15 / 60
3章 Crescendori
Crescendori#4
しおりを挟む
「藤原マネージャー、なんだかご機嫌ですね?」
――だから一ヶ月の出張を終えて、予定通り無事日本に帰国出来た今日はご機嫌だった。
「スケジュール通りクロージング前の条件を固められたんだ、当たり前だろ。地元議員も前向きで、土地交渉もスムーズに進んだ。君たちの下準備が良かったおかげだ。ありがとう」
羽田の国際線の到着ロビーに向かう最中、現地調査担当である部下の岡田に声を掛けられ、理月は上機嫌に返事した。今回の出張はチーム同行だ。マネージャー以上はビジネスクラス、それ以下はエコノミークラスの利用で席が離れていたけれど、手荷物受取の頃にぱらぱらと理月の元にチームが集まってきて自然と合流した。
長引かずに予定通り帰れて嬉しい、という本音を誤魔化すように、理月は良かったことを並べ立てる。上手く誤魔化せたらしく、チーム一同嬉しげだ。
気持ち浮足立ったまま国際線の到着ロビーに足を踏み入れて――途端、ふっと大きな広告が目に留まり、ぽかんと目を丸くして立ち止まる。
「どうかしました? ――あ、日向昴だ。へえー、Crescendori(クレシェンドーリ)の広告に採用されるなんて凄いっすねー。藤原マネージャー、ファンなんですか?」
岡田はニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて理月に問い掛ける。
Crescendoriは『次第に大きく』という音楽用語のCrescendoと、宝石職人を指す語尾であるoriをかけて文字ったイタリアのハイブランドの名前だ。
そのブランドの顏として、あの昴が使われている。なんだか、物凄く格好良い感じで。
モノクロを基調にした広告写真だ。画面いっぱいに、ふわりとした髪をきっちりとオールバックに撫でつけた昴の顔が映っていた。額に添えられた左手と白いジャケットの袖口との狭間、手首に漆黒のジュエリーウォッチが嵌まってる。唯一色を帯びるのはまっすぐこちらを射抜く深い琥珀色の瞳と、白いロゴを刻んだ黒の文字盤――スタイリッシュで、息をのむほどシックな一枚だった。
熱っぽく、恋しい相手を見詰めるような――そんな昴の瞳から目が離せない。
「……ああ。昔から、長いことファンなんだ。僕は、彼のピアノが好きで……君たち、昴のこと知ってる?」
チーム一同からきょとんとした顔を向けられる。普段理月の方から仕事に関係の無い雑談を振ることは殆どないから、意外に思われたのかもしれない。
「ええ。うちの妻がファンです。妊娠中なので胎教に、とか言って家の中で四六時中CDがかかってますよ。コンサートのチケットもなんとか確保出来たので、妻と行く予定でいます」
構造エンジニアの村田が苦笑しながらも惚気て話す。次に建築設計士の内藤が「先日、テレビでドビュッシーの『月の光』を演奏されているのを見て知りました」と続けた。
「あまりクラシックに明るくないのですが、ピアノの演奏だけでもなんとなく恋の曲なんだろうなあと伝わってきて、ファンになりました。演奏後のトークがとても理知的で、きっと頭も良い人なんだなと思って調べたら、高校から彗上学園に入学と書いてあって納得しました。高校から彗上に入るって、かなりの狭き門ですよね」
「あれ? 彗上学園って藤原マネージャーの母校じゃないですか? 多分在学期間被ってますよね。学校で見たことあったりします? 日向昴ってイケメンで背も高いから目立ちそう」
内藤の話を受け、岡田がこてんと小首を傾げながら理月に問う。
彗上学園の同級生には理月と昴が友達だということは知れた話だが、大学を卒業して就職してからは一切昴との関係を他人に話していない。友達だということも、ましてや同居しているなんてことは言うわけがない。それは勿論、藤原の家にもだ。同居からこれまで何も言われていないから、おそらく知られていないはず――だとは思っている。家族が知れば、男と同居だなんて世間体が悪いと言うだろうから。
「……ああ、知ってるよ。彼のピアノの才能はあの頃からとびきりで、昴って名前の通り、きらきらした演奏をする男だった。でも、昔は今よりずっと背が低くて、懐っこい犬みたいだったよ。すぐにスクスク伸びて、あっという間に僕の背を抜かしたけど……あの頃の、幼稚で子どもっぽかった彼を知ってるから、なんと言うか……大人になったんだなって、感慨深い」
けれど、つい話してしまった。一瞬シンとなり、ばつが悪い。目を丸くしながら岡田が口を開く。
「藤原マネージャーのそんな嬉しそうな顔、初めて見ました。あの日向昴と友達なんて凄いなあ」
「……すまない、つい懐かしくなって。ここで解散にしようか。みんな、お疲れさま。また来週、宜しく頼む」
ふっと我に返った理月がそう口にすると、チームメンバー達も「お疲れさまでした」などと挨拶をしてぱらぱらと帰っていく。
『ロビーに着いたよ。シャワー浴びてくるね』
到着したら連絡をするように昴から言われていたから、そう一言送信した。既読と共に『了解』と返ってきたことを確認し、シャワールームに赴きシャワーを浴びる。その最中、先ほどの広告を思い返した。
「――Crescendo、か」
ぽつりと呟き、まだ理月より背が低かった頃の昴を頭に浮かべる。昴にぴったりの言葉だと思った。背だけで言えば、次第に大きく、というか、あっという間に大きく、だったけれど。
――だから一ヶ月の出張を終えて、予定通り無事日本に帰国出来た今日はご機嫌だった。
「スケジュール通りクロージング前の条件を固められたんだ、当たり前だろ。地元議員も前向きで、土地交渉もスムーズに進んだ。君たちの下準備が良かったおかげだ。ありがとう」
羽田の国際線の到着ロビーに向かう最中、現地調査担当である部下の岡田に声を掛けられ、理月は上機嫌に返事した。今回の出張はチーム同行だ。マネージャー以上はビジネスクラス、それ以下はエコノミークラスの利用で席が離れていたけれど、手荷物受取の頃にぱらぱらと理月の元にチームが集まってきて自然と合流した。
長引かずに予定通り帰れて嬉しい、という本音を誤魔化すように、理月は良かったことを並べ立てる。上手く誤魔化せたらしく、チーム一同嬉しげだ。
気持ち浮足立ったまま国際線の到着ロビーに足を踏み入れて――途端、ふっと大きな広告が目に留まり、ぽかんと目を丸くして立ち止まる。
「どうかしました? ――あ、日向昴だ。へえー、Crescendori(クレシェンドーリ)の広告に採用されるなんて凄いっすねー。藤原マネージャー、ファンなんですか?」
岡田はニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて理月に問い掛ける。
Crescendoriは『次第に大きく』という音楽用語のCrescendoと、宝石職人を指す語尾であるoriをかけて文字ったイタリアのハイブランドの名前だ。
そのブランドの顏として、あの昴が使われている。なんだか、物凄く格好良い感じで。
モノクロを基調にした広告写真だ。画面いっぱいに、ふわりとした髪をきっちりとオールバックに撫でつけた昴の顔が映っていた。額に添えられた左手と白いジャケットの袖口との狭間、手首に漆黒のジュエリーウォッチが嵌まってる。唯一色を帯びるのはまっすぐこちらを射抜く深い琥珀色の瞳と、白いロゴを刻んだ黒の文字盤――スタイリッシュで、息をのむほどシックな一枚だった。
熱っぽく、恋しい相手を見詰めるような――そんな昴の瞳から目が離せない。
「……ああ。昔から、長いことファンなんだ。僕は、彼のピアノが好きで……君たち、昴のこと知ってる?」
チーム一同からきょとんとした顔を向けられる。普段理月の方から仕事に関係の無い雑談を振ることは殆どないから、意外に思われたのかもしれない。
「ええ。うちの妻がファンです。妊娠中なので胎教に、とか言って家の中で四六時中CDがかかってますよ。コンサートのチケットもなんとか確保出来たので、妻と行く予定でいます」
構造エンジニアの村田が苦笑しながらも惚気て話す。次に建築設計士の内藤が「先日、テレビでドビュッシーの『月の光』を演奏されているのを見て知りました」と続けた。
「あまりクラシックに明るくないのですが、ピアノの演奏だけでもなんとなく恋の曲なんだろうなあと伝わってきて、ファンになりました。演奏後のトークがとても理知的で、きっと頭も良い人なんだなと思って調べたら、高校から彗上学園に入学と書いてあって納得しました。高校から彗上に入るって、かなりの狭き門ですよね」
「あれ? 彗上学園って藤原マネージャーの母校じゃないですか? 多分在学期間被ってますよね。学校で見たことあったりします? 日向昴ってイケメンで背も高いから目立ちそう」
内藤の話を受け、岡田がこてんと小首を傾げながら理月に問う。
彗上学園の同級生には理月と昴が友達だということは知れた話だが、大学を卒業して就職してからは一切昴との関係を他人に話していない。友達だということも、ましてや同居しているなんてことは言うわけがない。それは勿論、藤原の家にもだ。同居からこれまで何も言われていないから、おそらく知られていないはず――だとは思っている。家族が知れば、男と同居だなんて世間体が悪いと言うだろうから。
「……ああ、知ってるよ。彼のピアノの才能はあの頃からとびきりで、昴って名前の通り、きらきらした演奏をする男だった。でも、昔は今よりずっと背が低くて、懐っこい犬みたいだったよ。すぐにスクスク伸びて、あっという間に僕の背を抜かしたけど……あの頃の、幼稚で子どもっぽかった彼を知ってるから、なんと言うか……大人になったんだなって、感慨深い」
けれど、つい話してしまった。一瞬シンとなり、ばつが悪い。目を丸くしながら岡田が口を開く。
「藤原マネージャーのそんな嬉しそうな顔、初めて見ました。あの日向昴と友達なんて凄いなあ」
「……すまない、つい懐かしくなって。ここで解散にしようか。みんな、お疲れさま。また来週、宜しく頼む」
ふっと我に返った理月がそう口にすると、チームメンバー達も「お疲れさまでした」などと挨拶をしてぱらぱらと帰っていく。
『ロビーに着いたよ。シャワー浴びてくるね』
到着したら連絡をするように昴から言われていたから、そう一言送信した。既読と共に『了解』と返ってきたことを確認し、シャワールームに赴きシャワーを浴びる。その最中、先ほどの広告を思い返した。
「――Crescendo、か」
ぽつりと呟き、まだ理月より背が低かった頃の昴を頭に浮かべる。昴にぴったりの言葉だと思った。背だけで言えば、次第に大きく、というか、あっという間に大きく、だったけれど。
10
あなたにおすすめの小説
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18+BL】空に月が輝く時
hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。
そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。
告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。
★BL小説&R18です。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる