地球で愛用してた調理器具一式くらい」
「思い入れがある物をリアース持ってきてほしいってことだね、凄く良いと思う。大事に使えば一生使えるし、地球での記憶を忘れずに生きていけそう」
 真紘は膝に右頬を付けて目を閉じた。
「真紘ちゃんは、自分のための願いって感じじゃなさそうだな」
 重盛の声は聞いたことがないほど真剣だった。
「どうだろう。でも、自分のためといえばそうかもしれない。エゴって言った方が近いかな……。願い事が一つ叶うって聞いた時からこれしかないって思ってた。家族や今まで関わった全ての人から、志水真紘の記憶を消してほしい、これが僕の願い」
 自分から話題を振っておいて今さら怖くなった。
 最後の迷いを口に出すことで拭い去りたかったのかもしれない。誰かに決意表明しないと、直前になって決意が揺るぎそうだった。今だって、家族の顔を思い出すだけで胸の奥が締め付けられるのだ。
 重盛は真紘より悲痛な表情を浮かべ、絞り出すような声で問う。
「お前は俺と違って家族とすげぇ仲が良さそうだったじゃん、本当にそれでいいのかよ」
「うん。仲が良いからこそ、忘れてほしい。地球での僕がどういう扱いになっているのか分からないけど、突然失踪したとか、事故に遭ったとか、そういうことになっていたら残された家族は僕を想って悲しんで苦しむ。それが嫌なんだよ……。僕がこんな状況だって知っていれば、きっと両親も、姉さんも、妹も、忘れたくないって言うと思う。悲しみを乗り越えて生きていける強さだってある。でもさ、やっぱり一秒でも笑顔で生きていてほしいんだ。だからこれは僕の弱さだね」
 言い切ってしまえば、もう自分の心は完全に決まった。
 俯く重盛のつむじを眺めながら微笑むと、彼は大きく息を吸った。
「もう決めたんだな」
「おかげさまでね。そうだなぁ、元々地球で生まれていないことになっていたらどうしようかな。特に願うこともなくなるから、重盛愛用の調味料一年分でも頼んでおこうかな」
「ははっ、調味料は魅力的だけどさ、どっちにしても号泣待ったなしじゃね? 真紘ちゃんの泣き顔、儚すぎて心配になんだよなぁ~。明日の朝は尻尾をブラッシングしてスタンバってるわ」
「ふふっ、ごめんね。そんなに泣き虫じゃなかったはずなんだけど」
 君の優しさに甘えてごめんね。
 泣いてばかりでごめんね。
 家族の悲しませたくないと言っておいて、目の前の友人に悲しい顔をさせている。
 これからは重盛の力になれるように頑張るから――。
 真紘は指を弾き、重盛の近くに野球ボールサイズの小さな打ち上げ花火を咲かせた。
 ポンポンと爆ぜる光の華に驚いた重盛は椅子から立ち上がった。
「何⁉ ナニコレ! うおっ!」
「感謝とお詫びと、魔力補填達成祝いの花火」
「いや、綺麗だけど! 考え込むくせに、変なところで大雑把な収め方すんのマジ面白すぎるから」
 きゃいきゃいと小さな花火を追い続ける姿は野山を駆け回る狐のようで、依頼のことも忘れて真紘もすっかり楽しんでしまった。
 食事を運んできたシェフに厨房と中庭以外火気厳禁と叱られるまで、二人は部屋を駆け回っていた。

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