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第二章 留学生
10 卵焼き事件
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もうすぐ狩猟実習がある。上級生の行事だ。
馬に乗って狩猟犬に指示を出し、弓矢で狐や鳥を狩る。いかにも貴族の嗜みって感じ。
もちろん、乙女ゲーでもイベント扱いだ。
アメリちゃんの射落とした鳥を、攻略キャラの犬が間違って咥えちゃったことがきっかけで、最終的に好感度が上がるという、よくある話。
ここでは、プレイヤーが進めているルートの相手が絡んでくる。
逆ハールートの場合は、どうだったかな。王子とディディエくんとは一緒に行動するとして、学年の違うリュシアンが出てきたかどうか、思い出せない。記憶にないってことは、いなかったのかも。
贔屓のクレマン先生が出てきたことは、覚えている。イベントのシナリオも、単独ルートと違っていたような気がする。
どうせ、今のわたしには関係ないか、と思ったら、そうでもなかった。
ディディエくんに、お弁当を差し入れしないといけないのだった。しかも手作り。
何で?
乙女ゲームじゃ、そんな話は出てこなかったわよ。
ノブリージュ学園では、野外授業があると、婚約者同士で手作り弁当を贈り合う慣習があるみたい。
家庭科みたいな授業もあるから、その実践も兼ねているってことかな。
そう言えば、オリエンテーリングの行事では、ディディエくんがお弁当を差し入れてくれた。そういうことだったのね。
本当に、自分で作ったと聞いて、もの凄く感激したのを覚えている。お返しするいい機会よね。
前世では、お母さんと二人暮らしだった。小学生の頃から、包丁握って料理をしていた。家庭料理なら、一通りできる。
問題は、お弁当のメニューと、それから作る場所ね。
今のわたしは背が低くて、きっと調理台が高すぎる。踏み台を使っても、あちこち動く度に踏み台を動かすとなると、不衛生だし効率も悪い。ベンチでも借りようかしら。
そうそう、材料も買いに行かなくちゃ。
ロタリンギアでは普通に売っていても、メロデウェルでは手に入りにくい品物が、あるかもしれない。
「うちの調理場を使いなさい。ディディエも当日、屋敷から出発するわ。お弁当を渡してすぐうちの馬車で送らせれば、貴女の授業にも間に合うでしょう」
悩んでいると、サンドリーヌが声を掛けてくれた。
材料も自由に使えて、踏み台にも、召使いを一人付けてくれるという。
「ありがとうございます」
素直に頼ることにした。何て気の利く悪役令嬢。
さて、キッチンと買い物の心配がなくなったところで、メニューを考えよう。
弁当と言えば、唐揚げ、タコさんウィンナー、卵焼きが定番よ。腸詰なら我がロタリンギア王国が誇る伝統的な品が沢山ある。何種類か、取り寄せてもらおう。
タコの形にはしないけれど。
ニワトリの卵は、メロデウェルでも普通の食材だ。鶏の唐揚げは、下味に醤油が使えないから、塩とハーブで味付け。
そういえば、ここの主食はパンだったわ。ハーブ味なら、パンでもいける。
パンは自力で作らなくてもいいのよね?
こうして強引に得意料理でメニューを作って、サンドリーヌを通してヴェルマンドワ家の調理場に伝えてもらった。
家が遠い生徒のために、学園でも調理場を貸してくれる。厨房スタッフがついて、基本的な材料も出してくれる。
材料費は、後日家の方に請求されるみたいだ。珍しい食材は、前もって注文するか、家から送って貰う。
何だか、調理実習みたいで、それも楽しそう。
ただ学園の調理場だと、調理器具も他の人と共用になる。思うように作れないかもしれない、とサンドリーヌが言っていた。それもそうだわ。
いよいよ狩猟実習の前日。わたしは外泊許可を貰い、授業が終わるとすぐに、ヘルミーネと共にヴェルマンドワの屋敷へ送られた。
ディディエくんとサンドリーヌも一緒。野外実習は現地集合だから、家が近い生徒は自力で行くのだ。もちろん、自前の馬車でね。
家が遠い生徒は、学園の馬車で当日送迎してくれる。わたしもオリエンテーリングの時は、学園の馬車に乗った。
あれはあれで、学校遠足みたいで楽しかった。
夕食もヴェルマンドワ家でご馳走になった。珍しく、お義父様がご在宅で、食卓を共にできた。
至福。まさにご馳走様ですっ!
