上 下
28 / 58
第二章 留学生

10 卵焼き事件

しおりを挟む
 もうすぐ狩猟実習がある。上級生の行事だ。

 馬に乗って狩猟犬に指示を出し、弓矢で狐や鳥を狩る。いかにも貴族のたしなみって感じ。

 もちろん、乙女ゲーでもイベント扱いだ。
 アメリちゃんの射落とした鳥を、攻略キャラの犬が間違ってくわえちゃったことがきっかけで、最終的に好感度が上がるという、よくある話。

 ここでは、プレイヤーが進めているルートの相手が絡んでくる。
 逆ハールートの場合は、どうだったかな。王子とディディエくんとは一緒に行動するとして、学年の違うリュシアンが出てきたかどうか、思い出せない。記憶にないってことは、いなかったのかも。

 贔屓ひいきのクレマン先生が出てきたことは、覚えている。イベントのシナリオも、単独ルートと違っていたような気がする。
 どうせ、今のわたしには関係ないか、と思ったら、そうでもなかった。

 ディディエくんに、お弁当を差し入れしないといけないのだった。しかも手作り。

 何で?

 乙女ゲームじゃ、そんな話は出てこなかったわよ。
 ノブリージュ学園では、野外授業があると、婚約者同士で手作り弁当を贈り合う慣習があるみたい。

 家庭科みたいな授業もあるから、その実践じっせんも兼ねているってことかな。

 そう言えば、オリエンテーリングの行事では、ディディエくんがお弁当を差し入れてくれた。そういうことだったのね。
 、自分で作ったと聞いて、もの凄く感激したのを覚えている。お返しするいい機会よね。

 前世では、お母さんと二人暮らしだった。小学生の頃から、包丁握って料理をしていた。家庭料理なら、一通りできる。

 問題は、お弁当のメニューと、それから作る場所ね。
 今のわたしは背が低くて、きっと調理台が高すぎる。踏み台を使っても、あちこち動く度に踏み台を動かすとなると、不衛生だし効率も悪い。ベンチでも借りようかしら。

 そうそう、材料も買いに行かなくちゃ。
 ロタリンギアでは普通に売っていても、メロデウェルでは手に入りにくい品物が、あるかもしれない。

 「うちの調理場を使いなさい。ディディエも当日、屋敷から出発するわ。お弁当を渡してすぐうちの馬車で送らせれば、貴女の授業にも間に合うでしょう」

 悩んでいると、サンドリーヌが声を掛けてくれた。
 材料も自由に使えて、踏み台にも、召使いを一人付けてくれるという。

 「ありがとうございます」

 素直に頼ることにした。何て気の利く悪役令嬢。

 さて、キッチンと買い物の心配がなくなったところで、メニューを考えよう。

 弁当と言えば、唐揚げ、タコさんウィンナー、卵焼きが定番よ。腸詰ちょうづめなら我がロタリンギア王国がほこる伝統的な品が沢山ある。何種類か、取り寄せてもらおう。
 タコの形にはしないけれど。

 ニワトリの卵は、メロデウェルでも普通の食材だ。鶏の唐揚げは、下味に醤油が使えないから、塩とハーブで味付け。
 そういえば、ここの主食はパンだったわ。ハーブ味なら、パンでもいける。
 パンは自力で作らなくてもいいのよね?

 こうして強引に得意料理でメニューを作って、サンドリーヌを通してヴェルマンドワ家の調理場に伝えてもらった。

 家が遠い生徒のために、学園でも調理場を貸してくれる。厨房スタッフがついて、基本的な材料も出してくれる。
 材料費は、後日家の方に請求されるみたいだ。珍しい食材は、前もって注文するか、家から送って貰う。

 何だか、調理実習みたいで、それも楽しそう。
 ただ学園の調理場だと、調理器具も他の人と共用になる。思うように作れないかもしれない、とサンドリーヌが言っていた。それもそうだわ。


 いよいよ狩猟実習の前日。わたしは外泊許可を貰い、授業が終わるとすぐに、ヘルミーネと共にヴェルマンドワの屋敷へ送られた。

 ディディエくんとサンドリーヌも一緒。野外実習は現地集合だから、家が近い生徒は自力で行くのだ。もちろん、自前の馬車でね。

 家が遠い生徒は、学園の馬車で当日送迎してくれる。わたしもオリエンテーリングの時は、学園の馬車に乗った。
 あれはあれで、学校遠足みたいで楽しかった。

 夕食もヴェルマンドワ家でご馳走になった。珍しく、お義父様がご在宅で、食卓を共にできた。
 至福。まさにご馳走様ですっ!

