30 / 33
第30話 黒い塊
しおりを挟む
轟音と温度と先にどちらが伝わったのか、ハッキリとは分からなかった。
破裂音と空気を裂くような高い音。そして、暖かい春風が身体を撫でるような柔らかさで、フワッと身体を取り巻く空気が揺れたようだった。
その後に襲うだろう衝撃に身構えて、リュシェラはギュッと身体を硬くする。だけど遅れてくると思われた衝撃はなかなかやって来る気配がない。
(……あれ? 最後のお願いが……叶ったの……?)
あまりに来ない衝撃に、リュシェラが戸惑い始めた時。身構えたままのリュシェラの耳に、うめき声が聞こえてきた。
「ぐぅ、ああぁっ」
あまりに苦しそうなその音に、慌てて身体を起こして、覆い被さっていた2人の身体を確認する。頭からつま先まで、ケガをしている所がないか、しっかりチェックをするも、特にディファラートの魔力で、傷を負った様子はなかった。
だが、その間にも、苦しそうな音は途切れる事無く聞こえていた。
恐る恐る背を向けていた、ディファラートの方へ目を向ければ、そこには見慣れない、黒く大きな塊があった。
「貴様はいま、何をしようとした!」
その黒い塊から、地を這うような声が聞こえてくる。リュシェラはそこまできて、初めてそれが人の背中なのだと、気が付いた。
リュシェラ達に背を向けて、しゃがみ込みながら、片手をこちらへ向けていた。そして反対の手は、ディファラートへ向かっていた。
「イヴァシグス様だ!!」
リュシェラの後ろからのぞき見たティガァとアラルトが、ハモるようにイヴァシグスの名前を大きな声で呼んだ。その声にリュシェラの方を向いたイヴァシグスが、眉を下げ、まるで痛みを堪えているような表情を浮かべながらも、口元だけで微かに笑った。
どうしてそんな表情を自分へ向けるのか。何を思っているのか。リュシェラには全く分からなかった。思わず呆然と見つめれば、視線がわずかに重なりあった。だけどリュシェラがそんなイヴァシグスの表情から、何かを読み取る前に、イヴァシグスの視線はあっさりとリュシェラの方から外れてしまう。
そして、リュシェラ達へ向けられていた手がなくなれば、包み込むようにあった、空気が消えていく。
(イヴァシグス様が、シールドを張って下さったの……?)
リュシェラの死を最も願っていたのは、イヴァシグスなはずなのだ。
(それなのに、どうして……)
助かった事は嬉しいのに、単純に喜ぶには、イヴァシグスの意図が全く分からない。大きな背中を見つめるリュシェラは、ますます戸惑いが酷くなる。
(利用価値が、生まれたのかしら……?)
何かが起きて、ディファラートにとっては、リュシェラが生きていると不都合になったようなのだ。逆にイヴァシグスにとっては、リュシェラを生かせておきたい理由が出来たのかもしれない。
(それが何かは分からないけど、この子達やクゥルーバやダイファが咎められないようにしなくちゃ)
民へは慈悲深い王だと聞いた。その慈悲を、人間と関わった者達にも、同じように向けてくれるか分からない。不安と終わらない緊張に、リュシェラの気力と体力は削がれて、どんどん気持ち悪くなってくる。
少しふらつく身体を悟られないように伸ばした時、リュシェラの耳に、また違う足音が聞こえてきた。
リュシェラと同じように音を確認したのか。屈んでいたイヴァシグスが立ち上がり、逆にずっと喉を苦しげに押さえていたディファラートの身体が地面へ崩れ落ちた。
その身体を腕一本で持ち上げて、軽々と走り込んできた兵士の前へ放り投げる。
「索敵は済んでいる。この男の単独だ。後は洗い出すとして、今はこの男だけを連れて行け」
という事は、攻撃を防いだ上でリュシェラ達のシールドも張って、あの男の拘束と索敵まで、ほぼ同時に行っていたという事になる。
1つの魔法さえ、上手くコントロールできないリュシェラは、そのイヴァシグスの言葉に目を見開いた。だけど、他の魔族の民にとっては、そんな王の能力は当然のものなのか。淡々と告げたイヴァシグスに、兵士達は慌てて頭を下げて、ディファラートを荷物のように運び出すだけだった。
破裂音と空気を裂くような高い音。そして、暖かい春風が身体を撫でるような柔らかさで、フワッと身体を取り巻く空気が揺れたようだった。
その後に襲うだろう衝撃に身構えて、リュシェラはギュッと身体を硬くする。だけど遅れてくると思われた衝撃はなかなかやって来る気配がない。
(……あれ? 最後のお願いが……叶ったの……?)
