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2章 月に焦がれるきらきら星
月に焦がれるきらきら星#2
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「君は……凄いね。本当に、ピアノが上手い……と言うか、同じピアノを弾いてると思えないくらいに、凄く楽しそうな、良い音が鳴る」
初めて逢った日。簡単に会話を交わした後、昴ひとりで自由に演奏したり、ふたり一緒に連弾をしたりとピアノを弾き続けてしばらく経った頃。ぽつりと理月がそう言ったもので、昴は小首を傾げ目を丸くした。
「ありがとう。でも、先輩も凄く上手だったよ? お手本みたいに綺麗な音でさ。ちょっと悲しそうな音だなとも思ったけど」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で口を結んだ理月に向け、言葉を続ける。
「月光が辛かったり、悲しかったりする曲なのは分かってるけど――なんだか縛り付けられてる、みたいな、心が痛そうな音だなーって。……僕、こういうの結構当たる方なんだけど、当たってる?」
「……君、無神経とか言われない?」
「あ、ごめん、無神経だった? たまに言われる」
複雑そうな面持ちで小首を傾げて問われ、またやってしまったと自省した。思ったまま話してしまう悪い癖があることは昴自身自覚している。
「悪気が無いのは分かるし、良いよ。当たってる気がするし。ピアノのことは大好きだけど、弾いていると、ちょっとだけ胸が苦しくなるから」
苦笑しながらそう返されて、やはり理月の心が演奏に現れていたのだと理解した。寂しげな横顔を見て、ぎゅっと胸を締め付けられる心地がする。それがどんな悲しみかは分からないけれど、何らかの辛い思いを抱えていることは、深く聞かずとも伝わってきた。
「……だから、君の演奏は凄く良かった。特に、きらきら星変奏曲。技術についても全体的に優れてたけど、星が降る夜みたいで、楽しくて、綺麗で。僕にはあんな、きらきらした演奏は出来ない。ピアノが大好きで、心から楽しんでる、みたいな音で、聴いていて楽しかったよ。君、プロ志望?」
「うん。なりたいなーって思っとるよ。好きなピアノで食べて行けたらいいなって。夢見てる感じで、ちょっと恥ずかしいんだけどさ」
「夢なんかじゃない。君だったらなれるよ。君にはピアノの才能がある。だからきっと……近い将来、君は今世紀で一番有名なピアニストになる」
少し気恥ずかしく頭を掻きながら夢を語った昴に、理月は大真面目な顔をして返してきた。そんな風に返されるとは思わず、昴は目を丸くする。
「そんなに真っ直ぐ褒められると照れるなあ。先輩は? ピアニスト志望?」
「いや、僕は……ピアノは、趣味で弾いてる。趣味で弾いてる程度の奴に言われても信用が無いかもしれないけど、耳には自信があるんだ。確信を持って言えるよ。君の演奏には華がある。多少粗削りに感じる部分もあるけど技術力も確かだし、何より表現力が抜群だ。君のピアノの音は、気分が安らいで、楽しくなって、このままずっと聴いていたいって思える」
「褒め殺されそう。顔熱くなってきた。先輩のピアノ、趣味で弾いてる程度って感じじゃないじゃん。先輩こそピアニストになれると思うけどな。僕、先輩のピアノ好きだよ。物憂げっていうか、寂しそうな音がすっごく綺麗」
理月の演奏が『趣味』のレベルでは無いことは、長くピアノに触れてきた昴にはよく理解できる。趣味と口にした理月は一瞬寂しげな表情に見えたけれど、すぐさま元の真面目な顔に戻った。一瞬だからちゃんと見ていなければ気付けないものの、結構顔に出やすいタイプなのかもしれない。そう思い、昴は理月の顔をじっと見る。
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
そう返した理月は、少し寂しそうな笑顔を浮かべていた。その時、十七時を知らせる鐘が鳴る。
「――もうこんな時間か。そろそろ帰らないと」
「あ。帰る前に、名前教えてよ。先輩の名前、まだ聞いてない」
まだ名前も聞いていなかったなと思い至り、少し顔を曇らせた理月にそう問い掛けた。
「ああ、名乗ってなかったね、すまない。僕は藤原理月。苗字の漢字は、征夷大将軍の藤原氏と同じ藤原。名前は理解の理に、月は空に浮かんでる月」
「リヅキ、かあ。綺麗な名前だね。名前に月が入ってるから、月が好きなの? 最初に『月光ソナタ』弾いてたし」
「いや……月は、あまり好きじゃない。それに、自分の名前も好きじゃない。だから、名前なんて褒めなくて良いよ」
理月はふっと視線を逸らし、口元を少し尖らせる。昴より二学年先輩で大人びた顔立ちをしているのに、なんだか唇を尖らせたその表情は少しあどけないというか、幼く見えた。すぐに元に戻ってしまったけれど。
初めて逢った日。簡単に会話を交わした後、昴ひとりで自由に演奏したり、ふたり一緒に連弾をしたりとピアノを弾き続けてしばらく経った頃。ぽつりと理月がそう言ったもので、昴は小首を傾げ目を丸くした。
「ありがとう。でも、先輩も凄く上手だったよ? お手本みたいに綺麗な音でさ。ちょっと悲しそうな音だなとも思ったけど」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で口を結んだ理月に向け、言葉を続ける。
「月光が辛かったり、悲しかったりする曲なのは分かってるけど――なんだか縛り付けられてる、みたいな、心が痛そうな音だなーって。……僕、こういうの結構当たる方なんだけど、当たってる?」
「……君、無神経とか言われない?」
「あ、ごめん、無神経だった? たまに言われる」
複雑そうな面持ちで小首を傾げて問われ、またやってしまったと自省した。思ったまま話してしまう悪い癖があることは昴自身自覚している。
「悪気が無いのは分かるし、良いよ。当たってる気がするし。ピアノのことは大好きだけど、弾いていると、ちょっとだけ胸が苦しくなるから」
苦笑しながらそう返されて、やはり理月の心が演奏に現れていたのだと理解した。寂しげな横顔を見て、ぎゅっと胸を締め付けられる心地がする。それがどんな悲しみかは分からないけれど、何らかの辛い思いを抱えていることは、深く聞かずとも伝わってきた。
「……だから、君の演奏は凄く良かった。特に、きらきら星変奏曲。技術についても全体的に優れてたけど、星が降る夜みたいで、楽しくて、綺麗で。僕にはあんな、きらきらした演奏は出来ない。ピアノが大好きで、心から楽しんでる、みたいな音で、聴いていて楽しかったよ。君、プロ志望?」
「うん。なりたいなーって思っとるよ。好きなピアノで食べて行けたらいいなって。夢見てる感じで、ちょっと恥ずかしいんだけどさ」
「夢なんかじゃない。君だったらなれるよ。君にはピアノの才能がある。だからきっと……近い将来、君は今世紀で一番有名なピアニストになる」
少し気恥ずかしく頭を掻きながら夢を語った昴に、理月は大真面目な顔をして返してきた。そんな風に返されるとは思わず、昴は目を丸くする。
「そんなに真っ直ぐ褒められると照れるなあ。先輩は? ピアニスト志望?」
「いや、僕は……ピアノは、趣味で弾いてる。趣味で弾いてる程度の奴に言われても信用が無いかもしれないけど、耳には自信があるんだ。確信を持って言えるよ。君の演奏には華がある。多少粗削りに感じる部分もあるけど技術力も確かだし、何より表現力が抜群だ。君のピアノの音は、気分が安らいで、楽しくなって、このままずっと聴いていたいって思える」
「褒め殺されそう。顔熱くなってきた。先輩のピアノ、趣味で弾いてる程度って感じじゃないじゃん。先輩こそピアニストになれると思うけどな。僕、先輩のピアノ好きだよ。物憂げっていうか、寂しそうな音がすっごく綺麗」
理月の演奏が『趣味』のレベルでは無いことは、長くピアノに触れてきた昴にはよく理解できる。趣味と口にした理月は一瞬寂しげな表情に見えたけれど、すぐさま元の真面目な顔に戻った。一瞬だからちゃんと見ていなければ気付けないものの、結構顔に出やすいタイプなのかもしれない。そう思い、昴は理月の顔をじっと見る。
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
そう返した理月は、少し寂しそうな笑顔を浮かべていた。その時、十七時を知らせる鐘が鳴る。
「――もうこんな時間か。そろそろ帰らないと」
「あ。帰る前に、名前教えてよ。先輩の名前、まだ聞いてない」
まだ名前も聞いていなかったなと思い至り、少し顔を曇らせた理月にそう問い掛けた。
「ああ、名乗ってなかったね、すまない。僕は藤原理月。苗字の漢字は、征夷大将軍の藤原氏と同じ藤原。名前は理解の理に、月は空に浮かんでる月」
「リヅキ、かあ。綺麗な名前だね。名前に月が入ってるから、月が好きなの? 最初に『月光ソナタ』弾いてたし」
「いや……月は、あまり好きじゃない。それに、自分の名前も好きじゃない。だから、名前なんて褒めなくて良いよ」
理月はふっと視線を逸らし、口元を少し尖らせる。昴より二学年先輩で大人びた顔立ちをしているのに、なんだか唇を尖らせたその表情は少しあどけないというか、幼く見えた。すぐに元に戻ってしまったけれど。
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