花のように

月夜野 すみれ

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第五章 花筏

第二話

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「紘一がナイフを持った連中に襲われてる!? ……分かった、すぐ行く!」
 歌舞伎町で電話を受けた紘彬は如月に今聞いた内容を話した。
「中山巡査の電話番号知ってますか? 警邏中なら中山巡査の方が早く着くかもしれませんよ」
 その言葉に、スマホの電話帳から中山の名前を探し当てると、電話をかけた。
 覆面パトカーを止めたところまで戻っている時間が惜しかったので、タクシーを止めた。

 紘彬は千円札を二枚置くと、
「釣りはいい」
 と言ってドアに体当たりをするようにしてタクシーから飛び出した。
 続いて如月が降りる。

 紘一の足下には三人の男が倒れていた。
 後ろには女の子が青い顔をして立っていた。
 中山巡査ともう一人の制服警官が、倒れている男達に手錠をかけようとしているところだった。

「紘一! 無事か!」
 紘彬は紘一に駆け寄った。
「俺は平気」
 それから後ろを振り返ると、
「花咲、大丈夫?」
 と訊ねた。
「うん。ありがと」
 花咲が頷くと、真っ直ぐで細い黒髪がさらさらと揺れた。
「これ、藤崎くんの」
 スマホを差し出されたときに手が触れた。

 紘一は動揺を悟られないように、
「サンキュ」
 と言って、顔を背けながら尻ポケットにスマホを入れた。

「あの子が紘一君の好きな子ですか」
 如月が小声で訊ねた。
「そうみたいだな」
 紘彬も声を潜めて答えた。
「警部補、そちらの二人の事情聴取は……」
 中山が男の一人を逃げられないようにしっかりと掴んだまま訊ねた。
「俺たちが署でやっとくよ」
「兄ちゃん、花咲は関係ないんだ。だから、帰してやってくれないかな」
「すまん、そう言う訳にはいかないんだ」
 紘彬は申し訳なさそうに謝った。

 紘彬と如月の二人だけならともかく、中山達が見ている。
 頼めば黙っていてくれるかもしれないが、それが発覚した場合、中山達も処罰を受けることになる。

 黙って聞いていた花咲は、
「私、行きます。ちゃんと藤崎君は悪くないって証言します」
 顔を上げてきっぱり言った。
「ありがとな。なるたけ早くすむようにするから」
 紘彬達は男達を連れて警察署へと向かった。

「あの男が石川信介なの?」
 花咲の話を訊いていた紘彬が聞き返した。
 花咲は、石川信介達が紘一を弟の仇だと言って襲ってきた時のことを話した。
「私は見てませんでしたけど、藤崎くんは絶対に石川君を殺したりしません」
「有難う。君の言うとおり紘一は何もしてないよ。石川君は心不全で倒れたんだ。紘一は介抱しようとしただけだよ」
「そうですよね」
 花咲は安心したように微笑んだ。
 笑顔になるとますます可愛かった。

 正当派美少女だな。
 こりゃ、紘一も惚れるわけだ。

 紘彬が花咲を伴って部屋を出ると紘一が如月と二人で待っていた。

「そっちはもう終わったのか?」
「はい」
「花咲、送るよ」
「有難う」
 紘一と花咲は連れだって警察署から出て行った。
 紘彬と如月は玄関のところで出ていく二人を見送った。
「お似合いですね」
「そうだな。紘一を襲った連中は取り調べ中か?」
「はい」
「ちょっと見てくる」
 紘彬は石川信介を取り調べている部屋へ向かった。

「あいつが弟を殺したんだ!」
 信介は机を叩いた。
「それは違う。お前の弟はHeのせいで死んだんだ」
「そんなはずはない! あれは安全だから違法じゃないって聞いたんだ! 有害なものだったら弟に渡したりするか!」
「じゃあ、検死報告書を見るか? それにHeはもうとっくに違法だぞ」
 そこまで聞いたところで紘彬は刑事部屋に戻った。