あまりに来ない衝撃に、リュシェラが戸惑い始めた時。身構えたままのリュシェラの耳に、うめき声が聞こえてきた。
「ぐぅ、ああぁっ」
あまりに苦しそうなその音に、慌てて身体を起こして、覆い被さっていた2人の身体を確認する。頭からつま先まで、ケガをしている所がないか、しっかりチェックをするも、特にディファラートの魔力で、傷を負った様子はなかった。
だが、その間にも、苦しそうな音は途切れる事無く聞こえていた。
恐る恐る背を向けていた、ディファラートの方へ目を向ければ、そこには見慣れない、黒く大きな塊があった。
「貴様はいま、何をしようとした!」
その黒い塊から、地を這うような声が聞こえてくる。リュシェラはそこまできて、初めてそれが人の背中なのだと、気が付いた。
リュシェラ達に背を向けて、しゃがみ込みながら、片手をこちらへ向けていた。そして反対の手は、ディファラートへ向かっていた。
「イヴァシグス様だ!!」
リュシェラの後ろからのぞき見たティガァとアラルトが、ハモるようにイヴァシグスの名前を大きな声で呼んだ。その声にリュシェラの方を向いたイヴァシグスが、眉を下げ、まるで痛みを堪えているような表情を浮かべながらも、口元だけで微かに笑った。
どうしてそんな表情を自分へ向けるのか。何を思っているのか。リュシェラには全く分からなかった。思わず呆然と見つめれば、視線がわずかに重なりあった。だけどリュシェラがそんなイヴァシグスの表情から、何かを読み取る前に、イヴァシグスの視線はあっさりとリュシェラの方から外れてしまう。
そして、リュシェラ達へ向けられていた手がなくなれば、包み込むようにあった、空気が消えていく。
(イヴァシグス様が、シールドを張って下さったの……?)
リュシェラの死を最も願っていたのは、イヴァシグスなはずなのだ。
(それなのに、どうして……)
助かった事は嬉しいのに、単純に喜ぶには、イヴァシグスの意図が全く分からない。大きな背中を見つめるリュシェラは、ますます戸惑いが酷くなる。
(利用価値が、生まれたのかしら……?)
何かが起きて、ディファラートにとっては、リュシェラが生きていると不都合になったようなのだ。逆にイヴァシグスにとっては、リュシェラを生かせておきたい理由が出来たのかもしれない。
(それが何かは分からないけど、この子達やクゥルーバやダイファが咎められないようにしなくちゃ)
民へは慈悲深い王だと聞いた。その慈悲を、人間と関わった者達にも、同じように向けてくれるか分からない。不安と終わらない緊張に、リュシェラの気力と体力は削がれて、どんどん気持ち悪くなってくる。
少しふらつく身体を悟られないように伸ばした時、リュシェラの耳に、また違う足音が聞こえてきた。
リュシェラと同じように音を確認したのか。屈んでいたイヴァシグスが立ち上がり、逆にずっと喉を苦しげに押さえていたディファラートの身体が地面へ崩れ落ちた。
その身体を腕一本で持ち上げて、軽々と走り込んできた兵士の前へ放り投げる。
「索敵は済んでいる。この男の単独だ。後は洗い出すとして、今はこの男だけを連れて行け」
という事は、攻撃を防いだ上でリュシェラ達のシールドも張って、あの男の拘束と索敵まで、ほぼ同時に行っていたという事になる。
1つの魔法さえ、上手くコントロールできないリュシェラは、そのイヴァシグスの言葉に目を見開いた。だけど、他の魔族の民にとっては、そんな王の能力は当然のものなのか。淡々と告げたイヴァシグスに、兵士達は慌てて頭を下げて、ディファラートを荷物のように運び出すだけだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,752
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる