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第29話 大切なもの
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「リュシェラ様から手を離せ!!」
「このクソ野郎!!」
「ヒュッ、ゲホッ、ゲホゲホ」
声と衝撃を感じた後に、急激に入り込んだ空気に、リュシェラは大きく咳き込んだ。地面に座り込んだリュシェラの前に、小さな壁が出来ていた。
小さな身体で、両手両足を大きく広げて、アラルトとティガァが立ち塞がる。精一杯、ディファラートからリュシェラを守ろうとしているのだろう。
「何だ貴様らは! そこをどけ!」
2人の渾身の力に跳ね飛ばされたディファラートが、ますます殺気立った目を2人の方へ向けてくる。
「どかない! リュシェラ様は俺達2人で守るんだ!」
体格も全く違う大人から、そんな目を向けられて、怖くないはずはない。リュシェラの前に立つ2人の身体は、ガタガタと大きく震えている。それでもリュシェラを守ると言っていた小さなナイトは、キッとディファラートを睨んでいた。
「それなら貴様等も殺してやろう。ここは私が許可した者以外は、立ち入りを禁じた場所だからな。それを破り立ち入った者を罰したとて、何も問題ないはずだ」
2人を見下ろすディファラートの顔が、笑顔とも言えない、醜い表情に歪んでいく。そしてこちらに何も持たない掌を向けた。
人型の魔族であるディファラートは、ゴーレムのような怪力も、リザードのような強靱な足もない。だが無詠唱で攻撃魔法も繰り出せるほど、魔術に対しては強かった。
ディファラートの手の中に、魔力が込められているのか、ユラッと陽炎のように空気が歪んだように見えた。
「こ、こんな事をしたら、お、俺達のお父さんも、イヴァシグス様も黙っていないんだからな!!」
アラルトが震える声を張り上げた。
「何を言っている! 私はイヴァシグス様に従っただけだ! そうだ、私はあの時、イヴァシグス様からはっきり聞いた! だからそのお言葉に従った! なのになぜだ、今さらになってなぜ私が咎められる!!」
何が男の引き金になっているのか。言葉を交わす冷静さを取り戻していたディファラートが、一瞬で再び狂ったように叫び出した。
理由は分からない。だが、何かが切っ掛けでこの男がイヴァシグスの不興を買った事は伝わった。そして、そんな追い詰められた状況に、リュシェラの存在が酷く邪魔になるのだろう。
(どうにか、この2人だけでもーー!!)
ディファラートの掌がこちらへ向けられるのが見えた後、リュシェラはとっさに2人の身体に覆い被さった。リュシェラが盾になれば、この小さな存在だけは護れるかもしれないのだ。
魔石を埋め込まれた身体の内に向かって、リュシェラのシールドは強固になる。
リュシェラの身体の下に庇った、2人を生かすぐらいには、きっとこのシールドが、ディファラートの力をだいぶ削いでくれると信じている。
(あとは、魔石が爆発しなければ良いのだけど)
そうなれば、リュシェラ自身がこの大切な2人を殺してしまうのだ。考えればゾッとする。でもこの方法しか残されていなかった。
初めて腕に感じる2人の感触に、目の奥が熱くなる。肌の色や造形に問わず、2人の身体は人間と同じように温かかった。最後に感じたその温もりを愛おしく感じながら、リュシェラはギュッと目を瞑る。
心の中に “生きたかった” と、願いの残滓が浮かんで消えた。
ただ穏やかに生きて、生涯を終えていく。リュシェラの願いはそれだけだった。
でもそれさえ叶わないのなら。
(せめて痛くないと良いけど……)
自分の事で願える事なんて。最後でさえ、リュシェラはせいぜい、そんな程度だった。
「このクソ野郎!!」
「ヒュッ、ゲホッ、ゲホゲホ」
声と衝撃を感じた後に、急激に入り込んだ空気に、リュシェラは大きく咳き込んだ。地面に座り込んだリュシェラの前に、小さな壁が出来ていた。
小さな身体で、両手両足を大きく広げて、アラルトとティガァが立ち塞がる。精一杯、ディファラートからリュシェラを守ろうとしているのだろう。
「何だ貴様らは! そこをどけ!」
2人の渾身の力に跳ね飛ばされたディファラートが、ますます殺気立った目を2人の方へ向けてくる。
「どかない! リュシェラ様は俺達2人で守るんだ!」
体格も全く違う大人から、そんな目を向けられて、怖くないはずはない。リュシェラの前に立つ2人の身体は、ガタガタと大きく震えている。それでもリュシェラを守ると言っていた小さなナイトは、キッとディファラートを睨んでいた。
「それなら貴様等も殺してやろう。ここは私が許可した者以外は、立ち入りを禁じた場所だからな。それを破り立ち入った者を罰したとて、何も問題ないはずだ」
2人を見下ろすディファラートの顔が、笑顔とも言えない、醜い表情に歪んでいく。そしてこちらに何も持たない掌を向けた。
人型の魔族であるディファラートは、ゴーレムのような怪力も、リザードのような強靱な足もない。だが無詠唱で攻撃魔法も繰り出せるほど、魔術に対しては強かった。
ディファラートの手の中に、魔力が込められているのか、ユラッと陽炎のように空気が歪んだように見えた。
「こ、こんな事をしたら、お、俺達のお父さんも、イヴァシグス様も黙っていないんだからな!!」
アラルトが震える声を張り上げた。
「何を言っている! 私はイヴァシグス様に従っただけだ! そうだ、私はあの時、イヴァシグス様からはっきり聞いた! だからそのお言葉に従った! なのになぜだ、今さらになってなぜ私が咎められる!!」
何が男の引き金になっているのか。言葉を交わす冷静さを取り戻していたディファラートが、一瞬で再び狂ったように叫び出した。
理由は分からない。だが、何かが切っ掛けでこの男がイヴァシグスの不興を買った事は伝わった。そして、そんな追い詰められた状況に、リュシェラの存在が酷く邪魔になるのだろう。
(どうにか、この2人だけでもーー!!)
ディファラートの掌がこちらへ向けられるのが見えた後、リュシェラはとっさに2人の身体に覆い被さった。リュシェラが盾になれば、この小さな存在だけは護れるかもしれないのだ。
魔石を埋め込まれた身体の内に向かって、リュシェラのシールドは強固になる。
リュシェラの身体の下に庇った、2人を生かすぐらいには、きっとこのシールドが、ディファラートの力をだいぶ削いでくれると信じている。
(あとは、魔石が爆発しなければ良いのだけど)
そうなれば、リュシェラ自身がこの大切な2人を殺してしまうのだ。考えればゾッとする。でもこの方法しか残されていなかった。
初めて腕に感じる2人の感触に、目の奥が熱くなる。肌の色や造形に問わず、2人の身体は人間と同じように温かかった。最後に感じたその温もりを愛おしく感じながら、リュシェラはギュッと目を瞑る。
心の中に “生きたかった” と、願いの残滓が浮かんで消えた。
ただ穏やかに生きて、生涯を終えていく。リュシェラの願いはそれだけだった。
でもそれさえ叶わないのなら。
(せめて痛くないと良いけど……)
自分の事で願える事なんて。最後でさえ、リュシェラはせいぜい、そんな程度だった。
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