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第31話 爺、見られる
しおりを挟むシリウスがオーガの生死を確認。完全に事切れたと合図を送ってきて、イリヤは肩の力を抜いた。
「ふぁぁ……このナリだと夜更かしはちょっとばかしキツいの」
気を抜いた途端、ずんと眠気が襲ってきた。子供の体は体力の回復速度は早いが、それ以上に消耗が激しい。今すぐにでも硬い寝床に横になりたい。
辺りを見れば動いているゴブリンの姿はもうなかった。念の為に索敵魔法を使ってみても、範囲内にはモンスターの姿はない。どうやら襲撃はこれで区切りだろう。
「……とんでもねぇガキだな」
「お。そちらもご苦労さん」
呆れやら畏怖やらが混ざった表情を浮かべたベイクがこちらに寄ってくる。ゴブリン相手とはいえあれだけの数を前にしながらほぼ無傷でいるのだから、やはり猟兵としての実力はあるのだろう。
「火の魔術機に土の魔術機。他にも色々と、よくもまぁそんなに同時に使えるもんだ」
「ほっほっほ」
ベイクのまるで的違いな言葉を、シリウスは笑って誤魔化した。流石に魔術機ではないというわけにもいかない。
猟兵の間で、魔術機の所持は多くても二つか三つというのが常識だ。それ以上となると、戦闘中ではろくに扱えなかったりする。異なる機能を有した魔術機を一人で扱おうとすると、制御機構が互いに干渉しあって上手く起動しないのだろう。
中には四つも五つも同時に扱ってのける猟兵もいるようだが、おそらくは生まれながらにして豊富な魔力の持ち、無意識で魔術を制御できているからだ。イリヤの時代であれば魔法使いにでもなれたかもしれない。もちろん訓練すればの話だ。
「あの場は助かったわい。儂じゃぁ皆を動かすのは無理じゃったからな」
「礼なんて気持ち悪いものはいらねぇよ。あの言葉は一字一句俺の本心だからな」
他者に向けてというよりも己に向けての鼓舞だったのだろう。ともあれそれだけでもないのだろうが
「言っておくが、馴れ合うつもりはない。他の同業者に構っていられるほど俺たちも暇じゃぁないんでな」
「……覚えておくよ」
つまりは、ベイクなりにイリヤとシリウスを認めたということ。半端者ではなく一人の猟兵として競い合う間柄になったのだ。もっとも、それを素直に口にするにはベイクのプライドも安くないらしい。
剣を納めたシリウスが手を振りながらこちらに向かってくる。イリヤもそれに応えて手を振りかえすが──。
「…………ん?」
イリヤはオーガの亡骸へと目を向ける。より正確にいえば、オーガを隔てたさらにその先。モンスターたちがやってきたとされる方角──つまりは迷宮だ。
「────ちっ、見てやがるのぅ」
索敵の範囲外。魔力を感知することはできない。だが、イリヤは自身に向けられた意識を察知していた。幼い体に宿った、長年の経験からくる第六感がヒシヒシと反応している。
高みの見物とは趣味が悪い。
「どれ、面の一つでも拝んでみようか」
イリヤは目元に展開していた魔法を索敵から『望遠』に切り替える。単純に遠くの景色を映し出す魔法だ。弓手や斥候がよく使っていた魔法で、もちろんイリヤも使える。
ここよりだいぶん離れた位置。それこそ件の迷宮のすぐ側。
暗闇の中に佇む一つの影を見つける。
だが、光源が星明かりだけでは全体像を掴むまでいかない。
イリヤは魔法を調節し光の感度を上げようとした、その時だった。
────ズグンッ!
「がぁっ!?」
「──っ、イリヤ!?」
前触れなく訪れた右目の激痛に、イリヤの脳が揺さぶられた。集中力を保てずに魔法も解除され、彼はその場に膝をつく。相棒の急変に驚いたシリウスは急ぎ駆けつけた。
「ベイク、あんた何をしたの!?」
「俺じゃねぇよ! ガキが急にこうなっただけだ!」
シリウスは右目を押さえて疼くイリヤに寄り添いながら、ベイクに向けて犬歯を剥き出しにして怒る。ベイクとしても訳のわからないと言った風にイリヤに目を向けるしかなかった。
「イリヤ、どうしたの!?」
「……いや、儂にもサッパリじゃ」
気遣いの声を向けられるも、当のイリヤにも状況を飲み込めていなかった。だが痛みにも徐々に慣れていくと、イリヤは改めて望遠の魔法を展開する。
やはりというべきか、あの影は影も形も失せていた。おそらくあちらも、イリヤが見ていることに気がついたのだろう。正体を拝めなかった事実にイリヤは舌打ちをする。
しかしだからと言ってこれ以上は睨みつけてても仕方がない。
魔法を解いたイリヤは、心配そうにこちらを覗くシリウスに向き直る。
「すまんかった。もう大丈夫じゃ」
「そう……だったらいいんだけど──ッ」
ホッと胸を撫で下ろしそうになっていたシリウスだったが、イリヤの顔を見るなりハッとなる。その視線が一点に──彼の右目に注がれていた。
シリウスの神妙な顔つきに首を傾げるイリヤであったが。
「どうしたの……その目……」
「目じゃと?」
眉を顰めたイリヤに、シリウスは大剣を引き抜くと彼の前に刀身の面を向けた。銀色の刃が鏡の代わりとなって彼の顔を写し出す。
そろそろ見慣れ始めてい若い己の顔に、見慣れぬものが混じっていた。
元々は黒色だった筈のイリヤの瞳が、右側だけが金色に染まっていた。
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