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第18話 爺、食べ歩く

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 薬草の採取を無事に終えたイリヤは、無事に猟兵の登録が完了した。

 猟兵には上は一位で下は六位まであり、三位より上は猟兵として上級と呼ばれており、それより下の位は下級とされている。イリヤは当然ながら駆け出しの六級だ。ちなみにシリウスは四位であり下級の中では最上位で上級の真下に位置している。さらに余談ではあるがベイクとその仲間は全員三位らしい。 

 もっとも登録さえ済んでしまえば、猟兵の階位にはさほど興味はなかった。

 時折に簡単な依頼を受けては、その報酬で暇を潰したりと気ままに生活していた。

「飯の味付けはさほど変わらんな。食材もちょくちょく見たことないのがあるが、大方は品種改良された感じかな」

 迷宮街で賑わっている屋台通りを歩くイリヤの両手には、焼きたて出来立ての料理が握られていた。これも本日に受けた仕事の報酬で買ったものだ。

 明らかに食べ歩きしている絵ではあるが、そう単純なものではない。

 言うなれば知識や常識の擦り合わせだ。イリヤはこの時代の物価や世間一般常識。味覚やら芸術センスなどなどを更新しようとしているのだ。かつて生きていた時代が御伽噺と語られるほどだ。幾十幾百の世代交代が起こればそれだけ様々な価値観が移り変わる。この時代で生きていくのであれば必要なことだ。

 ただし、傍目から見るとやはり子供が道楽に食べ歩きをしているようにしか見えないだろう。

 ──ドンっ。

「おっと」
「どこに目を付けてんだクソガキ!」

 手元に注意していたのが悪かったのか。対面から歩いてくる通行人と肩がぶつかってしまう。怒鳴ってきた人物に目をつけるとあからさまに柄の悪そうな男である。

「こりゃ失礼した」
「ったく、気をつけろよ」

 意外なことに、男は乱暴な口調ではありつつもイリヤを一睨みしてから雑踏の中に消えていった。だが、消える間際に見えた男の横顔はどうしてか口端が吊り上がっているように見えた。

「まぁ実際には収入ゼロなんじゃろうがな」

 イリヤが懐から取り出すと、中身がみっちり詰まった布袋。開けてみれば貨幣がぎっしりと詰まっていた。

 もちろんこれはイリヤのものではない。彼の懐から財布を擦り取ろうとした男の財布だ。

「ほっほっほ。儂から財布をスろうなんぞ百年とちょい早いわな」

 男は今頃、ほんの僅かしか入っていないイリヤの財布に舌打ちをしてから、己の財布がないことに気がついているだろう。別に金銭に困ってはいないが、かと言ってタダで銭をくれてやるつもりもない。

 この手の手業は、かつての仲間である弓兵が得意としていた。別に本職でスリをしていたわけではないが何かと器用なあの男は色々と便利な技をいくつも持っていた。札遊びや賭け事も、良い意味でも悪い意味でも上手く立ち回っており、イリヤも面白がって教わっていた。

 こうした『スリ返し』もその時に教わった小技の一つである。

 それからしばらく迷宮街の様々な店を冷やかしたあとに、イリヤはシリウスが課題に取り込んでいる街郊外に向かった。そろそろ頃合いだと思ったからだ。

「お、頑張っておるな」

 ──ブォンッ。

 イリヤが赴けば、大剣を振るうシリウスの姿があった。

 と、彼がきたのを見計らったかのように地面にへたり込むと大の字になって倒れた。

 顔を覗き込めば意識はあるようだが、朦朧としており目は虚だった。イリヤの顔も視界には写っていても判別できていないだろう。

「ほれ」

 イリヤが指を鳴らすと、シリウスの顔面に水の塊がボチャリと落ちる。それで意識がハッキリしたのか、彼女は目を瞬かせると勢いよく起き上がり、水気を払うように顔を振るった。まるで犬が濡れた体を振っているようで微笑ましい光景だが、口にするとよろしくないのはわかっているので黙する。

 何事かと視線を巡らせる、イリヤを確認する。

「イリヤ……もっとちょうだい」
「ほいほい」

 シリウスに頼まれたイリヤは、彼女の頭上からさらに魔法で水をかけてやる。そのまま顔を上に向けて水を飲もうするが、すぐに顔を顰める。

「魔法で作った水は基本的にくっそ不味いからの。飲みすぎると腹をくだすしあまりお勧めはせんよ」

 魔法を志すものが誰もが通る道に笑いながら、イリヤは中身の入った水筒を差し出す。責めるような目つきのシリウスは水筒を受け取るの飲み口を含んで一気に煽る。と、今度は驚いたように目を開いた。

「ただの水じゃ吸収が良くないからな。果汁と塩を少し混ぜておいた。汗を掻いて乾涸びた体には染みるじゃろうて」
「──ぷはぁっ! ご馳走様!」

 一気に中身を飲み干したシリウスは、赤みを帯びていながらも爽快な顔つきになっていた。

 人心地ついて呼吸も安定してきたのを見計らい、イリヤはシリウスに語りかめる。

「で、進捗の方はどうなんとるんじゃ?」
「微妙なところよ。イリヤの言っていた魔法のことをずっと考えながら剣を振ってるけど、いまいち効果があるように感じられないのよね」
「でも初日の頃よりはマシになったようじゃな。剣も振れるようになったわけだし」
「あんなの、戦いに出たらただの的よ」

 今日で魔法の鍛錬が始まっておよそ二週間ほど。

 当初は持ち上げているだけで精一杯だったシリウスは、今では辛うじてではあるが『様』になる程度に剣を振るようにまでなっていた。徐々にだが感覚を掴み始めている証拠だ。

 しかしながら、彼女が口にした通り戦闘で通じるほどにはまだまだ至っていない。
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