プレアデスは遥か彼方(2025.10.5完)

継永乃々佳@J庭59ぬ11b

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3章 Crescendori

Crescendori#3

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 帰国してからの昴は、今までと少しばかり様子が変わった。どこが、と具体的には言い表しにくいが、ちょっと背伸びしている感じ。相変わらず飼い主にじゃれつく甘えたな大型犬みたいなところもあるけれど、どうも甲斐甲斐しく理月の世話を焼こうと、あるいは甘やかそうとしている気がする。理月は昴の世話を焼いて甘やかすのが好きだから、昴から世話を焼かれるのはちょっと照れくさいと言うか、少しむず痒い。
 それから、あれこれ仕事を精力的にこなしているらしい。作曲の仕事も抱えているし、テレビの収録に赴いてみたり、時たま防音室でライブ配信を行ったり、動画を撮影して投稿したり。傍から見ていて、かなり忙しそうだった。

 理月も理月で仕事に勤しんでいて、現在はマンハッタンへの都市型高級複合施設開発プロジェクトを推進中だ。市場調査を終えて、土地の購入や借地契約の交渉をしているところ。長期間の駐在が必要な段階ではないが、現地での会議、調査、会合などで数週間単位の短期的な出張が発生する。

「岡田君、交渉の進捗はどうなってる?」
「現在メインとなる区画の所有者であるTribeca Gateway Holdings(トライベッカ・ゲートウェイ・ホールディングス)との条件交渉は、大枠で合意に近づいています。ですが、先方から『隣接する駐車場区画も含めた一括売却が前提』という追加条件が出てきまして、これが少し難しいところです」

 ――そういうわけで、理月は藤原不動産の米国子会社オフィスにて現地調査担当の岡田、法務担当の中原と交渉進捗のミーティングをしている真っ最中だ。
 進捗はまずまずと言ったところ。昴の帰国から約一ヶ月が経った十月半ばから十一月の半ばまで、もともと現地への出張予定が入っていた。決まっていたことだし文句など無いが、せっかく昴が帰国してきてるのに、と残念に思う気持ちもある。けれど、やりがいはあった。
 プロジェクトリーダーを任されており責任は重大だ。銀行ではグローバル投資銀行部門に所属していて、この案件にも当初は融資側の監督として関わっていた。しかし開発部の前任リーダーがパワハラ告発を受けて降格処分となり、リーダーが不在となった結果、理月が不動産側のリーダーを兼務することになったという流れ。

 今日の仕事を終えて少しだけ飲みに行き、ホテルに戻る。昴と飲むと気が緩んでべろべろに酔っ払ってしまうけれど、他の誰かと飲む時は飲む量にも気を付けているし、そうひどく酔っ払うことはない。
 明日に備えてそろそろ眠ろうという零時五分前、出張に来てから大体決まってこの時間に電話を掛けている。日本との時差は十四時間で、日本時間は現在九時五十五分だ。

『もしもーし。りっちゃん、今日も一日お疲れさま。声聞けて嬉しい』
「うん、ありがとう。僕も嬉しいよ。昴は今日の予定は?」
『今日は一日試行錯誤しながら作曲予定だよー。新規で受けた依頼が、音ゲー用のめっちゃ難しいノリノリのピアノ曲作ってくれってリクエストでさぁ。案出しつつもっと難しく出来ないかなーって感じ。りっちゃんは今日はどうだった?』
 電話先の昴の声は明るく弾んでいて楽しげだ。昴の方もやりがいがあるんだろうなあ、と思い、自然と口角が上がる。

「仕事はまあ、スムーズに進んでるよ。それから、ジョンとセルゲイがこっちで働いてるから、仕事の後久々に会って飲んできた。六年ぶりに会ったけど、二人とも話せば院生時代と変わらないし楽しかったな」
『あー、あの二人か……ジョンの方、大丈夫だった? 口説かれたりしてない?』
「それ、もう八年も前の話だろ。パートナーが出来たらしくて、来年結婚するって言ってたよ。ニューヨークでは同性婚が合法化されてるからね。都合が合えば是非来てくれって誘われた。仕事調整して行きたいな」
 昴が少し拗ねた声を出して聞いてくるから、理月はけらけら笑ってそう返す。経済大学院は大抵社会に出てから入学するところだから、ジョンもセルゲイも年上だ。ジョンの方は恋多き男といった感じで、米国の大学院で出会った当日に『君を一目見た瞬間恋に落ちた。君の名前は?』と口説いてきた調子の良い奴。当然断ったものの、気の良い男で友達になった。

『そっかぁ。八年も経てばまあ、普通そうだよね。だよねー……結婚かあ……ジョン、おめでとう……』
 昴はジョンと面識が無いのに、電話越しの声色はなんだか複雑そうというか、しみじみしているように聞こえる。そんな調子が少し面白く、思わずくすっと笑ってしまう。
「うん。幸せそうで良かったよ。それと、セルゲイの方はクラシックが趣味だから、昴がこの間参加してたオーケストラの演奏会に行ったって言ってたよ。昴のピアノが好きなんだって。だから、僕も好きだって、実は昴と友達なんだって言っておいた」
『あ、本当? りっちゃんの貴重な友達にまで認知されたの嬉しいな。世界的に有名になってきたな感があって』
「うん。本当に有名になったなーって実感するよ」
 昴は声の調子をパッと明るくして笑い、理月も口角を上げてしみじみと返す。暫く会話した後に「――それじゃあ、僕はそろそろ寝るよ。今日も一日頑張ってね」と結んだ。そうすればいつものように『うん。りっちゃん、おやすみ。良い夢見てね。出来れば、僕の夢』と冗談交じりに返された。ふっと笑って「おやすみ」を返して電話を終える。ほんの数分会話しただけでも癒されて疲れが取れて、明日も一日頑張れる。

 昴は毎日理月と連絡を取りたがる。だからほぼ毎日、ほんの数分ではあるが十四時間の時差があっても電話やテレビ電話をしていた。それはこの十二年少し、理月がどこへ出張しようが、昴がどの国に滞在しようが変わらない。面倒くさい、とかそんなことは一切思っていない。というか、嬉しい。甘えるふりをして、本当は理月が寂しがらないように気遣ってくれているのかもしれないとも思う。理月に対してはいつでも即レスだけど、本来連絡不精なタイプだし。

 昴のそういう昔から理月ファーストなところは、昴ファーストな自分を棚上げして、ちょっとどうかと思っている。少し窘めてみたこともあるが『りっちゃんが最優先だから』と言って聞かないもので諦めた。嬉しいものの、昴の枷になっていやしないだろうかと心配する気持ちもある。
 そうは思っても、それはそれとして、自己都合で昴の一番近くに居たい。身勝手だし、矛盾していると自分でも分かっている。
 毎日電話で声を聞いて、テレビ電話やライブ配信で顔を見ていたとしても。隣に昴が居ないと、やっぱりちょっとだけ、寂しく思う。
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