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6章 ノクターンM45
ノクターンM45#6
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「――じゃあ、僕の部屋でちょっと話そっか」
食事を終えて、二人で手分けして片付けて、軽く予洗いした皿を食洗器に片付けた後。昴に促され、理月は「ああ」とだけ言って頷いた。
いよいよ、十二年の初恋に決着を付ける時間だ。
昴の後ろ姿を眺めながら、少し後ろを付いて歩いていく。断頭台に向かうような気分だった。リビングから昴の自室までの短い廊下が、ひどく長く感じる。
昴に「どうぞ」と重たい防音室の扉を開けられて、中へと入る。いつも通りの昴の部屋だ。入って正面にグランドピアノが置いてあり、ドアの右側にはデスクが置いてある。デスクの上には理月が今日のコンサートの楽屋花として贈った花がそのまま飾られていた。大事に持ち帰ってくれたんだなと思う。
「こっちに座って」
昴はそう言うと、デスクの椅子をひょいと持ち上げてピアノ椅子の隣に移動させた。促されるままデスクの椅子に腰掛ける。昴は身体を鍵盤の方に向ける形でピアノ椅子に座り、理月からは昴の横顔が正面となる。昴は鍵盤の蓋を開け、ふっと理月に顔を向けた。ぱちりと視線が交差する。
「……りっちゃん、まだ僕たちが出逢ったばっかりの頃さ、僕が『なんでこんなに僕に良くしてくれるの?』って聞いたこと、覚えてる?」
「何となく、覚えてるよ」
もう十二年前にもなるから、聞かれたかも、くらいの何となくの記憶だ。出逢ったあの日は鮮烈で今でもはっきり思い出せるけれど、学校での普段の他愛無いやり取りは流石に記憶が薄れてきている。
「りっちゃんは、その時『日向昴って名前が世界的に有名になるのが僕の夢。見返り求めてやってるわけじゃない。昴が世界的に有名になった時に、僕のために一曲弾いて。それでチャラにしてあげる』って返してくれた。僕が世界的に有名になるのが夢、っていうのは、今でもよく言うよね。見返り求めてないっていうのもそう。いつも無償の愛をくれてるなあって思うよ」
「……ああ、そんなことを言った気がする。昴が有名になる姿を見るのが、僕にとっての見返りだ。十分見返り求めてるよ。押し付けだったよね」
昴が幸せそうにふにゃっと柔らかく笑うもので、少し肩身が狭くなる。昴のためじゃなく自分のために、もっと上へ、と押し付けていたような気がするから。
「押し付けじゃなくて、後押しだよ。今回帰国したばっかりの時、君に『自由に生きてる僕を見られれば良いって言われるのはちょっと嫌だ』みたいな話をしたと思うけど……それはまた、これとは別の話。言葉の通り『自由に生きてる僕を見られればそれで良い』って言い方が嫌だっただけで、有名になった僕が見たいって思ってもらえること自体は嬉しいよ。見られればそれで良い、が嫌だった。りっちゃん自身だって自由になって良いのに、って」
「……うん。分かるよ。僕の言い方が悪かったと思う。ごめんね」
「些細な言葉の揚げ足取りみたいでごめんね。実際りっちゃんはそういう風に思ってるからそういう言い方になるんだろうなってことは、僕にも分かる。分かった口聞くなって言われるかもしれないけど。それに、本当の意味では理解出来てないだろうし。りっちゃんの辛さはりっちゃんにしか分からないものだよね。だから、僕もごめんね」
申し訳なく思いながら目を見つめて謝ると、昴も眉を八の字に下げた。本当に『見られればそれで良い』と思っている。だからそういう言い方になった。見ているだけで、十分幸せだから。
「出逢ったばっかりの頃にりっちゃんがそうやって背中をいっぱい押してくれたから、僕はここまで頑張って来られて、今日のステージにも立てたと思ってるよ。僕はただピアノを弾くのが好きだった田舎者でさ、だから、もしりっちゃんと出逢わなかったら『絶対有名になってやる』みたいな闘争心って沸いてなかったんじゃないかな。今みたいに、たくさんのファンに囲まれることってなかったかも」
「そんなことない。昴のピアノはあの頃から僕にとって世界で一番だった。昴が上京したばっかりで、まだ他の奴が昴を見つけてなかっただけのところに、僕が最初に出逢ったってだけだよ。僕と出逢わなくたって、きっと上京した後はコンクールとか出てただろ。きっと同じように金賞を取って、同じようにプロになって、有名になってたはずだ」
「だとしても。君が支えてくれたんだ。全部。田舎から出たばっかりで、なーんもわからなくて困ってた僕にたくさん与えてくれた。プロの講師とか、場慣れするためのバイト先を紹介してくれたのとかもそうだけど、一番はりっちゃんの声援。そういうのが無かったら、きっともっと燻ぶってた。それに、あの日じゃなくたって、僕は何度でも放課後音楽室に弾きに行ったと思うよ。だからどう足掻いたって、僕は君と出逢える運命だったんだ、って思ってる」
心底真面目な顔でそう返されて、口を噤んだ。
