【本編完結】黒歴史の初恋から逃げられない

ゆきりんご

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1話:バレーボール部への招待

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 さよならしたはずの初恋は、しかし志悠を追いかけてくる。
 入学式翌日の朝。志悠は当たり障りのない距離感で挨拶を返しながら、すました顔で席に着いた。間違っても美也のいる隣の教室に入ったりしてはいけないし、志悠がそんな間違いをすることはなかった。ただ、人気者でコミュニケーション力の高い美也が志悠の教室に入ってくることは志悠には避けがたい事態だった。

「おはよう、志悠」

 他の人には挨拶を返しているのに美也にだけ返さないのは不自然だ。コンマ2秒でそんなことを考え、教室のがやがやとした声に紛れるような小ささで返した。

「聞こえねー」

 ずいっと近づく顔。あろうことか美也はしゃがみ込んで、椅子に座っている志悠に顔を近づけたのだった。

「俺のこと、嫌いになったのかよ」
「別に」
「前はもっと仲良かったじゃねぇか。なんで避けんだよ」
「いつの話だ」

 仲良くしてたのなんて幼稚園の時だけだ。小学校でクラスが離れてからはずっと違う世界を生きてきた。趣味嗜好の何もかもが違うだろうし、美也が今なににハマっていて、どんな世界を見ているのかなんて志悠にはとんと分からない。それは多分美也にとってもそうであるはずだった。今更近づいたところで何を話すというのか。
 なぜ美也が距離を詰めてくるのか。勉強ができる志悠でも、その理由は分からない。

「なに、美也のダチ?」

 ただ普通に話しているだけなのに、わらわらと人が集まってくる。美也のいる場所には人が集まる。ドクターフィッシュのいる水槽に手を突っ込んだときのように。

「一方通行だけど」
「それ、ダチって言わねーよ。え、代表挨拶してた丸山じゃん。美也とは合わなそー」

 名も知らない男子が志悠に声をかけてきた。中学は別だった人だ。もう美也は別の中学だった人とも距離を詰めていることに志悠は驚きもしたが、同時に納得もした。

「僕もそう思う」

 志悠が答えると、その男子は笑った。

「美也の中学時代って、ずっとバレーボール漬けだったんだろ。よくこの高校入れたよな」
「気合いで頑張った」

 美也が近くにいるせいで、志悠まで人に囲まれる。志悠は大勢の人とやりとりするのは苦手だった。逃げ出したい。今すぐこの席を立って人のいないところへ行きたい。でもそれは「普通」の人がやることじゃない。志悠は「普通」の人でありたかったし、そうであるために努めているつもりだった。

「なんでこんなバレーボール部が強いわけでもない高校になんか入ったの」
「志悠の母さんから聞いたんだよ。志悠がここを受けるって」
「は、」
「一方通行にもほどがあるだろ。丸山、固まってるぜ」

 志悠は困惑していた。

「スカウトとかなかったの」
「ないない。そんな優しい世界じゃないって」
「スポーツ推薦は?」
「怪我したら奨学金が無くなる制度なんて怖くて使えねーよ」

 東北大会まで勝ち進んだチームのエースが? 最優秀選手賞もかっさらっていたのに? 疑問が志悠の心の中で渦巻いた。

「……プロ選手になるんじゃなかったの」

 志悠はようやく口を開いた。プロのバレーボール選手になる。それが美也の夢であるはずだった。

「スカウトがきたらそのまま目指してたけどな。なんも無かったから。そんでプロ選手は諦めて、理学療法士かスポーツインストラクターにでもなろうかと思ってるとこ。志悠は何を目指してるんだ。昔はなんだっけ、警察官だったか」

 国民的名探偵漫画の影響を受けて、そんな夢を思い描いていたこともあった。志悠自身忘れかけていた幼い時の夢を、よくもまあ美也は覚えているものだ。

「今は違う」
「何になりたいの」
「教えない」
「けちだな。うわ、そろそろ教室戻らねえと。じゃあな」
 予鈴が鳴って、美也はそのでかい図体を起こした。

 五、六人ほどの取り巻きたちを引き連れた御一行様がいなくなった教室は、嘘のように静かになった。クラスメイトの視線が刺さるようで痛い。気のせいかもしれない。

「あー、志悠!」

 殻に閉じこもろうとしていた志悠はびくりと肩を震わせた。教室の出入り口の境で美也が大きな声で話しかけてきやがった。一体なんなんだ。

「志悠さ、バレーボール部のマネージャーやらねえ?」
「は、」
「放課後、迎えにくる」

 志悠の返事も聞かずに、美也は今度こそいなくなってしまった。
 授業と授業の合間――というほどまだまともな授業は始まっていなかったが――、自己紹介で江永玲吏えながれいりと名乗ったクラスメイトが、志悠のもとにやってきた。