見過ぎないように頑張ったわ。お義母様の目もあるし、今はディディエくんの婚約者だし。
次の日は、夜明け前から調理場を使わせてもらった。事前に頼んだソーセージも届いている。
前もってサンドリーヌが指示してくれたのか、調理に必要な器具や、調味料なんかもわかりやすく用意してあって、予想より早く仕上がった。
少し離れたところで、サンドリーヌも料理していた。何だか大鍋を覗き込んで魔女っぽい。
シャルル王子とお弁当を交換する約束をしているとか。じゃあ、アメリちゃんはリュシアンにお弁当あげるのかも。ゲームイベントに弁当絡んでいなかったから、展開は読めない。
よく考えてみれば、揚げ物に使う大量の食用油、香辛料、調味料も、貴族だから用意できる高価なものだった。うっかり前世と同じ感覚で使ってしまった。
大貴族であるヴェルマンドワ家でも、料理人達がちょっと引いていたのに後から気付いたわ。次回があったら、もうちょっと節約志向のレシピを考えよう。
お弁当を渡し、サンドリーヌと出発するディディエくんを見送った後、別の馬車を仕立てて学園まで送ってもらった。
貴族だからって、そう何両も馬車を持てる家はないのに、さすがは宰相のお家だわ。
学園で授業を受けて一日過ごした後、夕食の席でディディエくんと再会した。
またもアメリちゃんを中心に、シャルル王子とリュシアンも一緒にいるじゃないの。
美麗スチルいただきました。
惜しいことに、隠しキャラのクレマン先生はいなかった。そして、王子の婚約者であるサンドリーヌも。残念だけど、彼女は、この場にいない方が平和なんだよね。
「あっ子ブ‥‥ローザちゃんだっけ? こっちこっち」
アメリちゃんは不機嫌そうだったけれど、わたしの顔を見た途端に、笑顔で手招きしてくれた。
ヒロインに愛称呼びされた! 嬉しい。しかも、まん前の特等席が空いていた。
「ロザモンド、お弁当美味しかった。ありがとう」
席へ着くと、ディディエくんが微笑みかけてくれた。
「サンドリーヌの弁当も美味だったぞ。味見させただろう?」
シャルル王子が口を挟む。こっちも無事に食べたみたい。
「どんなメニューだったのですか?」
「うむ。塩漬け豚肉の塊を煮込んだものと、チーズを牛挽肉で包んだものと、鶏肉をオレンジジャムで煮込んだものだった」
ん? ロタリンギア料理みたいなのが、あったわ。わたしとメニューが被らないようにしたのかな。
「お肉ばかりでは栄養が偏りますわ。私の作ったお弁当も、味見してくださればよかったのに」
アメリちゃんが言う。攻略対象に弁当あげ損ねたのね。じゃあ、リュシアンは?
「たまにしか食べられないなら、好きな食べ物がいいよな。フローも好物ばかりで作ってくれたぞ」
ちゃんとフロランス=ポワチエが届けたみたい。確か、ポワチエ家は学園の近くにも屋敷があるって、どこかで聞いた覚えがあるわ。
というか、リュシアンのヒロイン好感度が下がっているような気が?
「ところで、ロザモンドちゃん」
アメリちゃんが、グッと身を乗り出してきた。夕食のパンをぱくついていたわたしは、急いで飲み込む。
「オムレツの形が独特だったのだけれど、あれはあなたのオリジナル?」
やばっ。むせるか詰まる! 慌てて水を飲む。
「変でしたか? ロタリンギアの実家では、いつもあのようにして作っておりました。そういえば、メロデウェルでは、違った形で供されますね。結婚までには、こちらの作り方も覚えたいです」
「嬉しいなロザモンド。楽しみにしているね」
ディディエくんに微笑みかけながら、内心冷や汗。
アメリちゃんに疑われている。卵焼きはほぼ日本式で作った。砂糖代わりに蜂蜜まで入れちゃったよ。
やっぱり、敵視されている?
