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しおりを挟む初めての謁見。
両開きの巨大なドアを兵士が開けるなり、中央の床で土下座をしている人がいた。
幻かもしれないと、一度目を逸らし、再度見る。
土下座してる。
瞬きしても揺らがず土下座している。
「ご令嬢!この度は!まことに!まことに!申し訳ない!!」
土下座している人物から発せられた大きな声に、思わず隣の人物に縋り付く。本当は後ろに下がりたかったけれど、腰を抱く彼の腕が阻むのだから仕方ない。
「あれが俺の兄だ」
「ぇ」
「その声はレイナード!?」
花嫁役の令嬢が到着したとしか聞いていなかったのか、兄?つまり、国王?は、弟の名前を口にしながら勢い良く頭を上げた。上げて、固まる。
「れ、そ、て、だ、」
ワナワナと震え、最早何も言葉にならない様子で国王は弟を凝視する。それはそうだろう。極度の女嫌いであるはずの弟が、令嬢を抱き締めるように腕を回して立っているのだから。
「兄は俺の事になると過剰に反応するんだ。こうなるとなかなか動かなくてな、ある種の病気だ。まぁ、一時間ほど放っておけば治るから、後でまた会わせる」
「………それは、重症、ですね」
よくわかるようで、わからない。世の中には色んなビョウキ?の人がいるのだなと、思わず遠い目になっても仕方ない、はず。
初めての謁見として、これは数えない方が良いだろう。経験値としては何の役にも立たないような気がする。
仕切り直しは、きっちり一時間後、小さな応接間で行われた。壁際に護衛や給仕が控え、ソファーに腰掛けているのは王、王弟、そして、王弟と共にいると性別を疑われるという悲しい田舎出身の伯爵令嬢。ささやかながら胸はあるのだが、詰め物ではないと証明できるだけの色香はない。
「先程は取り乱して申し訳なかった。余が、レイナードの兄だ」
国王としてではなく、兄と名乗るのは何なのか。しかもドヤ顔で。
「頭をお上げ下さい、陛下。申し遅れました、わたくしはサルアーナ伯爵家の長女、アリーシャでございます。この度は身に余る縁談、ならびに多くのご配慮を賜りまして、感謝の念に耐えません」
「こちらの一方的な都合による無理のある縁談を押し付けてしまい申し訳ない。ご令嬢のお陰で、レイナードが救われるのだ。いくらでも償おう。何か望むものはあるか?金でも、爵位でも、国宝でも構わない」
弟が無事ならそれでいい!とばかりに、国王はご機嫌だ。
「わたくしがここにおりますのは、王家への忠誠故。特別なものは何も望みません。領への支援金を賜れれば家族の暮らし向きは楽になるかもしれませんが、金で娘を売ったわけではないと、家族は激怒するでしょう。伯爵の地位ですら手に余っております。身の丈に合わぬものを得れば、要らぬ苦労をすることでしょう。宝というものは、あるべき場所にあり、出会うべき主を得て初めて意味を為すものと考えております。わたくしには無用の長物、謹んでお断り申し上げます」
いや、もう、本当は断るのも不敬に当たるのだろうけれど、必死に頭を動かして「要らない」と言い募る。
「何かひとつくらい欲しいものはないのか?」
しょぼんとする様は、とても国王には見えない。この威厳の無さでこの国は大丈夫なのだろうか。弟が絡んだ時だけ、こうなります、と言われても、絡まない時の姿を見ていないため、にわかに信じ難い。
欲しいもの。
隣では涼しい顔で王弟が紅茶を口にしている。再び国王に向き直ると、2人の目元がよく似ていることに気づいた。
「不敬を、承知で、お願いがございます」
声が上擦る。
「おお、なんだ?申してみよ」
「あの───、形だけの結婚というお話でしたが、その、出来ましたら、殿下と、いえ、レイナード様と真の夫婦として認めて頂きく存じます」
訳:息子さんを私に下さい!
隣で、王弟が、否、レイナードが、盛大に噎せた。
国王は両目を見開き、今にも目玉が転がりそうで怖い。その視線に耐えきれず、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆って俯いた。
「お、おい、レイナード。そういえばお前、平気なのか?」
「今更ですか。───彼女が3年前に俺の病気を軽くしてくれた恩人です」
「え、あれ、妄言じゃなくて本気だったの?───いやいや、ちょっと待て。じゃあ、鞍もつけずに馬に乗ってブッチギリで大会優勝した猛者は本当に少女だったのか!」
まさか自分の黒歴史を国王に叫ばれる日が来るなんて!!恥ずかしすぎるからやめてくれと叫び返したいのに、涙を堪えるので必死で顔を上げられない。
「俺は、彼女が相手ならヤレます。むしろヤリたいです」
「っ!」
「マジで!?」
馬の繁殖に携わっていた分、閨の知識は貴族令嬢として知らなくていいことまで知っている。そのため、レイナードの発言の意味をしっかり把握してしまい、羞恥のあまり過呼吸になりそうだ。国王も驚きを隠せないらしい。口調がだいぶ素に戻っている。
「婚前交渉の許可をください、兄上」
「さすがにそれは王族としてアウトだ。我慢できないようなら結婚式までの半年間、徹底的に隔離するぞ」
いくらブラコンでも、そこはしっかり却下をして下さった。レイナードが舌打ちする。それでも譲る気は無いと、国王は断言した。
「もちろん、2人を祝福しよう。これで次代の国王は何とかなりそうだな」
いつまでも俯いているわけにはいかず、深呼吸をして顔の赤みが引くことを祈りつつ、のろのろと顔を上げる。
「次代、ですか?」
何となく聞こえた言葉を問い返すと、国王は頷いた。
「実は、余は幼い頃の病気が原因で子供が作れぬ身体なのだ。必然的に、次の王はレイナードになる」
「え───」
動きを再開した知能が再び停止する。ぽん、と肩に触れる手の主を見ると、レイナードがニヤリと笑った。
「つまり、貴女が未来の王妃、そして王太后ということだ。当然、貴女の産んだ子が未来の国王、もしくは女王となる」
「えええええ!?」
「まぁ、他の令嬢ではレイナードの身体が拒絶反応を起こすのだから、諦めて貰うしかないだろう。いやぁ、良かった良かった」
「なるべく貴女は好きなことを好きなだけやっていられるよう、俺が頑張るよ」
無理だ、無理!そう叫びたいのに、声が出ない。
「俺と結婚してくれるんだもんな?なにせ形だけの夫婦では嫌だと兄に進言するほどだし」
「うんうん、素敵なお嬢さんで良かったな」
墓穴を掘った自覚はあるので最早何も言えない。
故郷の両親ならびにお兄様。
私の嫁ぐ相手は将来、王様になるらしいです。
「貴女が納得するまで何度でも言おう。愛しているよ、リシャ」
王妃は無理だと泣き言を零したら、レイナードが毎日愛を口にするようになった。いつの間にか愛称で呼んでくるし、隙あらばキスをしてくる。
今も昔も、彼への気持ちがあれば、例えそれが怒りでも恋でも関係なく、何でも出来るような気がしてしまう。それこそ、あの、馬の品評会の時から、ずっと。
「───いいわ、やってやろうじゃない」
困難であるほど、やる気が出るというものだ。
[完]
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