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働かされる。

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「くるみは、よく噛んで食べるんだな」

 くるみの耳がピクリと反応を見せる。嫌な記憶が蘇る。

「あ、すみません、私、食べるの遅いですよね」
「いいことだ、丹精込めて作った品を、流し込むように食べられるよりも、じっくり味わってくれた方が嬉しい」

 ――食べるの遅くてイライラする。
 ――アンタはほんと、なにやらせてもトロいね。
 そんな叱咤を包み込むように溶かす、甘路の言葉は優しい魔法のようだ。

「……なかなか、ご飯をたくさん食べられることがなくて、だから、ゆっくり時間をかけて食べる癖がついちゃったみたいで……ほら、しっかり噛むと、満腹感が出るって言いますしね」

 冗談ぽく笑って見せるくるみに、甘路は少し驚きながらも、納得する部分があった。
 ただでさえ優れた味覚は、幼い頃から咀嚼を繰り返すことでさらに鍛えられたのだろうと。

「……そんなふうに言ってもらえたの、初めてなので、嬉しいです」
「後、めちゃくちゃ美味しそうに食べる」
「うう、そ、そうですかね、すみません」
「謝ることじゃない」

 普段、美食と疎遠なだけに、血に飢えた猛獣のような食べ方をしているのではと、恥ずかしくなる。そんなくるみを、甘路は穏やかな目で見つめていた。
 美味しそうに食べる人間は、食を大事にする。甘路は自分が作ったケーキを、初めてくるみが口にした瞬間を忘れない。
 ――あの顔、もっと見てみたい。
 それもくるみを採用する理由の一つだったが、甘路自身もまだよくわかっていなかった。わかっているのは、今現在、くるみに腹一杯食べさせてやりたいと思っていることだけだ。

「あ、佐藤さん、そろそろ時間が……」
「ああ、そうだな」

 くるみが腕時計を見ると、もう十三時前になっている。休憩は一時間なので、後二十分ほどで終わってしまう。
 すると甘路は、手つかずだったステーキ丼の、肉の部分だけ箸で挟むと、移動を始めた。 
 綺麗に平らげられたパスタ、オレンジ色の名残を避けて、白い皿の端に着地するステーキが一切れ。

「え、あの……」
「時間もないし、食べとけ」

 動揺するくるみをよそに、ようやく料理を口にする甘路。しばらくは甘路と肉に、交互に視線を巡らせていたくるみだったが、ついに決意したように両手を合わせた。
 ナプキンで拭いたパスタのフォークで刺したステーキを一口、ハムッと噛み切って「んーっ」と唸る。 

「あ、ありがとうございます、すっごく美味しいですね!」

 頬に手を添え笑顔満開のくるみが、甘路には少し眩しく見えた。
 ――やっぱり、これもダメか……。
 濃い味つけなら……と注文した品だったが、甘路が思うような成果は得られなかった。
 ニコニコするくるみに、甘路は「ああ、美味しいな」と言って話を合わせた。
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