婚約破棄されましたので、隣国の灯りを点しに行きましょう

さんけい

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5 アストリア王都の賢王と王弟

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 アストリア王都に入ったのは、日がすっかり高くなってからだった。
 城壁の内側には、故郷のカンタブラ王国とは少し違う街並みが広がっている。
 同じ石造りでも、屋根の形や窓の飾りがどこか軽やかで、色彩も明るい。

(……石畳なのに、土埃が少ないわね)

 城門から王城へ向かう大通りを進みながら、サーシャはそんなことを考えていた。
 道の側溝がきちんと掃除され、人と荷馬車の流れが無理なく分けられている。
 見ているだけで、「ここでは誰かが日々、街のことを考えている」とわかる。

「さあようこそ! アストリア王都へ。サーシャ」

 向かいの席でルドルフが言った。

「王城に着きましたら、そのまま陛下と殿下にお目通りいただきます。長旅の後で恐縮ですが」
「問題ありませんわ。むしろ、ありがたいくらいです」

 サーシャは素直に答える。
 自分の立場を早くはっきりさせておきたい、という思いもあった。

  ◇

 王城は、城壁から見えた通り、白い石を積み上げたやや控えめな造りだった。
 カンタブラ王国のような装飾過多の塔は少ない。その代わりに、中庭の木々や花壇が丁寧に手入れされているのが窓越しに見える。

(余計なところを飾るより、手入れに金をかけているのね)

 そんな印象を受ける。
 馬車を降りると、すぐに案内役の侍従がついた。

「ルドルフ様、お帰りなさいませ。そしてサーシャ様、ようこそアストリアへ」

 侍従はサーシャに向かってもきちんと一礼した。
 “使節団が拾ってきた他国の令嬢”に対して、この態度は悪くない。

(少なくとも、「余計な荷物」とは思われていないわけね)

 僅かに肩の力が抜けた。

  ◇

 謁見の間に通されると、そこもまたカンタブラ王国とはかなり違っていた。
 無駄に広くはないが、天井は高く、壁には地図や系譜を描いたタペストリーが掛けられている。
 目を引く黄金や宝石は少ない。その代わり、家具の彫刻や布地に細やかな工夫が見て取れた。

「ルドルフ、戻ったか」

 玉座の一段下、やや高い席に座る男が声をかけてきた。
 浅い茶色の髪を持ち、鋭いというよりは、物事をよく見ているタイプの瞳をしている。
 アストリア国王、レオンハルト・フォン・アストリア陛下――と側に控えた侍従長が紹介した。
 そのすぐ隣には、ややがっしりした体格の男が腕を組んで立っていた。
 彼は玉座ではなく、王の斜め後ろに控えている。

「そしてこちらが、王弟フリードリヒ殿下でございます」
(王弟……)

 サーシャは自然と姿勢を正した。
 カンタブラ王国でも、王弟は何人かいたが、その多くは遠方に飛ばされ、王都の政治にはほとんど関与していなかった。
 だが、この王弟は明らかに違う。
 王のすぐそばで、誰よりも落ち着いた目でこちらを観察している。

「サーシャ・グロースベルク様ですね」

 先に口を開いたのは、フリードリヒだった。

「……はい。カンタブラ王国より参りました、グロースベルク侯爵家長女、サーシャ・グロースベルクと申します」

 スカートの裾をつまみ、教本通りの礼を取る。
 頭を下げる角度、視線の落とし方、息を吸うタイミング。身体が覚えている動きを、そのまま再現した。

「頭をお上げください」

 レオンハルト王の声は、柔らかかった。
 サーシャが顔を上げると、彼は穏やかな笑みを浮かべている。

「長旅で疲れているところ、すぐに呼び立ててすまないね。まずは、我が国に来てくれたことに礼を言いたい」
「もったいないお言葉です、陛下」
「いや、本当にね」

 横からフリードリヒがぽつりと呟いた。

「よくもまあ、あんな女神を手放したものだ、と思っているところですよ」
「フリード」

 王が苦笑まじりにたしなめる。

「女神だなんて、大げさな」

 サーシャは思わず口元を引き締めた。
 冗談とわかっていても、褒め言葉として正面から受け止めるのは慣れていない。

「ルドルフから、ある程度の報告は受けている」

 レオンハルト王が話を戻した。

「君が古い文字を読み、我が国北方の碑文の意味を解き明かしてくれたこと。その力を、我が国に貸してくれると約束してくれたこともね」

「……はい。微力ではありますが、お役に立てるのであれば」
「微力、ね」

 フリードリヒは肩をすくめた。

「北方の開発計画が何年も足踏みしていたのを、一枚の紙切れから動かしたのが微力なら、世のほとんどは無力ということになりますな」

 サーシャは返す言葉が見つからず、少しだけ目を伏せた。

「ともあれ」

 レオンハルト王が手を軽く叩いた。

「サーシャ・グロースベルク。君には当面、王立書庫および研究室付の“古文書顧問”として働いてもらいたいのだ」
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