ラジオの向こう

諏訪野 滋

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第一章 インビテーション

新生徒会執行部、発足!

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 言いやがったよ、この会長は。空気を読めない人でもないだろうに、勝算のない戦いを自ら求めるとは。会話すら拒否しようとした彼のことだ、副会長なんて二つ返事で断られるに決まっている。

 しかし、そんな私の予想はまったく裏切られた。金澤くんは白倉さんと視線を合わせたまま、何やらじっと考え込んでいる様子である。やがて彼は、当然の疑問を口にした。

「なぜ、俺を誘おうなんて思ったんですか?」

 そのことについては、私も実に興味があった。私の場合には成績がその理由だと白倉さんは言っていたけれど、彼のそれは何だろう。まさか、容姿? それならまあ、私の理由よりも断然納得はいくにしても。生徒会も所詮しょせんは人気商売だ、女子生徒の支持を獲得するためには客寄せパンダが必要なのかもしれない。金澤くんとパンダにはそれこそ失礼な話だけれど。

 彼の問いに、白倉さんは芝居がかった仕草で首をかしげた。

「さあね。経験者、だから?」

 驚いた。中高一貫のわが校に高校から受験で編入してきた私が知らないという事は、中等部での話か。金澤くん、中等部では生徒会役員だったのか。現在やはり中等部に通っている私の弟に聞けば、何かわかるかもしれないけれど。

 白倉さんのそのはぐらかすような返答には、金澤くんもさすがに意表を突かれたようだった。

「……それだけですか」

「不服かな。生徒会長じゃないのは申し訳ないけれど」

 私は、白倉さんの考えがますますわからなくなった。最強の生徒会を作りたいと言ったり、経験者だからというだけで勧誘したり。何なんだろう、この一貫性のない人選は。
 混乱しているのは、金澤くんもどうやら同じだったらしい。しかし、ややあって彼は、あさっての方角を見ながらぶっきらぼうに言葉を返した。

「先輩が俺に何を期待しているのか知りませんが。言っておきますけれど、俺、仕事なんてしないかもしれませんよ」

 なんと。デレのないツンな返答でわかりにくいけれど、どうやら金澤くんは副会長になることをオーケーしたらしい。わけがわからない、今の二人の会話の一体どこに妥協点があったというのだろうか。私は慌てて隣を見たが、驚いたことに白倉さんは、彼のその承諾を当然のように予期していたらしい。微笑をたたえて、余裕の表情でうなずく。

「了解よ。とりあえずは、生徒会室に来てくれればそれでいいから」

 金澤くんは黙ってリュックをつかむと、思い出したように私の方を見た。

「で、そっちは」

 いきなり声をかけられた私は、しどろもどろに答えるのが精一杯である。今まで冷めた目で彼を分析していたつもりが、なんとも情けない。リアルの男の子って、どうしてこうも怖いのだろう。

「あ、あの。私、今度書記になった、や、八尋です。三年の」

 金澤くんは、ああそうですか、と抑揚のない声でつぶやく。そして白倉さんにかたちばかりの会釈をすると、きびすを返して足早に教室を去っていった。

 緊張がようやく解けた私の心は、ふつふつとわいてきた怒りで満たされた。なんなのよあいつ、ちょっとルックスがいいからってお高くとまっちゃって。同学年じゃないからテストでぼこぼこにできないのが返す返すも残念だ、などとろくでもない考えが頭をかすめる。友達が一人もいない私が言うのもなんだけれど、絶対に友達になりたくないタイプだ。

 息を荒げながら隣を見ると、白倉さんは開けっ放しの扉に向かって、にこにこと愛想よく手など振っている。彼女、まさかあんなのがタイプなんじゃないでしょうね。万が一にもそうだとしたら、完全無欠の生徒会長の唯一の欠点だと言わざるを得ないところだ。好みだなどと思った先ほどの自分を棚に上げて、私は金澤くんが去った方向を一人にらんでいた。



 いつの間にか日は傾き、すべての影が少しずつ長くなってきていた。私たち二人以外には誰もいなくなった教室で、白倉さんが大きく伸びをした。

「よし、これで来期の生徒会役員の人事も決まったし、まずはひと安心ね。それじゃあ今日のところはお開きにしましょうか、八尋さん」

 本当にひと安心なんだろうか。私のような根暗女に、金澤くんのような冷淡男。来期の生徒会、やばくない? 私は緊張の糸が切れて、座り込みたい気分だった。なんだかひどく消耗していた。久しく人付き合いしていなかったので、一度に降ってわいた環境の変化に、私自身がついていけないのだろう。

 私のかすかなため息を耳ざとく聞きつけた白倉さんは、自分のリュックの中から何やら取り出した。渡されたキャラクターものの紙袋の中で、かさかさと何かがこすれる音がする。

「何ですか、これ」

「疲れた時は、食べて回復。とりあえず、仕事の前金ってところかな」

 開けてみて、またしても驚いた。シナモンの匂いがする。クッキーだ。

「実は手作りよ。食べてくれないと、化けて出てやるから」

 私は白倉さんの用意周到ぶりに舌を巻いた。彼女は私が書記を引き受けることを確信していて、あらかじめ手作りクッキーまで用意していたのか。かなわないな、こりゃ。

「でも、どうして私だけ。前金なら金澤くんにも払わないと」

「冗談。変に勘違いされても困るしね」

 あの殺伐とした雰囲気で、金澤くんがなにをどう勘違いするというのだろうか。しかし賢明な私は、それはあえて口には出さずにおいた。期待に目を輝かせている白倉さんの圧に負けて、私はクッキーを一口かじってみる。美味しい。桃太郎からきび団子をもらう家来の心境だ。

 白倉さんはそんな私を満足そうに眺めると、それじゃとリュックを担いで入り口に向かった。そして扉のところで私の方を振り向くと、笑いながら一度大きく手を振る。再び身をひるがえした彼女の黒い髪が少し遅れてふわりと両肩に落ちるのを、私は名残惜しく思った。

 ガラス窓を通る午後の陽光に我に返った私は、パックパックを担いだところで、あ、とため息をついた。

「会長のメルアド、聞くの忘れた……」
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