あの頃、運命だと、同じように思っていた。昴と出逢えたのは、神様からのプレゼントかも、と思った。そんなことを言った覚えがある。そして、今もそう思ってる。
食事を終えて、二人で手分けして片付けて、軽く予洗いした皿を食洗器に片付けた後。昴に促され、理月は「ああ」とだけ言って頷いた。
いよいよ、十二年の初恋に決着を付ける時間だ。
昴の後ろ姿を眺めながら、少し後ろを付いて歩いていく。断頭台に向かうような気分だった。リビングから昴の自室までの短い廊下が、ひどく長く感じる。
昴に「どうぞ」と重たい防音室の扉を開けられて、中へと入る。いつも通りの昴の部屋だ。入って正面にグランドピアノが置いてあり、ドアの右側にはデスクが置いてある。デスクの上には理月が今日のコンサートの楽屋花として贈った花がそのまま飾られていた。大事に持ち帰ってくれたんだなと思う。
「こっちに座って」
昴はそう言うと、デスクの椅子をひょいと持ち上げてピアノ椅子の隣に移動させた。促されるままデスクの椅子に腰掛ける。昴は身体を鍵盤の方に向ける形でピアノ椅子に座り、理月からは昴の横顔が正面となる。昴は鍵盤の蓋を開け、ふっと理月に顔を向けた。ぱちりと視線が交差する。
「……りっちゃん、まだ僕たちが出逢ったばっかりの頃さ、僕が『なんでこんなに僕に良くしてくれるの?』って聞いたこと、覚えてる?」
「何となく、覚えてるよ」
もう十二年前にもなるから、聞かれたかも、くらいの何となくの記憶だ。出逢ったあの日は鮮烈で今でもはっきり思い出せるけれど、学校での普段の他愛無いやり取りは流石に記憶が薄れてきている。
「りっちゃんは、その時『日向昴って名前が世界的に有名になるのが僕の夢。見返り求めてやってるわけじゃない。昴が世界的に有名になった時に、僕のために一曲弾いて。それでチャラにしてあげる』って返してくれた。僕が世界的に有名になるのが夢、っていうのは、今でもよく言うよね。見返り求めてないっていうのもそう。いつも無償の愛をくれてるなあって思うよ」
「……ああ、そんなことを言った気がする。昴が有名になる姿を見るのが、僕にとっての見返りだ。十分見返り求めてるよ。押し付けだったよね」
昴が幸せそうにふにゃっと柔らかく笑うもので、少し肩身が狭くなる。昴のためじゃなく自分のために、もっと上へ、と押し付けていたような気がするから。
「押し付けじゃなくて、後押しだよ。今回帰国したばっかりの時、君に『自由に生きてる僕を見られれば良いって言われるのはちょっと嫌だ』みたいな話をしたと思うけど……それはまた、これとは別の話。言葉の通り『自由に生きてる僕を見られればそれで良い』って言い方が嫌だっただけで、有名になった僕が見たいって思ってもらえること自体は嬉しいよ。見られればそれで良い、が嫌だった。りっちゃん自身だって自由になって良いのに、って」
「……うん。分かるよ。僕の言い方が悪かったと思う。ごめんね」
「些細な言葉の揚げ足取りみたいでごめんね。実際りっちゃんはそういう風に思ってるからそういう言い方になるんだろうなってことは、僕にも分かる。分かった口聞くなって言われるかもしれないけど。それに、本当の意味では理解出来てないだろうし。りっちゃんの辛さはりっちゃんにしか分からないものだよね。だから、僕もごめんね」
申し訳なく思いながら目を見つめて謝ると、昴も眉を八の字に下げた。本当に『見られればそれで良い』と思っている。だからそういう言い方になった。見ているだけで、十分幸せだから。
「出逢ったばっかりの頃にりっちゃんがそうやって背中をいっぱい押してくれたから、僕はここまで頑張って来られて、今日のステージにも立てたと思ってるよ。僕はただピアノを弾くのが好きだった田舎者でさ、だから、もしりっちゃんと出逢わなかったら『絶対有名になってやる』みたいな闘争心って沸いてなかったんじゃないかな。今みたいに、たくさんのファンに囲まれることってなかったかも」
「そんなことない。昴のピアノはあの頃から僕にとって世界で一番だった。昴が上京したばっかりで、まだ他の奴が昴を見つけてなかっただけのところに、僕が最初に出逢ったってだけだよ。僕と出逢わなくたって、きっと上京した後はコンクールとか出てただろ。きっと同じように金賞を取って、同じようにプロになって、有名になってたはずだ」
「だとしても。君が支えてくれたんだ。全部。田舎から出たばっかりで、なーんもわからなくて困ってた僕にたくさん与えてくれた。プロの講師とか、場慣れするためのバイト先を紹介してくれたのとかもそうだけど、一番はりっちゃんの声援。そういうのが無かったら、きっともっと燻ぶってた。それに、あの日じゃなくたって、僕は何度でも放課後音楽室に弾きに行ったと思うよ。だからどう足掻いたって、僕は君と出逢える運命だったんだ、って思ってる」
心底真面目な顔でそう返されて、口を噤んだ。
あの頃、運命だと、同じように思っていた。昴と出逢えたのは、神様からのプレゼントかも、と思った。そんなことを言った覚えがある。そして、今もそう思ってる。
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