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第五章 紅雨
第五章 第三話
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「どうした?」
田中真美の祖父母、田中陽平とその妻の昌子が住む家に向かっている車の中で紘彬が訊ねた。
如月がさっきから難しい表情で黙りこくっているのだ。
「今から行く田中陽平なんですが……」
「何かあったのか?」
紘彬の問いに如月は清水の話をした。
「そうか……。けど被害に遭ったのは息子一家だぞ。当人にすら何も出来ずに様子を見てただけの人間が訪問客を巻き添えにしてまで息子一家を殺したりするか?」
「そう……ですよね」
如月がホッとした表情を浮かべた。
同じ事を考えていたものの疑念を払拭出来ずにいたのだ。
「アリバイの確認は必要だけどな」
「大変なときに申し訳ありません」
紘彬が田中陽平に謝って話を切り出した。
「構いません。早く犯人を見付けてください」
田中陽平が険しい顔で答えた。
陽平は八十近い男性だった。
「息子さんは誰かに恨みを買っていましたか?」
「冗談じゃない……!」
「あなた」
激昂しかけた陽平を、妻の昌子が窘めた。
「では、資産は?」
「資産?」
陽平が怪訝そうな表情をした。
「政夫さんは何かを聞き出すために殴られた可能性があるので。金庫の場所とか預金口座の暗証番号とか」
「金庫があるという話は聞いてない。政夫はただの管理職だし、由美さんもパートだ。預金だって大してなかったはずだ」
「コレクションはありませんでしたか?」
如月が訊ねた。
「なんだって?」
陽平が聞き返した。
「切手とか外国のコインとかを蒐集したりは……」
「いや、聞いてない。今、言ったように金が掛かる趣味を持てるほど裕福ではなかったんでな」
コレクションというのは集める分には金が掛かるとは限らない。
特に蒐集家は発売時に定価で購入している場合が多い。
切手などは一枚数十円、シートで買っても一シート二十枚なら千数百円。
発売日に郵便局で購入していたのなら大した金額ではない。
年数の経過によりプレミアが付いて結果的に高額になるのだ。
「あの家は借家ですか?」
「儂が買ったものだ。政夫は贈与税が払えないから名義は儂になってて息子に貸してる形を取っていたんだ」
贈与税というのは受け取った側――この場合、息子の政夫――が支払わなければならない。
贈与税の控除額は微々たるものだから新宿の住宅街にある一戸建てとなると贈与税は控除額を遙かに超えた金額になるし、その贈与税を支払うための金を政夫に渡したらその金に対しても贈与税が掛かってしまう。
「政夫さんの家の駐車スペースには高級外車が止まっていましたが、贈与税はあの車よりも高いという事ですか?」
「政夫は車は持ってなかった。いつか買うかもしれないから駐車スペースを取ってあっただけだ」
「では、あの車がどなたのものかご存じですか?」
「知らん」
陽平の答えに、如月が昌子に訊ねるように顔を向けると、彼女は黙って首を振った。
「あの家は儂が死んだら遺産として政夫に譲ることに……」
陽平は声を詰まらせた。
昌子も目頭を押さえる。
室内が沈黙に包まれ鼻を啜る音だけがしていた。
如月は居たたまれない思いで目を伏せた。
部屋の中に目を向けた紘彬は一瞬、何かに引っ掛かりを覚えた。
再度見回してみたが、それがなんなのかは分からなかった。
紘彬と如月は陽平の家を後にすると、政夫の兄、剛の家に向かって車を走らせた。
「あの、桜井さん、紘一君は……」
「昨日は帰りが遅かったから紘一とはまだ会ってないけど、祖母ちゃんから聞いた話じゃ、かなりショック受けてたって」
紘一と蒼治は最近はあまり会ってなかったとは言え子供の頃は仲良が良かった。
「そうですか……」
「だから今日はゲームする気になれないって」
「自分のところにも来ました。気にしなくていいって返事しておきましたけど」
「悪いな」
「そんな……桜井さんにとっても幼馴染みなんですし」
「俺とは年が離れてるから……」
確かに蒼治は紘彬と六才違いだ。
それだけ離れていたら子守でもない限り一緒に遊ぶ機会はほとんどなかっただろうし、そうなるとせいぜいたまに話をする程度だっただろう。
政夫の兄の田中剛は横柄な態度の男だった。
高級外車のことを訊ねると、
「私の車だ。車庫の改築中だけ置かせてもらってたんだ」
と言って右に視線を向けた。
その方向にある剛の家の敷地内で工事をしている。
「あの家の駐車スペースは使われてなかったんでね」
ちらっと馬鹿にするような表情が浮かんだ。
剛は会社を経営していて車も高級外車である。
正社員とはいえ雇われの身で家どころか車一台持っていない政夫を見下していたようだ。
紘彬と如月が警察署に戻ると、
「どうだ? 怪しいヤツはいそうか?」
団藤が訊ねた。
紘彬と如月が田中夫妻や剛に聞いた話を報告した。
「こっちの調べと一致するな」
「こっちも全然収穫なしです。当分、あの辺回らないと……」
上田が溜息を吐いた。
紘彬と如月が連れ立って警察署を出ると雨が降っていた。
「紅雨か……」
「こうう?」
「雨に打たれた赤い花が散る様子の事を言うらしい」
「そうなんですか」
「しかし雨じゃ飲みに行くのも面倒くさいな。うちに来るか?」
「え、紘一君の家は……」
紘一もだが、花耶も蒼治とは幼馴染みなのだから胸を痛めているだろう。
「いや、俺んち。ゲーム機は無いからドラマでも観ようぜ」
「お祖父様は大丈夫なんですか?」
「元気だから帰りたくないんだよ。説教がうるさいからさ。客がいればガミガミ言わないだろうし。用があるなら別だけど」
「いえ、お祖父様がお元気なようでしたらお邪魔させていただきます」
如月がそう答えると二人は連れだって紘彬の家に向かって歩き始めた。
田中真美の祖父母、田中陽平とその妻の昌子が住む家に向かっている車の中で紘彬が訊ねた。
如月がさっきから難しい表情で黙りこくっているのだ。
「今から行く田中陽平なんですが……」
「何かあったのか?」
紘彬の問いに如月は清水の話をした。
「そうか……。けど被害に遭ったのは息子一家だぞ。当人にすら何も出来ずに様子を見てただけの人間が訪問客を巻き添えにしてまで息子一家を殺したりするか?」
「そう……ですよね」
如月がホッとした表情を浮かべた。
同じ事を考えていたものの疑念を払拭出来ずにいたのだ。
「アリバイの確認は必要だけどな」
「大変なときに申し訳ありません」
紘彬が田中陽平に謝って話を切り出した。
「構いません。早く犯人を見付けてください」
田中陽平が険しい顔で答えた。
陽平は八十近い男性だった。
「息子さんは誰かに恨みを買っていましたか?」
「冗談じゃない……!」
「あなた」
激昂しかけた陽平を、妻の昌子が窘めた。
「では、資産は?」
「資産?」
陽平が怪訝そうな表情をした。
「政夫さんは何かを聞き出すために殴られた可能性があるので。金庫の場所とか預金口座の暗証番号とか」
「金庫があるという話は聞いてない。政夫はただの管理職だし、由美さんもパートだ。預金だって大してなかったはずだ」
「コレクションはありませんでしたか?」
如月が訊ねた。
「なんだって?」
陽平が聞き返した。
「切手とか外国のコインとかを蒐集したりは……」
「いや、聞いてない。今、言ったように金が掛かる趣味を持てるほど裕福ではなかったんでな」
コレクションというのは集める分には金が掛かるとは限らない。
特に蒐集家は発売時に定価で購入している場合が多い。
切手などは一枚数十円、シートで買っても一シート二十枚なら千数百円。
発売日に郵便局で購入していたのなら大した金額ではない。
年数の経過によりプレミアが付いて結果的に高額になるのだ。
「あの家は借家ですか?」
「儂が買ったものだ。政夫は贈与税が払えないから名義は儂になってて息子に貸してる形を取っていたんだ」
贈与税というのは受け取った側――この場合、息子の政夫――が支払わなければならない。
贈与税の控除額は微々たるものだから新宿の住宅街にある一戸建てとなると贈与税は控除額を遙かに超えた金額になるし、その贈与税を支払うための金を政夫に渡したらその金に対しても贈与税が掛かってしまう。
「政夫さんの家の駐車スペースには高級外車が止まっていましたが、贈与税はあの車よりも高いという事ですか?」
「政夫は車は持ってなかった。いつか買うかもしれないから駐車スペースを取ってあっただけだ」
「では、あの車がどなたのものかご存じですか?」
「知らん」
陽平の答えに、如月が昌子に訊ねるように顔を向けると、彼女は黙って首を振った。
「あの家は儂が死んだら遺産として政夫に譲ることに……」
陽平は声を詰まらせた。
昌子も目頭を押さえる。
室内が沈黙に包まれ鼻を啜る音だけがしていた。
如月は居たたまれない思いで目を伏せた。
部屋の中に目を向けた紘彬は一瞬、何かに引っ掛かりを覚えた。
再度見回してみたが、それがなんなのかは分からなかった。
紘彬と如月は陽平の家を後にすると、政夫の兄、剛の家に向かって車を走らせた。
「あの、桜井さん、紘一君は……」
「昨日は帰りが遅かったから紘一とはまだ会ってないけど、祖母ちゃんから聞いた話じゃ、かなりショック受けてたって」
紘一と蒼治は最近はあまり会ってなかったとは言え子供の頃は仲良が良かった。
「そうですか……」
「だから今日はゲームする気になれないって」
「自分のところにも来ました。気にしなくていいって返事しておきましたけど」
「悪いな」
「そんな……桜井さんにとっても幼馴染みなんですし」
「俺とは年が離れてるから……」
確かに蒼治は紘彬と六才違いだ。
それだけ離れていたら子守でもない限り一緒に遊ぶ機会はほとんどなかっただろうし、そうなるとせいぜいたまに話をする程度だっただろう。
政夫の兄の田中剛は横柄な態度の男だった。
高級外車のことを訊ねると、
「私の車だ。車庫の改築中だけ置かせてもらってたんだ」
と言って右に視線を向けた。
その方向にある剛の家の敷地内で工事をしている。
「あの家の駐車スペースは使われてなかったんでね」
ちらっと馬鹿にするような表情が浮かんだ。
剛は会社を経営していて車も高級外車である。
正社員とはいえ雇われの身で家どころか車一台持っていない政夫を見下していたようだ。
紘彬と如月が警察署に戻ると、
「どうだ? 怪しいヤツはいそうか?」
団藤が訊ねた。
紘彬と如月が田中夫妻や剛に聞いた話を報告した。
「こっちの調べと一致するな」
「こっちも全然収穫なしです。当分、あの辺回らないと……」
上田が溜息を吐いた。
紘彬と如月が連れ立って警察署を出ると雨が降っていた。
「紅雨か……」
「こうう?」
「雨に打たれた赤い花が散る様子の事を言うらしい」
「そうなんですか」
「しかし雨じゃ飲みに行くのも面倒くさいな。うちに来るか?」
「え、紘一君の家は……」
紘一もだが、花耶も蒼治とは幼馴染みなのだから胸を痛めているだろう。
「いや、俺んち。ゲーム機は無いからドラマでも観ようぜ」
「お祖父様は大丈夫なんですか?」
「元気だから帰りたくないんだよ。説教がうるさいからさ。客がいればガミガミ言わないだろうし。用があるなら別だけど」
「いえ、お祖父様がお元気なようでしたらお邪魔させていただきます」
如月がそう答えると二人は連れだって紘彬の家に向かって歩き始めた。
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