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触れられる。

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 いつもの電車に乗り、大嫌いな古い家に帰る。
 アパートの階段を上ると、玄関扉の横にある小窓から光が漏れていた。
 くるみが先に帰っていると、いつも笑顔で迎えてくれた。晩御飯のいい匂いも、今はもう、どこにもない。

『あんず、アンタは私の味方だよね、そんなに私に似てるんだから』

 父が愛人と出ていった頃、寝込みがちになった母が、布団に座って言った。
 その時あんずはホッとした。自分が標的にならずに済むと、安心したのだ。
 決して嬉しくはなかったが、喜んだふりをして母の機嫌を取った。
 当時七歳だったあんずが、頭が回るゆえに取った自己防衛の行動だった。
 ――あたし、間違えたんだ。
 傷だらけのドアを開けて、中に入れば、いつもと変わらぬ母の姿がある。
 姉妹が小さな頃から……いや、恐らくは生まれる前から、ずっと変われない女。
 風呂上がりのバスローブに身を包み、帰宅したあんずを振り向く。今からなにを言われるのか、なんとなく想像がついた。

「アンタのそのバッグ、売りゃあいい値段になるよね、前に付き合ってた、マザコン男にもらったやつだ」

 あんずを見るなり窪んだ目で近づいてくる母。
 身なりと博打に浪費して、どこまでも中身は空っぽのまま。
 ――ああ、だから目が死んでるのか。
 あんずは妙に冷静に、ハイエナのようは母を見ていた。

「ちょっとそれで金を工面してくれないかい、倍にして返すからさ」

 そう言って母がショルダーバッグに伸ばした手を、あんずは思いっきり払いのけた。
 空虚な室内にパシンッと音が鳴り、母は引っ込めた手をもう片方の手で支えた。

「イタッ……なにするん――」

 母が言葉を切ったのは、今まで見たことがない形相の次女が目の前にいたからだ。

「いい加減やめたら? アンタがそんなんだからお父さんにも逃げられたんでしょ」

 初めて知る、あんずの真の姿に、母は仰天して口をパクパクさせた。

「なっ……、お、親に向かってアンタとはなんだい!?」
「家事も仕事もせず娘にたかって、そんな人間親じゃない、ただのゴミでしょ」
「そ、それは仕方ないだろ、私は鬱で」
「鬱のくせにパチンコには行けんのかよ! 都合のいいことばっか言いやがって、こんなクズ親で病みたいのはこっちだよ!」

 プツリとキレたあんずから反撃の言葉が止まらない。
 優しい長女と味方の次女に囲まれて生きてきた女は、慣れない罵倒に震え上がった。

「今すぐ仕事探して、見つけて働かないならここ追い出すから、言っとくけどあたしはお姉ちゃんみたいに優しくないからね」

 ダメだ、間違えた、可愛がるべきは長女の方だったかもしれないと、母は急いで今後について思考を巡らす。
 あんずには母の考えていることが手に取るようにわかった。それだけ自分が母に似ていると思うとヘドが出そうだったが、似ているからこそ、対処法も導くのも容易い。
 あんずは母のバスローブの胸元を掴み、自分の方に引き寄せた。
 それにより母の都合のいい案は、計画になる前に遮断される。
 整った顔立ちが本気の怒りに染まる様は、真に迫るものがあった。

「もしも、お姉ちゃんにお金の無心にでも行ったら……マジで殺すからね」

 あの時、選ぶべきは母ではなかった。
 姉妹で力を合わせて、立ち向かうべきだったのに。
 これから長い長い、あんずの贖罪の日々が始まる。
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