「どうでした?」
「あの顔でホストが出来るなら俺にも出来るよな」
 紘彬は真面目な顔で言った。

 信介は信雄によく似ていて、ジャガイモに目鼻を付けたような顔をしていた。
 違いはニキビがないことくらいだろう。
 店に出るときは化粧でもしてなければ仕事にならなそうだ。

「いや、そこじゃなくて……」
「違法じゃないと思ってたせいか、Heの所持を認めたぞ」
「そこでもなくて……」
 如月はため息をついた。

「誰かに紘一が石川信雄を殺したって言われたらしいな」
「学校でそう言う噂が立ってるとしたら、紘一君つらいでしょうね」
「そうだな。噂なんて無責任なものだしな」
 人殺しの汚名を着せられた紘一を助けてやりたいが紘彬達にはどうすることも出来ない。
 本当に殺されたのなら真犯人を見つければいいが、石川信雄の死因は薬物中毒による心不全だ。


 翌日の午後、西に傾いた日差しを浴びて、道行く人の影が長く伸びていた。

「聞き込みって靴底が減るだけで成果なんてほとんどないよな」
 紘彬がぼやいた。
「ま、そんなものですよ」
 如月が慰めるように言った。

 二人は落合での聞き込みから署に帰る途中で、高田馬場の駅前を歩いていた。
 何度も足を運んでいるが、有力な情報は聴けないまま時間だけが過ぎていた。
 紘彬がぼやき、如月が苦笑しつつ宥めるといういつものやりとりをしながら歩いているとき、見覚えがある少年とすれ違った。

「桜井さん、先に戻ってて下さい」
 如月はそう言うと少年を追いかけた。

 本屋の中で追いつくと、少年は単行本を鞄に入れようとしていた。
 とっさに如月は少年の腕を取った。
 少年がぎょっとして振り返った。
 如月は単行本を取り上げると棚に戻した。

「君、内藤君だね。紘一君から聞いたよ」
「藤崎の従兄の刑事か」
「違うよ、紘一君の友達。刑事だけどね」
「なんだよ。逮捕しようってのか」
「逮捕して欲しいの? 逮捕されれば検事にならなくていいから? 逮捕しようと思えば出来るよ。この店の防犯カメラに君が盗んでるところ写ってるから、それが証拠だよ」
 内藤は青くなった。
 離れた物陰からこの前のガードマンがこちらを睨んでいた。

「とにかくこっちへ」
 如月は内藤の腕を掴んで店から連れ出した。
 外に出ると、
「君、この辺の店からは目を付けられてるからもう来ない方がいいよ」
 と言った。
「いいのかよ、そんな事教えて」
「防犯も警察の仕事の一つだからね」
 そう答えると、スーツの内ポケットから警察手帳を取り出した。

「ストレス解消なら万引きよりこっちの方がいいよ」
 如月はそう言って手帳に挟んであったメモを渡した。
 内藤はメモに目を落とした。
「理系志望の子に数学とか物理とかを教えてくれる塾だよ。桜井さん――あ、紘一君の従兄ね――の友達がやってるところで、話は付けてあるからお金の心配はいらないよ」
 如月はそう言うと、じゃあね、と言って踵を返した。
「待てよ! なんで赤の他人にこんなことするんだよ!」
「紘一君に頼まれたからね」
 今日はもう万引きなどしないだろうと判断した如月は警察署へと戻った。

「如月! ちょっと来い!」
 刑事部屋に入った途端、課長に呼びつけられた。
「高田馬場の店から苦情が来たぞ。どうなってるんだ」

 どうやら前に如月が紘一のことで抗議したのを根に持っていたようだ。
 紘一や内藤のことは伏せて簡単に、万引きを阻止したと説明した。
 課長の部屋から出てくると紘彬が近寄ってきた。

「どうした?」
「なんでもありませんよ」
「もしかして紘一に関することで叱られたのか?」
「いえ、紘一君とは関係ないですよ」
 如月は笑って手を振った。
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