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3章 Crescendori
Crescendori#6
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「りっちゃん、月がある方と無い方どっちが良い?」
「僕はどっちでも良いよ。昴がもらってきたものなんだし、好きに選びなよ」
「うーん……りっちゃんに月が乗ってる方をあげたい気持ちもありつつ、僕が月を食べたい気持ちもありつつで揺れてる」
「金箔なんて味しないよ。そんなに悩むもの?」
席に着いたものの半分にカットしたオペラのどちらを選ぼうか真剣に悩んでいる昴の調子に、理月は片眉を上げて呆れた顔をする。昴は「月ってやっぱり僕にとって特別だし……」と言いながらじっと見つめた末、月を象った金箔付きのオペラが乗った皿を理月に差し出した。
「やっぱりお月様はりっちゃんに似合うから、りっちゃんにあげる」
「月が似合う、ねぇ……」
未だに月には、あまり良いイメージを持っていない。だから似合うと言われると若干複雑だ。少し眉間に皺を寄せてしまった理月に向けて、昴はふにゃっと柔らかく笑いかけてきた。
「ほら、僕って田舎出身でしょ? 田舎の夜道って真っ暗いんだよね。でも、お月様の明かりが夜道を照らしてくれるんだ。僕にとって月はそういう優しい存在で、りっちゃんも僕にとってそういう存在。足元を照らして導いてくれる、みたいな? りっちゃんは衛星なんかじゃないよ。りっちゃんが僕を照らしてくれるから、一生懸命頑張れる」
「……でも、星って月が出てると見えにくくない? 僕が月で昴が星なら、僕が昴を翳らせちゃう感じで、ちょっと嫌だな。僕はきらきらしてる昴が見たいし」
「……なるほど。そう返されるとは思わなかったな~」
昴は顎に手を置いて眉を下げ、少し困った顔をする。
「分かった。じゃあ、りっちゃんがもっと納得出来る理由を考えるから。楽しみにしてて」
「そんな真剣に考えなくたっていいよ。昴っていつでも真っ直ぐっていうか……なんでも真剣に考えるよね。昴のそういうところ、好きだけど」
昴があんまり真剣な顔で言うもので、ククッと喉を鳴らして噴き出してしまった。昴は少し肩を落として口をへの字に曲げる。
「そうだよ。僕はいつだって真剣で本気なんだけどなー……、……まあ、食べよっか? いただきまーす」
「うん。いただきます」
気を取り直したらしい昴は笑みを浮かべて、理月からも昴に笑顔を返す。ひと口目に金箔で月が象られた部分を食べてみたけれど、やっぱり金箔は味がしないものだ。オペラケーキのチョコの甘さが舌にねっとり残る。
昴は、理月にとってたった一人、心から信頼出来る友達だった。人の懐に入り込むのがとびきり上手な男だ。初めて出逢った日、自分の役割を果たすために生きようと決め雁字搦めになっていた心に昴がすっと入り込み、いとも簡単に紐解かれてしまった。
ピアノの演奏に惹かれたのは、そうだけど。それだけじゃない。昴は擦れていなくて、のびのび大らかな性格だから、一緒に居ると落ち着いた。
きっかけは演奏だったけれど、高校を卒業した今もこうして一緒に居るのは、昴本人が好きだから。昴のこれからを見届けたいから。昴の奏でる音は明るくて楽しくて、純粋で綺麗だ。その音色はそのまま、昴を表していると思う。
お互いケーキをぺろっと食べ終えたところで、昴が「いただきました」と言って手を合わせる。昴の言い方が可愛らしくて、ふっと目を細めた。
「昴、最初の頃は訛ってたけど、いつの間にか標準語になってただろ。でも、いただきました、は変わらないよね。その言い方、可愛くて好きだな」
「これはねー、家でも学校でもずっとこれだったから中々ね……でも、可愛いかぁ~……。子どもっぽいと思う?」
「響きが幼く感じるような気がしなくもないけど、僕は昴の子どもっぽいところ好きだから、そのままで良いと思うけど」
昴は口をへの字に曲げて若干不満げな顔を浮かべる。そういうところがますます幼く感じて、ククッと喉を鳴らしてしまう。いくら身体が大きくなっても、ピアノの演奏に一層磨きがかかっても、昴はずっと可愛いままだ。
「……なら、まあ良っか? 美味しかったけど足りないかもー。お腹空いた……」
「昴、まかない食べてきたんじゃなかったの?」
「食べてきたけど、量が足りない……」
シュンとしてしまった昴の様子に堪えきれず「ふはっ!」と吹き出した。
「分かったよ。簡単なものでも作ってあげる。昴はその間、ピアノでも弾いて待ってて。お代はそれで良い。食べたらちゃんと帰りなよ」
「やった、りっちゃんの手料理だ」
ぱっと顔を明るくした昴の調子に、また喉をくつくつと鳴らして笑ってしまう。
昴はリビングに置いたアップライトピアノへ向かって、蓋を開ける。何を弾いてくれるのかと思ったらドビュッシーの『月の光』だった。
昴には楽しい曲のイメージがあるけれど、しっとりした美しい曲の表現も綺麗だ。密やかな始まりから、次第に激しく、恋に弾んだような音を奏でていく。
最初から天才だったけれど、近頃演奏に深みが増してきた気がする。ピアニストのバイトで場慣れして、コンクールやコンペティションでも実績を積んできているし、身体も大きくなって、手も大きくなって――。
