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第27話 震えていた面影
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「詳細については、後から確認する。ディファラートが来たら、邸へ来るよう伝えろ」
それだけを言い放ち、イヴァシグスは邸へ向かって走り出した。
険しい表情で城の中を駆け抜けて、庭園を横切っていくイヴァシグスに、頭を下げ損ねた使用人達が、驚いて目を見開いていた。
本来なら不敬な態度でも、いまは気にするような余裕も無い。いまイヴァシグスの頭を占めるのは、あの幼い妃。リュシェラの事だけだった。
─── どうか無事でいてくれ……!
怒りで胃の辺りは焼け付くように熱いのに、言い様のない焦りで指先はかじかむように冷えていた。
さっきまでは心を癒してくれた温かく明るい光景も、いまでは何の意味もない。縋るように無事を願うのに『無事なはずがない』と、理性が絶望を心の内に広げていく。
1年間なのだ。どんなに楽観的に考えたくても、期待さえも抱けないほど、長すぎる期間だった。
生き物が生きていくには、食べ物や飲み物が必要なのだ。いざとなれば野営も可能なイヴァシグスとは違って、王族として生きてきたあの妃が、誰の世話も受けずに、1人で生き抜ける期間ではないはずだ。そんな分かりきった状況でも、イヴァシグスは足を止める事が出来なかった。
きっと、もう手遅れだろう。今さらこうやって急いだ所で、何の意味もないだろう。だが、あの初夜で『死にたくない』と叫んで、布団に丸まっていた姿が脳裏を過っていく。
丸い布団は、小さく震えていた。それは大人であるイヴァシグスにとって、ひどく哀れで、この妃を、まだ子供として庇護してやりたいと思ったのだ。
だからこそ、健やかにすごせる期間を与えたつもりだったのに。
─── くそっ!!
失敗だったと、イヴァシグスは自分に毒突いた。
ろくに休む時間もないほど、多忙ではあった。1年間、人間の国々以外にも、領土内を飛び回っていたイヴァシグスがリュシェラに割ける時間は、ほとんど無かった事も間違いない。
だが、まだ妃として、リュシェラを表に出したいとは思わなかったイヴァシグスが、この状況を都合良く利用した事も事実だったのだ。
イヴァシグスがあの邸へ渡れば、どうしたってリュシェラは妃として振る舞う事を求められる。関われば関わる程に、子供として庇護をしたいあの娘を、妃として衆目に晒して、責務を与える事になる。
その重荷を幼い妃に、まだ背負わせたくない。あどけない寝顔を前にして思うのは、ただそれだけだったのだ。
大人に成るには時間がかかる。ゆっくり、その時間を取れなくても。この状況が治まる頃には、きっとリュシェラも魔族や新しい環境に慣れているだろう。そうすれば、あれほど怯える事なく、ゆっくりと互いに歩み寄れるはずだと。そんな安易な想いも抱いていたのだ。
そして、ゆくゆくは。人間と魔族の共存のモデルケースとして、共に在る事を願っていた。
そういう点では、リュシェラを和平の証として、送り込んできた大人達のように、イヴァシグスもまた、リュシェラを自分の良いように、利用しようとしていた、大人の1人なのかもしれない。
自身を含めたそんな大人の身勝手さを突き付けられて、イヴァシグスはますます眉間のシワを深くした。
大人達の思惑に、何の罪も無い子供が振り回されて、あまつさえ消えてしまったかもしれない命に、イヴァシグスは苦しくなる。
(この戦いを起こしたのは、あの子ではない……)
分かっていたのに。だからこそ、せめて大人になるまでは、庇護をしてやりたい、と思っていたのに。
(頼む、無事でいてくれ)
もしも生きていてくれたなら、今度こそ力の限り護ると誓う。だから、どうにか生きていてくれ。
震えていた布団の面影に、イヴァシグスは何度も祈るしかなかった。
それだけを言い放ち、イヴァシグスは邸へ向かって走り出した。
険しい表情で城の中を駆け抜けて、庭園を横切っていくイヴァシグスに、頭を下げ損ねた使用人達が、驚いて目を見開いていた。
本来なら不敬な態度でも、いまは気にするような余裕も無い。いまイヴァシグスの頭を占めるのは、あの幼い妃。リュシェラの事だけだった。
─── どうか無事でいてくれ……!
怒りで胃の辺りは焼け付くように熱いのに、言い様のない焦りで指先はかじかむように冷えていた。
さっきまでは心を癒してくれた温かく明るい光景も、いまでは何の意味もない。縋るように無事を願うのに『無事なはずがない』と、理性が絶望を心の内に広げていく。
1年間なのだ。どんなに楽観的に考えたくても、期待さえも抱けないほど、長すぎる期間だった。
生き物が生きていくには、食べ物や飲み物が必要なのだ。いざとなれば野営も可能なイヴァシグスとは違って、王族として生きてきたあの妃が、誰の世話も受けずに、1人で生き抜ける期間ではないはずだ。そんな分かりきった状況でも、イヴァシグスは足を止める事が出来なかった。
きっと、もう手遅れだろう。今さらこうやって急いだ所で、何の意味もないだろう。だが、あの初夜で『死にたくない』と叫んで、布団に丸まっていた姿が脳裏を過っていく。
丸い布団は、小さく震えていた。それは大人であるイヴァシグスにとって、ひどく哀れで、この妃を、まだ子供として庇護してやりたいと思ったのだ。
だからこそ、健やかにすごせる期間を与えたつもりだったのに。
─── くそっ!!
失敗だったと、イヴァシグスは自分に毒突いた。
ろくに休む時間もないほど、多忙ではあった。1年間、人間の国々以外にも、領土内を飛び回っていたイヴァシグスがリュシェラに割ける時間は、ほとんど無かった事も間違いない。
だが、まだ妃として、リュシェラを表に出したいとは思わなかったイヴァシグスが、この状況を都合良く利用した事も事実だったのだ。
イヴァシグスがあの邸へ渡れば、どうしたってリュシェラは妃として振る舞う事を求められる。関われば関わる程に、子供として庇護をしたいあの娘を、妃として衆目に晒して、責務を与える事になる。
その重荷を幼い妃に、まだ背負わせたくない。あどけない寝顔を前にして思うのは、ただそれだけだったのだ。
大人に成るには時間がかかる。ゆっくり、その時間を取れなくても。この状況が治まる頃には、きっとリュシェラも魔族や新しい環境に慣れているだろう。そうすれば、あれほど怯える事なく、ゆっくりと互いに歩み寄れるはずだと。そんな安易な想いも抱いていたのだ。
そして、ゆくゆくは。人間と魔族の共存のモデルケースとして、共に在る事を願っていた。
そういう点では、リュシェラを和平の証として、送り込んできた大人達のように、イヴァシグスもまた、リュシェラを自分の良いように、利用しようとしていた、大人の1人なのかもしれない。
自身を含めたそんな大人の身勝手さを突き付けられて、イヴァシグスはますます眉間のシワを深くした。
大人達の思惑に、何の罪も無い子供が振り回されて、あまつさえ消えてしまったかもしれない命に、イヴァシグスは苦しくなる。
(この戦いを起こしたのは、あの子ではない……)
分かっていたのに。だからこそ、せめて大人になるまでは、庇護をしてやりたい、と思っていたのに。
(頼む、無事でいてくれ)
もしも生きていてくれたなら、今度こそ力の限り護ると誓う。だから、どうにか生きていてくれ。
震えていた布団の面影に、イヴァシグスは何度も祈るしかなかった。
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