そんなあ~。
でも、ヒロインが逆ハーかディディエルートを目指すなら、どうしたってわたしが邪魔になるのよね。
婚約諦めるから、断罪は勘弁してって頼んだら、仲良くなれるかしら。
そもそもわたし、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』で見覚えのないキャラだし。
転生ヒロインが、協力してくれる保証もないのよね。ここはサンドリーヌが言っていた通り、打ち明けない方がいいわ。
ディディエくんから、わたしの情報が漏れないといいのだけれど。
どうにも気になって、週末を使って、サンドリーヌに相談することにした。
当日迎えに来た馬車には、ディディエくんも乗っていた。それぞれ従者を連れているので、総勢六人の団体様である。
ヴェルマンドワ家は大きめの馬車を仕立ててくれていた。相変わらず大貴族の威勢を感じるわ。
連れて行かれた先は、瀟洒な一軒家のレストランだった。個室に案内される。
ヘルミーネ達のテーブルも別に設えてあった。コース料理じゃなくて、先に全部並べて後は追加の時だけ呼んでね、というスタイルだった。
貴族向けには珍しい。
「それで、心配事って何かしら?」
給仕が下がる早々、サンドリーヌが尋ねつつ、ヘルミーネより先に、ディディエくんとわたしの皿に料理を取り分けていく。前世のお母さんみたいだ。
「こちらで勝手にするから、あなた方はまず、自分の食事を済ませてちょうだい」
ヘルミーネとわたしは恐縮する。でもジュリーとトビは、慣れているみたい。
わたしは、卵焼きの件を話した。
「ああ、あのオムレツは前世の料理だったんだね。デザートに丁度良い甘さだったよ。姉様の鶏ガルム甘辛焼を思い出した。あれもまた食べたいなあ」
ディディエくんが、うっとりと思い出を反芻する。
「私も見たわ。あのオムレツは、どんな風に作ったの?」
話を引き戻すサンドリーヌ。
小さい底浅鍋があったから、卵液を流して端に寄せてくるくる巻くのを二、三回繰り返しただけ。
オムレツと大差ないと思うんだけれどなあ。出汁も使っていないし。
「この間くださった、切り株お菓子のような感じね」
お詫び用菓子のバームクーヘンのことね。くるくる巻くところは、似ている。
「今後聞かれた際には、それを引き合いに出すのが良いでしょう。ロザモンド様は、とても上手にお答えなさったわ。ご実家の料理人が考案したかもしれない、と考える余地が残るもの」
「アメリ嬢に前世の記憶があることを知られても、何にも悪いことは起きないと思う」
ディディエくんが無邪気に言う。フラグですかっ。
「ディディ。デュモンド嬢に知られたら、あなたが漏らしたと思うわよ」
「この間、リュシアン殿も、ロザモンドが転生者だって話していたでしょう」
「リュシアンの方は心配ない。あの後、色々手を打ったから」
何をしたのかしら。
不敵に微笑むサンドリーヌを見ると、やっぱり悪役令嬢だと思う。ヒロイン側にいたかったけれど、今の立場では無理そう。
馬に乗って狩猟犬に指示を出し、弓矢で狐や鳥を狩る。いかにも貴族の嗜みって感じ。
もちろん、乙女ゲーでもイベント扱いだ。
アメリちゃんの射落とした鳥を、攻略キャラの犬が間違って咥えちゃったことがきっかけで、最終的に好感度が上がるという、よくある話。
ここでは、プレイヤーが進めているルートの相手が絡んでくる。
逆ハールートの場合は、どうだったかな。王子とディディエくんとは一緒に行動するとして、学年の違うリュシアンが出てきたかどうか、思い出せない。記憶にないってことは、いなかったのかも。
贔屓のクレマン先生が出てきたことは、覚えている。イベントのシナリオも、単独ルートと違っていたような気がする。
どうせ、今のわたしには関係ないか、と思ったら、そうでもなかった。
ディディエくんに、お弁当を差し入れしないといけないのだった。しかも手作り。
何で?
乙女ゲームじゃ、そんな話は出てこなかったわよ。
ノブリージュ学園では、野外授業があると、婚約者同士で手作り弁当を贈り合う慣習があるみたい。
家庭科みたいな授業もあるから、その実践も兼ねているってことかな。
そう言えば、オリエンテーリングの行事では、ディディエくんがお弁当を差し入れてくれた。そういうことだったのね。
本当に、自分で作ったと聞いて、もの凄く感激したのを覚えている。お返しするいい機会よね。
前世では、お母さんと二人暮らしだった。小学生の頃から、包丁握って料理をしていた。家庭料理なら、一通りできる。
問題は、お弁当のメニューと、それから作る場所ね。
今のわたしは背が低くて、きっと調理台が高すぎる。踏み台を使っても、あちこち動く度に踏み台を動かすとなると、不衛生だし効率も悪い。ベンチでも借りようかしら。
そうそう、材料も買いに行かなくちゃ。
ロタリンギアでは普通に売っていても、メロデウェルでは手に入りにくい品物が、あるかもしれない。
「うちの調理場を使いなさい。ディディエも当日、屋敷から出発するわ。お弁当を渡してすぐうちの馬車で送らせれば、貴女の授業にも間に合うでしょう」
悩んでいると、サンドリーヌが声を掛けてくれた。
材料も自由に使えて、踏み台にも、召使いを一人付けてくれるという。
「ありがとうございます」
素直に頼ることにした。何て気の利く悪役令嬢。
さて、キッチンと買い物の心配がなくなったところで、メニューを考えよう。
弁当と言えば、唐揚げ、タコさんウィンナー、卵焼きが定番よ。腸詰なら我がロタリンギア王国が誇る伝統的な品が沢山ある。何種類か、取り寄せてもらおう。
タコの形にはしないけれど。
ニワトリの卵は、メロデウェルでも普通の食材だ。鶏の唐揚げは、下味に醤油が使えないから、塩とハーブで味付け。
そういえば、ここの主食はパンだったわ。ハーブ味なら、パンでもいける。
パンは自力で作らなくてもいいのよね?
こうして強引に得意料理でメニューを作って、サンドリーヌを通してヴェルマンドワ家の調理場に伝えてもらった。
家が遠い生徒のために、学園でも調理場を貸してくれる。厨房スタッフがついて、基本的な材料も出してくれる。
材料費は、後日家の方に請求されるみたいだ。珍しい食材は、前もって注文するか、家から送って貰う。
何だか、調理実習みたいで、それも楽しそう。
ただ学園の調理場だと、調理器具も他の人と共用になる。思うように作れないかもしれない、とサンドリーヌが言っていた。それもそうだわ。
いよいよ狩猟実習の前日。わたしは外泊許可を貰い、授業が終わるとすぐに、ヘルミーネと共にヴェルマンドワの屋敷へ送られた。
ディディエくんとサンドリーヌも一緒。野外実習は現地集合だから、家が近い生徒は自力で行くのだ。もちろん、自前の馬車でね。
家が遠い生徒は、学園の馬車で当日送迎してくれる。わたしもオリエンテーリングの時は、学園の馬車に乗った。
あれはあれで、学校遠足みたいで楽しかった。
夕食もヴェルマンドワ家でご馳走になった。珍しく、お義父様がご在宅で、食卓を共にできた。
至福。まさにご馳走様ですっ!
見過ぎないように頑張ったわ。お義母様の目もあるし、今はディディエくんの婚約者だし。
次の日は、夜明け前から調理場を使わせてもらった。事前に頼んだソーセージも届いている。
前もってサンドリーヌが指示してくれたのか、調理に必要な器具や、調味料なんかもわかりやすく用意してあって、予想より早く仕上がった。
少し離れたところで、サンドリーヌも料理していた。何だか大鍋を覗き込んで魔女っぽい。
シャルル王子とお弁当を交換する約束をしているとか。じゃあ、アメリちゃんはリュシアンにお弁当あげるのかも。ゲームイベントに弁当絡んでいなかったから、展開は読めない。
よく考えてみれば、揚げ物に使う大量の食用油、香辛料、調味料も、貴族だから用意できる高価なものだった。うっかり前世と同じ感覚で使ってしまった。
大貴族であるヴェルマンドワ家でも、料理人達がちょっと引いていたのに後から気付いたわ。次回があったら、もうちょっと節約志向のレシピを考えよう。
お弁当を渡し、サンドリーヌと出発するディディエくんを見送った後、別の馬車を仕立てて学園まで送ってもらった。
貴族だからって、そう何両も馬車を持てる家はないのに、さすがは宰相のお家だわ。
学園で授業を受けて一日過ごした後、夕食の席でディディエくんと再会した。
またもアメリちゃんを中心に、シャルル王子とリュシアンも一緒にいるじゃないの。
美麗スチルいただきました。
惜しいことに、隠しキャラのクレマン先生はいなかった。そして、王子の婚約者であるサンドリーヌも。残念だけど、彼女は、この場にいない方が平和なんだよね。
「あっ子ブ‥‥ローザちゃんだっけ? こっちこっち」
アメリちゃんは不機嫌そうだったけれど、わたしの顔を見た途端に、笑顔で手招きしてくれた。
ヒロインに愛称呼びされた! 嬉しい。しかも、まん前の特等席が空いていた。
「ロザモンド、お弁当美味しかった。ありがとう」
席へ着くと、ディディエくんが微笑みかけてくれた。
「サンドリーヌの弁当も美味だったぞ。味見させただろう?」
シャルル王子が口を挟む。こっちも無事に食べたみたい。
「どんなメニューだったのですか?」
「うむ。塩漬け豚肉の塊を煮込んだものと、チーズを牛挽肉で包んだものと、鶏肉をオレンジジャムで煮込んだものだった」
ん? ロタリンギア料理みたいなのが、あったわ。わたしとメニューが被らないようにしたのかな。
「お肉ばかりでは栄養が偏りますわ。私の作ったお弁当も、味見してくださればよかったのに」
アメリちゃんが言う。攻略対象に弁当あげ損ねたのね。じゃあ、リュシアンは?
「たまにしか食べられないなら、好きな食べ物がいいよな。フローも好物ばかりで作ってくれたぞ」
ちゃんとフロランス=ポワチエが届けたみたい。確か、ポワチエ家は学園の近くにも屋敷があるって、どこかで聞いた覚えがあるわ。
というか、リュシアンのヒロイン好感度が下がっているような気が?
「ところで、ロザモンドちゃん」
アメリちゃんが、グッと身を乗り出してきた。夕食のパンをぱくついていたわたしは、急いで飲み込む。
「オムレツの形が独特だったのだけれど、あれはあなたのオリジナル?」
やばっ。むせるか詰まる! 慌てて水を飲む。
「変でしたか? ロタリンギアの実家では、いつもあのようにして作っておりました。そういえば、メロデウェルでは、違った形で供されますね。結婚までには、こちらの作り方も覚えたいです」
「嬉しいなロザモンド。楽しみにしているね」
ディディエくんに微笑みかけながら、内心冷や汗。
アメリちゃんに疑われている。卵焼きはほぼ日本式で作った。砂糖代わりに蜂蜜まで入れちゃったよ。
やっぱり、敵視されている?
そんなあ~。
でも、ヒロインが逆ハーかディディエルートを目指すなら、どうしたってわたしが邪魔になるのよね。
婚約諦めるから、断罪は勘弁してって頼んだら、仲良くなれるかしら。
そもそもわたし、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』で見覚えのないキャラだし。
転生ヒロインが、協力してくれる保証もないのよね。ここはサンドリーヌが言っていた通り、打ち明けない方がいいわ。
ディディエくんから、わたしの情報が漏れないといいのだけれど。
どうにも気になって、週末を使って、サンドリーヌに相談することにした。
当日迎えに来た馬車には、ディディエくんも乗っていた。それぞれ従者を連れているので、総勢六人の団体様である。
ヴェルマンドワ家は大きめの馬車を仕立ててくれていた。相変わらず大貴族の威勢を感じるわ。
連れて行かれた先は、瀟洒な一軒家のレストランだった。個室に案内される。
ヘルミーネ達のテーブルも別に設えてあった。コース料理じゃなくて、先に全部並べて後は追加の時だけ呼んでね、というスタイルだった。
貴族向けには珍しい。
「それで、心配事って何かしら?」
給仕が下がる早々、サンドリーヌが尋ねつつ、ヘルミーネより先に、ディディエくんとわたしの皿に料理を取り分けていく。前世のお母さんみたいだ。
「こちらで勝手にするから、あなた方はまず、自分の食事を済ませてちょうだい」
ヘルミーネとわたしは恐縮する。でもジュリーとトビは、慣れているみたい。
わたしは、卵焼きの件を話した。
「ああ、あのオムレツは前世の料理だったんだね。デザートに丁度良い甘さだったよ。姉様の鶏ガルム甘辛焼を思い出した。あれもまた食べたいなあ」
ディディエくんが、うっとりと思い出を反芻する。
「私も見たわ。あのオムレツは、どんな風に作ったの?」
話を引き戻すサンドリーヌ。
小さい底浅鍋があったから、卵液を流して端に寄せてくるくる巻くのを二、三回繰り返しただけ。
オムレツと大差ないと思うんだけれどなあ。出汁も使っていないし。
「この間くださった、切り株お菓子のような感じね」
お詫び用菓子のバームクーヘンのことね。くるくる巻くところは、似ている。
「今後聞かれた際には、それを引き合いに出すのが良いでしょう。ロザモンド様は、とても上手にお答えなさったわ。ご実家の料理人が考案したかもしれない、と考える余地が残るもの」
「アメリ嬢に前世の記憶があることを知られても、何にも悪いことは起きないと思う」
ディディエくんが無邪気に言う。フラグですかっ。
「ディディ。デュモンド嬢に知られたら、あなたが漏らしたと思うわよ」
「この間、リュシアン殿も、ロザモンドが転生者だって話していたでしょう」
「リュシアンの方は心配ない。あの後、色々手を打ったから」
何をしたのかしら。
不敵に微笑むサンドリーヌを見ると、やっぱり悪役令嬢だと思う。ヒロイン側にいたかったけれど、今の立場では無理そう。
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