目をふっと細め『もっと大きくなれよ』と思いながらIHコンロにフライパンを置き、スイッチを押した。
「僕はどっちでも良いよ。昴がもらってきたものなんだし、好きに選びなよ」
「うーん……りっちゃんに月が乗ってる方をあげたい気持ちもありつつ、僕が月を食べたい気持ちもありつつで揺れてる」
「金箔なんて味しないよ。そんなに悩むもの?」
席に着いたものの半分にカットしたオペラのどちらを選ぼうか真剣に悩んでいる昴の調子に、理月は片眉を上げて呆れた顔をする。昴は「月ってやっぱり僕にとって特別だし……」と言いながらじっと見つめた末、月を象った金箔付きのオペラが乗った皿を理月に差し出した。
「やっぱりお月様はりっちゃんに似合うから、りっちゃんにあげる」
「月が似合う、ねぇ……」
未だに月には、あまり良いイメージを持っていない。だから似合うと言われると若干複雑だ。少し眉間に皺を寄せてしまった理月に向けて、昴はふにゃっと柔らかく笑いかけてきた。
「ほら、僕って田舎出身でしょ? 田舎の夜道って真っ暗いんだよね。でも、お月様の明かりが夜道を照らしてくれるんだ。僕にとって月はそういう優しい存在で、りっちゃんも僕にとってそういう存在。足元を照らして導いてくれる、みたいな? りっちゃんは衛星なんかじゃないよ。りっちゃんが僕を照らしてくれるから、一生懸命頑張れる」
「……でも、星って月が出てると見えにくくない? 僕が月で昴が星なら、僕が昴を翳らせちゃう感じで、ちょっと嫌だな。僕はきらきらしてる昴が見たいし」
「……なるほど。そう返されるとは思わなかったな~」
昴は顎に手を置いて眉を下げ、少し困った顔をする。
「分かった。じゃあ、りっちゃんがもっと納得出来る理由を考えるから。楽しみにしてて」
「そんな真剣に考えなくたっていいよ。昴っていつでも真っ直ぐっていうか……なんでも真剣に考えるよね。昴のそういうところ、好きだけど」
昴があんまり真剣な顔で言うもので、ククッと喉を鳴らして噴き出してしまった。昴は少し肩を落として口をへの字に曲げる。
「そうだよ。僕はいつだって真剣で本気なんだけどなー……、……まあ、食べよっか? いただきまーす」
「うん。いただきます」
気を取り直したらしい昴は笑みを浮かべて、理月からも昴に笑顔を返す。ひと口目に金箔で月が象られた部分を食べてみたけれど、やっぱり金箔は味がしないものだ。オペラケーキのチョコの甘さが舌にねっとり残る。
昴は、理月にとってたった一人、心から信頼出来る友達だった。人の懐に入り込むのがとびきり上手な男だ。初めて出逢った日、自分の役割を果たすために生きようと決め雁字搦めになっていた心に昴がすっと入り込み、いとも簡単に紐解かれてしまった。
ピアノの演奏に惹かれたのは、そうだけど。それだけじゃない。昴は擦れていなくて、のびのび大らかな性格だから、一緒に居ると落ち着いた。
きっかけは演奏だったけれど、高校を卒業した今もこうして一緒に居るのは、昴本人が好きだから。昴のこれからを見届けたいから。昴の奏でる音は明るくて楽しくて、純粋で綺麗だ。その音色はそのまま、昴を表していると思う。
お互いケーキをぺろっと食べ終えたところで、昴が「いただきました」と言って手を合わせる。昴の言い方が可愛らしくて、ふっと目を細めた。
「昴、最初の頃は訛ってたけど、いつの間にか標準語になってただろ。でも、いただきました、は変わらないよね。その言い方、可愛くて好きだな」
「これはねー、家でも学校でもずっとこれだったから中々ね……でも、可愛いかぁ~……。子どもっぽいと思う?」
「響きが幼く感じるような気がしなくもないけど、僕は昴の子どもっぽいところ好きだから、そのままで良いと思うけど」
昴は口をへの字に曲げて若干不満げな顔を浮かべる。そういうところがますます幼く感じて、ククッと喉を鳴らしてしまう。いくら身体が大きくなっても、ピアノの演奏に一層磨きがかかっても、昴はずっと可愛いままだ。
「……なら、まあ良っか? 美味しかったけど足りないかもー。お腹空いた……」
「昴、まかない食べてきたんじゃなかったの?」
「食べてきたけど、量が足りない……」
シュンとしてしまった昴の様子に堪えきれず「ふはっ!」と吹き出した。
「分かったよ。簡単なものでも作ってあげる。昴はその間、ピアノでも弾いて待ってて。お代はそれで良い。食べたらちゃんと帰りなよ」
「やった、りっちゃんの手料理だ」
ぱっと顔を明るくした昴の調子に、また喉をくつくつと鳴らして笑ってしまう。
昴はリビングに置いたアップライトピアノへ向かって、蓋を開ける。何を弾いてくれるのかと思ったらドビュッシーの『月の光』だった。
昴には楽しい曲のイメージがあるけれど、しっとりした美しい曲の表現も綺麗だ。密やかな始まりから、次第に激しく、恋に弾んだような音を奏でていく。
最初から天才だったけれど、近頃演奏に深みが増してきた気がする。ピアニストのバイトで場慣れして、コンクールやコンペティションでも実績を積んできているし、身体も大きくなって、手も大きくなって――。
目をふっと細め『もっと大きくなれよ』と思いながらIHコンロにフライパンを置き、スイッチを押した。
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