 見過ぎないように頑張ったわ。お義母様の目もあるし、今はディディエくんの婚約者だし。

 次の日は、夜明け前から調理場を使わせてもらった。事前に頼んだソーセージも届いている。
 前もってサンドリーヌが指示してくれたのか、調理に必要な器具や、調味料なんかもわかりやすく用意してあって、予想より早く仕上がった。

 少し離れたところで、サンドリーヌも料理していた。何だか大鍋を覗き込んで魔女っぽい。
 シャルル王子とお弁当を交換する約束をしているとか。じゃあ、アメリちゃんはリュシアンにお弁当あげるのかも。ゲームイベントに弁当絡んでいなかったから、展開は読めない。

 よく考えてみれば、揚げ物に使う大量の食用油、香辛料、調味料も、貴族だから用意できる高価なものだった。うっかり前世と同じ感覚で使ってしまった。

 大貴族であるヴェルマンドワ家でも、料理人達がちょっと引いていたのに後から気付いたわ。次回があったら、もうちょっと節約志向のレシピを考えよう。

 お弁当を渡し、サンドリーヌと出発するディディエくんを見送った後、別の馬車を仕立てて学園まで送ってもらった。
 貴族だからって、そう何両も馬車を持てる家はないのに、さすがは宰相のお家だわ。

 学園で授業を受けて一日過ごした後、夕食の席でディディエくんと再会した。
 またもアメリちゃんを中心に、シャルル王子とリュシアンも一緒にいるじゃないの。

 美麗びれいスチルいただきました。

 惜しいことに、隠しキャラのクレマン先生はいなかった。そして、王子の婚約者であるサンドリーヌも。残念だけど、彼女は、この場にいない方が平和なんだよね。

 「あっ子ブ‥‥ローザちゃんだっけ? こっちこっち」

 アメリちゃんは不機嫌そうだったけれど、わたしの顔を見た途端に、笑顔で手招きしてくれた。
 ヒロインに愛称呼びされた! 嬉しい。しかも、まん前の特等席が空いていた。

 「ロザモンド、お弁当美味しかった。ありがとう」

 席へ着くと、ディディエくんが微笑みかけてくれた。

 「サンドリーヌの弁当も美味だったぞ。味見させただろう?」

 シャルル王子が口を挟む。こっちも無事に食べたみたい。

 「どんなメニューだったのですか?」

 「うむ。塩漬しおづけ豚肉のかたまりを煮込んだものと、チーズを牛挽肉ぎゅうひきにくで包んだものと、鶏肉をオレンジジャムで煮込んだものだった」

 ん? ロタリンギア料理みたいなのが、あったわ。わたしとメニューがかぶらないようにしたのかな。

 「お肉ばかりでは栄養がかたよりますわ。私の作ったお弁当も、味見してくださればよかったのに」

 アメリちゃんが言う。攻略対象に弁当あげそこねたのね。じゃあ、リュシアンは?

 「たまにしか食べられないなら、好きな食べ物がいいよな。フローも好物ばかりで作ってくれたぞ」

 ちゃんとフロランス=ポワチエが届けたみたい。確か、ポワチエ家は学園の近くにも屋敷があるって、どこかで聞いた覚えがあるわ。
 というか、リュシアンのヒロイン好感度が下がっているような気が?

 「ところで、ロザモンドちゃん」

 アメリちゃんが、グッと身を乗り出してきた。夕食のパンをぱくついていたわたしは、急いで飲み込む。

 「オムレツの形が独特だったのだけれど、あれはあなたのオリジナル?」

 やばっ。むせるか詰まる! 慌てて水を飲む。

 「変でしたか? ロタリンギアの実家では、いつもあのようにして作っておりました。そういえば、メロデウェルでは、違った形できょうされますね。結婚までには、こちらの作り方も覚えたいです」

 「嬉しいなロザモンド。楽しみにしているね」

 ディディエくんに微笑みかけながら、内心冷や汗。
 アメリちゃんに疑われている。卵焼きはほぼ日本式で作った。砂糖代わりに蜂蜜まで入れちゃったよ。

 やっぱり、敵視されている?

 そんなあ~。
 でも、ヒロインが逆ハーかディディエルートを目指すなら、どうしたってわたしが邪魔になるのよね。

 婚約あきらめるから、断罪は勘弁してって頼んだら、仲良くなれるかしら。
 そもそもわたし、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』で見覚えのないキャラだし。

 転生ヒロインが、協力してくれる保証もないのよね。ここはサンドリーヌが言っていた通り、打ち明けない方がいいわ。
 ディディエくんから、わたしの情報が漏れないといいのだけれど。

 どうにも気になって、週末を使って、サンドリーヌに相談することにした。

 当日迎えに来た馬車には、ディディエくんも乗っていた。それぞれ従者を連れているので、総勢六人の団体様である。
 ヴェルマンドワ家は大きめの馬車を仕立ててくれていた。相変わらず大貴族の威勢いせいを感じるわ。

 連れて行かれた先は、瀟洒しょうしゃな一軒家のレストランだった。個室に案内される。

 ヘルミーネ達のテーブルも別にしつらえてあった。コース料理じゃなくて、先に全部並べて後は追加の時だけ呼んでね、というスタイルだった。
 貴族向けには珍しい。

 「それで、心配事って何かしら?」

 給仕が下がる早々、サンドリーヌが尋ねつつ、ヘルミーネより先に、ディディエくんとわたしの皿に料理を取り分けていく。前世のお母さんみたいだ。

 「こちらで勝手にするから、あなた方はまず、自分の食事を済ませてちょうだい」

 ヘルミーネとわたしは恐縮きょうしゅくする。でもジュリーとトビは、慣れているみたい。

 わたしは、卵焼きの件を話した。

 「ああ、あのオムレツは前世の料理だったんだね。デザートに丁度良い甘さだったよ。姉様の鶏ガルム甘辛焼を思い出した。あれもまた食べたいなあ」

 ディディエくんが、うっとりと思い出を反芻はんすうする。

 「私も見たわ。あのオムレツは、どんな風に作ったの?」

 話を引き戻すサンドリーヌ。

 小さい底浅鍋があったから、卵液を流して端に寄せてくるくる巻くのを二、三回繰り返しただけ。
 オムレツと大差ないと思うんだけれどなあ。出汁だしも使っていないし。

 「この間くださった、切り株お菓子のような感じね」

 お詫び用菓子のバームクーヘンのことね。くるくる巻くところは、似ている。

 「今後聞かれた際には、それを引き合いに出すのが良いでしょう。ロザモンド様は、とても上手にお答えなさったわ。ご実家の料理人が考案したかもしれない、と考える余地が残るもの」

 「アメリ嬢に前世の記憶があることを知られても、何にも悪いことは起きないと思う」

 ディディエくんが無邪気に言う。フラグですかっ。

 「ディディ。デュモンド嬢に知られたら、あなたが漏らしたと思うわよ」

 「この間、リュシアン殿も、ロザモンドが転生者だって話していたでしょう」

 「リュシアンの方は心配ない。あの後、色々手を打ったから」

 何をしたのかしら。
 不敵ふてきに微笑むサンドリーヌを見ると、やっぱり悪役令嬢だと思う。ヒロイン側にいたかったけれど、今の立場では無理そう。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

前世腐女子なお姫様はクールな双子の弟に執着される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:547pt お気に入り:3

幼馴染みを優先する婚約者にはうんざりだ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:859pt お気に入り:7,365

おいてけぼりΩは巣作りしたい〜αとΩのすれ違い政略結婚〜

BL / 完結 24h.ポイント:22,756pt お気に入り:2,685

囚われ王子の幸福な再婚

BL / 連載中 24h.ポイント:2,308pt お気に入り:149

近衛騎士は王子との婚約を解消した令嬢を元気付けたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,272pt お気に入り:453

処理中です...