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触れられる。

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「で、でも、いつもは予約のケーキは別に置いてあって……」
「た、確かにまだそっちに持っていってなかったけど……そもそも箱詰めされてないし」
「それは……ちょっとこっちの作業が忙しくて」

 彼女の言葉に、焦って返事をする洋子、それに対し、年配パティシエも言い訳をする。
 予約のケーキは箱詰め後、客先に届けるまで、バックルームの冷蔵庫で保管するようになっている。
 普段は甘路が最後までその工程をこなすのだが、今日は京都のパティスリーに出張なので、朝から出かけている。そのため、ケーキを作り終えた後の作業は、従業員に任せていたのだ。
 箱詰めを後回しにした年配パティシエに、バックルームに運ぶタイミングが遅れた洋子、そして不注意で肘をぶつけてしまった彼女……悪いことが一度に重なってしまった。
 動揺のあまり、無意識に自分を援護することを言ってしまうみんなに、路和が「とりあえずみんな落ち着いて」と宥めに入る。
 すると店内は静まり返り、葬式のような雰囲気になった。
 寸分の狂いすら許さない繊細なケーキ、なのに、こんな欠けた状態で客に渡せるはずがない。
 ――どうしよう、このままじゃ、甘路さんのお店に傷が……。
 無情に過ぎる時の中、くるみは必死に頭を回転させた。
 このケーキがダメなら、他のケーキを……いや、ダメだ。甘路の力作を甘路の許可なく、勝手に変更することはできない。仕方なく他の人が作ったとしても、クオリティが下がるのは目に見えているし、それがドゥートンの評価に直結してしまう。
 職人の世界とはいえ客商売だ、信頼関係にヒビが入れば次の注文は見込めない。それにSNSが盛んな今の時代、悪い噂は一気に広がる可能性がある。
 僅かな綻びで、甘路が積み上げてきたものが崩れてしまうなんて、くるみには我慢できなかった。
 ――他のケーキがダメなら、このケーキを……。
 やがてくるみは、至極単純な答えにたどり着く。
 その瞬間、雲の切れ間から光が射し込んだ気がした。
 くるみは胸の前で片方の手を握りしめると、意を決して顔を上げた。

「なんとか、なるかもしれません」

 その場にいた全員が、一斉にくるみを見た。
 彼らの瞳に映るくるみは、この店に来た時とはまったく違う、自信に満ちた顔をしていた。

「このケーキと、まったく同じものを作ります」

 くるみの高らかな宣言に、従業員たちは耳を疑った。
 完璧主義な甘路は、大きな仕事はすべて一人で担う。だからこのケーキの作り方を、他に知る者はいない。
 そんなことはみんな知っている。知っているからこそ、くるみの発言に唖然としたのだ。
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