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第32話 呪いの存在

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(どうして……そんな顔をして私を見るの……?)

 声と違わない、苦しそうな表情を向けながら、イヴァシグスはもう1度。

「頼む、今だけ堪えてくれ……」

 と、リュシェラへ頭を下げて懇願をした。そんな王を前にして、リュシェラは唖然としてしまう。

(えっ……? イヴァシグス様が、どうして私に頭を下げるの……?)

 殺しても構わない相手に、そこまでする意味が分からない。しかも、イヴァシグスはこの大きく豊かな国を治める魔王で、リュシェラは妃とは名ばかりの、敗戦国の捕虜だった。

 本来なら、力尽くで従わせる事だって可能なはずで、むしろそうする事の方が自然なのだ。それでも力ではなく、言葉や態度を尽くそうとする、イヴァシグスがリュシェラには理解出来なかった。

 そんな2人の様子を少し離れて見ていたアラルトとティガァが「あ、あの……!」と、恐る恐る声を掛けた。

 頭を下げていたイヴァシグスが、存在を思い出したと、子供たちへと目を向けた。さっき臣下らしい者達に向けていたような鋭さはない。だけど、訝しさをハッキリ含んだ眼差しだった。

 本来なら、王へ下の者から言葉を掛ける事は不敬にあたる。リュシェラ自身、イヴァシグスに対する対応は酷いものだが、この2人までそれに倣って良いはずがない。

 だが、慌ててリュシェラが止めるよりも先に、イヴァシグスが2人へ言葉の続きを促した。

「リュシェラ様は呪いがうつってしまうから、触っちゃダメなんです」

「だ、だから、離してあげて下さい」

「それで、僕たちも手をつなげなくて」

「いつも、僕たちが危ないから、って」

 早口でそう言い、なぁ、と顔を見合わせて互いに頷き合うのは、子ども達の緊張と不安の表れだろう。そんな子ども達とリュシェラを、黙って見比べるイヴァシグスが、何を思っているのかは分からない。でも、いつ魔石が作動するか分からないのだ。イヴァシグスと目が合ったリュシェラが、子ども達の言葉を肯定するように頷いた。

 これできっとイヴァシグスは離してくれる。むしろ呪いとなれば、近付きたくもないだろう。イヴァシグスの腕の中から離れようと、リュシェラは身動ぎ立ち上がりかけた。だが、なぜかそれを制したイヴァシグスが、リュシェラを腕に抱えたまま、おもむろに椅子から立ち上がった。

「イヴァシグス様!?」

「少しだけ待て」

 慌てるリュシェラを一瞥して、イヴァシグスが肩の留め具に手を伸ばす。片腕で器用にリュシェラを抱いたまま、両肩のマントの留め具を外せば、イヴァシグスの大きな身体と立場に見合った、上質のマントがハラッと落ちた。

 それを東屋の床石の上に整えて、リュシェラをそっとその上に降ろす。

「座り心地は良くないだろうが、腰が冷えるのは避けられるはずだ」

 そう言って、地面に座り込んだリュシェラの身体を、東屋の柱に凭れさせた。

「イヴァシグス様のお召し物が!」

「服などいくらでも変わりはある。それよりもお前の身体の方が心配だ」

 慌てるリュシェラを手の平で制止して、イヴァシグスは紅く染まった袖に視線を投げかけた。

「傷を見たいが、触る事はダメなのか?」

「はい……」

「では、触れていないこの状態なら、大丈夫か?」

 落ち着いた声で問われて、リュシェラは自分の身体の中へ、神経を研ぎ澄ませた。何度か感じた事のある、ドクッドクッとした魔石の脈打ちは感じられない。

「今は、大丈夫みたいです……」

 リュシェラ自身、どこまでなら問題ないのか分からない。言葉を慎重に選んで答えれば、イヴァシグスは「そうか」と思案顔で頷いた。

「何か異変があれば教えてくれ」

 イヴァシグスが触れるか触れないかのギリギリの位置に手を伸ばす。傷の上に覆い被さる大きな掌を一瞥して、リュシェラが躊躇いながら頷いた。

「良い子だ」

 そんなリュシェラに、言葉と共に向けられたのは柔らかな笑み。まるで苦い薬を飲み干した、幼い子どもに向けるような態度にリュシェラは驚いて息を飲む。

 まじまじと見つめるリュシェラに反して、イヴァシグスは何でもなかったように、視線を傷の方へと向けてしまった。
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