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第28話 招かれざる者
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始めに音に気が付いたのは、アラルトだった。
慌ただしく走る音は、子どものような軽さはない。それにだいぶ騒がしく、荒々しい音だ。
「誰かな?」
可能性が高い2人の父親達が、今日ここへ来る予定はない上に、いつもの2人らしからぬ物音なのだ。3人は顔を見合わせた。
「こっちにいらっしゃい」
2人の姿を誰かに見られれば、面倒な事になるだろう。そっと背の高い垣根の脇にしゃがみ込ませて、リュシェラは1歩前に出る。本来なら、ここはリュシェラしか居ない場所だ。クルゥーバやダイファでない限り、突然の訪問者が用があるのは自分だろう。
腕の痛みに耐えながら、リュシェラは音の方をジッと見つめた。その間にもどんどん音は近付いてくる。
「あぁ、ここに居たのか」
物陰から現れたのは、思ってもいなかった人物。人型の魔族である、ディファラートだった。以前見た時よりも顔が青白く、髪がだいぶ乱れていた。
「ちょっと貴女に用がある。私と一緒に来てもらおう」
そう言いながら手を伸ばしてくる表情も、目が血走っており、このまま頷ける訳がない。リュシェラは胸元に引き寄せた手をギュッと握りしめながら、さり気なくディファラートの周囲を見回した。
「……どのようなご用件でしょうか?」
周りに他の者がいる気配はない。今ならまだ逃げられる。
明らかにディファラートの様子はおかしかった。このままここで対峙しているよりは、距離を詰められる前に邸へ逃げ込んだ方が良いだろう。
(私に用があるのだから、きっと後を追いかけてくる……)
そうすれば、生け垣に隠した子ども達からも引き離せる。そう思うのに。
(でも、もしも……もしも、追ってこないで、あの子達が見つかったら……?)
過る不安に、リュシェラは動き出すことが出来なかった。
「貴女が気にする必要はない。ただ黙って付いて来い」
その間にもズカズカとディファラートが近付いてくる。リュシェラは一定の距離を取るように、子ども達とは反対の方へじりじりと後退をした。
「お断り致します。私は特にディファラート様にご用はありません」
「私が用があると言っているのだ! 貴様は黙って付いてこい!!」
「なぜ、私が貴方に命じられねばならないのです? 仮にも私は第7妃。隷妃として嫁いだ身と、このような状況に甘んじてはおりますが、貴方に命じられる謂れはありません!」
付いて行った所でマズい事にしかならないはずだ。リュシェラはここで引くわけにいかないと、毅然とした態度ではね除けた。
だが冷静さを欠くぐらい、何かに酷く追い詰められた相手なのだ。
「うるさい、うるさい!! 何が第7妃だ!何が妃だ! しょせん人間の捕虜だろう! お前はもう1年前には死んでいるはずの人間なのだ! 今さら生きていて何になる!」
激昂しながら、突然真っ赤な顔でそう吐き出したディファラートが、リュシェラへ向かって手を伸ばした。慌てて距離を取ろうとしても、とっさの動きに耐えきれず、傷が鋭い痛みを訴える。相手もかなり必死なのだから、そんなリュシェラがディファラートの手に捕らわれるのは一瞬だった。
無遠慮に、強い力がリュシェラの腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。折れそうな程の力に、リュシェラの口から呻きが漏れた。
「こんな人間など、力を使うまでもない。この手でさっさと殺してやる」
何か事情が変わったのか。外交などの問題で積極的に殺されたりはしない、と思っていたのに、ディファラートの手がリュシェラの首へと回される。
「お前さえ死ねば、この1年の事を語る奴は居なくなる。お前の味方などここには誰も居ないからな」
そのまま力が込められる。
「私は何も悪くない! 私はイヴァシグス様のお心に従ったはずなのだ! その結果お前はあれからすぐに死んだ! だから私は悪くない!」
目の前の男が真っ赤な顔で、唾を吐き出しながら何を言っているのかが分からない。ただ、苦しくて、苦しくて。リュシェラはディファラートの手から逃れようと、力の限り抗った。
***********************************
今回は今日、土曜、日曜に続けて更新します🙇♀️💦
鈍亀更新にお付き合い頂けて、もうとてもとても感謝してます。本当にありがとうございます!
(『第6 始まりの失敗』に大きなミスをしてしまい、修正投稿しています😭 再読頂けると助かります🙏💦)
慌ただしく走る音は、子どものような軽さはない。それにだいぶ騒がしく、荒々しい音だ。
「誰かな?」
可能性が高い2人の父親達が、今日ここへ来る予定はない上に、いつもの2人らしからぬ物音なのだ。3人は顔を見合わせた。
「こっちにいらっしゃい」
2人の姿を誰かに見られれば、面倒な事になるだろう。そっと背の高い垣根の脇にしゃがみ込ませて、リュシェラは1歩前に出る。本来なら、ここはリュシェラしか居ない場所だ。クルゥーバやダイファでない限り、突然の訪問者が用があるのは自分だろう。
腕の痛みに耐えながら、リュシェラは音の方をジッと見つめた。その間にもどんどん音は近付いてくる。
「あぁ、ここに居たのか」
物陰から現れたのは、思ってもいなかった人物。人型の魔族である、ディファラートだった。以前見た時よりも顔が青白く、髪がだいぶ乱れていた。
「ちょっと貴女に用がある。私と一緒に来てもらおう」
そう言いながら手を伸ばしてくる表情も、目が血走っており、このまま頷ける訳がない。リュシェラは胸元に引き寄せた手をギュッと握りしめながら、さり気なくディファラートの周囲を見回した。
「……どのようなご用件でしょうか?」
周りに他の者がいる気配はない。今ならまだ逃げられる。
明らかにディファラートの様子はおかしかった。このままここで対峙しているよりは、距離を詰められる前に邸へ逃げ込んだ方が良いだろう。
(私に用があるのだから、きっと後を追いかけてくる……)
そうすれば、生け垣に隠した子ども達からも引き離せる。そう思うのに。
(でも、もしも……もしも、追ってこないで、あの子達が見つかったら……?)
過る不安に、リュシェラは動き出すことが出来なかった。
「貴女が気にする必要はない。ただ黙って付いて来い」
その間にもズカズカとディファラートが近付いてくる。リュシェラは一定の距離を取るように、子ども達とは反対の方へじりじりと後退をした。
「お断り致します。私は特にディファラート様にご用はありません」
「私が用があると言っているのだ! 貴様は黙って付いてこい!!」
「なぜ、私が貴方に命じられねばならないのです? 仮にも私は第7妃。隷妃として嫁いだ身と、このような状況に甘んじてはおりますが、貴方に命じられる謂れはありません!」
付いて行った所でマズい事にしかならないはずだ。リュシェラはここで引くわけにいかないと、毅然とした態度ではね除けた。
だが冷静さを欠くぐらい、何かに酷く追い詰められた相手なのだ。
「うるさい、うるさい!! 何が第7妃だ!何が妃だ! しょせん人間の捕虜だろう! お前はもう1年前には死んでいるはずの人間なのだ! 今さら生きていて何になる!」
激昂しながら、突然真っ赤な顔でそう吐き出したディファラートが、リュシェラへ向かって手を伸ばした。慌てて距離を取ろうとしても、とっさの動きに耐えきれず、傷が鋭い痛みを訴える。相手もかなり必死なのだから、そんなリュシェラがディファラートの手に捕らわれるのは一瞬だった。
無遠慮に、強い力がリュシェラの腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。折れそうな程の力に、リュシェラの口から呻きが漏れた。
「こんな人間など、力を使うまでもない。この手でさっさと殺してやる」
何か事情が変わったのか。外交などの問題で積極的に殺されたりはしない、と思っていたのに、ディファラートの手がリュシェラの首へと回される。
「お前さえ死ねば、この1年の事を語る奴は居なくなる。お前の味方などここには誰も居ないからな」
そのまま力が込められる。
「私は何も悪くない! 私はイヴァシグス様のお心に従ったはずなのだ! その結果お前はあれからすぐに死んだ! だから私は悪くない!」
目の前の男が真っ赤な顔で、唾を吐き出しながら何を言っているのかが分からない。ただ、苦しくて、苦しくて。リュシェラはディファラートの手から逃れようと、力の限り抗った。
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今回は今日、土曜、日曜に続けて更新します🙇♀️💦
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