「江永君だっけ」
「あたり。江永でいいよ」
「何か用?」
「僕たちさ、仲良くできると思って」
「高校生にもなって仲良しこよしごっこするつもりないんだけど」
「わあ冷たい。人脈は大事だよ」
「なにを根拠に仲良くできると思ったの」
「同じだと思って」
「同じ?」

 江永はこそこそと耳打ちした。

「丸山は浜辺のこと好きなんでしょ。僕、バイなんだ」
「な、」

 志悠は顔を真っ赤にして江永を見た。腕で顔を覆ったが、耳まで赤くなっていることを江永は見逃さなかった。飄々としている江永は、志悠の反応を面白がっている節がある。

「ま、今は同じ中学だった他校の女子と付き合ってるんだけど。好きってこと、否定しないんだ」
「好きじゃない」
「否定が遅い。素直になりなって。ツンデレなんて現実では受けないよ」
「好きじゃないんだって」
「はいはい。そういうことにしておく。朝のやり取り見てたんだけどさ、脈ありなんじゃないの」
「ない。美也は異性愛者だから。彼女、コロコロ変わるし」
「それは辛いね」
「別に」
「ま、そういうことだからさ。仲良くしようよ。風邪で休んだらお互いに助けられる人が必要だ」
「それを江永は友達と呼ぶんだ」
「ギブアンドテイクだよ」

 志悠にしてみれば、それは単に都合の良い相手としか思えなかった。ただ、志悠は小中を通して友達と呼べる人がいなかったために、そういう考えもあるのだろうなと飲み込むことにした。
 二人は連絡先を交換した。志悠にとって、母に次ぐ二件目の連絡先だ。増えると思っていなかったその連絡先を志悠はじっと眺めた。
 放課後、宣言どおり美也は志悠のクラスにやってきた。朝と違って、取り巻きたちはいない。

「行くなんて言ってないんだけど。それに今日は体育がなかったから、ジャージなんて持って来てないし」
「まあまあ、そう言わずにさ。この学校の男子バレーボール部のマネージャーが三年生一人しかいないらしいんだ。誰か探してくれって言われててさ」
「朝一緒にいた人たちの誰かじゃだめなの」
「あー、あいつらはもうそれぞれ入る部活決めてるやつばっかだから。バレーボールのこと知ってるやつもいねえし。その点、志悠は入る部活決めてないし、バレーボールについても漫画で読んでて知ってるし」
「なんで知ってんの」
「志悠の母さんから聞いた」
「いつそんなに話す暇があったのさ。母さんから聞いたこと全部吐いて」
「もうこれ以上ねえよ。な、だめか?」

 美也はお手上げの姿勢を取った。

「勉強に集中したいんだ。部活には入らない」
「見るだけでも」

 これまで「良い子」で生きてきた志悠は、頼み事をされると弱かった。それが好いている相手ならば、なおさらのこと。

「……あー、もう仕方ないな」

 喜色満面の表情を浮かべる美也の顔を見ると、志悠も悪い気はしなかった。

「あとこのクラスだと……江永!」
「そんな大きい声で呼ばなくても聞こえてる。原中はらちゅうの主将さん」
「元、な」
「江永もバレーボール部だったんだね」
「そうそう。二、三年の時は怪我でほとんど出られなかったけど」
「一年でレギュラーだったから楽しみにしてたんだけどな。志悠、こいつのポジションどこだと思う」
「セッター」

 志悠は悩む素振りもなく即答した。

「うわ、ノーヒントで当てやがった」
「ぽいもん」
「俺はどこだと思う」
「ウィングスパイカーかオポジット。攻撃特化のイメージがあるから」
「一つに絞って当てろよ……まあ正解にしてやるか。ウィングスパイカーだ。なんだよ、普通に詳しいじゃねぇか。あの漫画、最後の方までオポジット出てこねぇし、説明もなかっただろ」

 藪蛇だった。もうちょっと知らないふりをすればよかったと志悠は後悔した。
 第二体育館に着くと、既にネットが張られていた。志悠にとって体育会系の部活の練習風景を直に見るのは初めてのことで、目新しさに辺りをきょろきょろしてしまう。
 薄幸そうな人物が声をかけてきた。怪我をしているのか、左腕には包帯を巻いている。線の細さに親近感を覚えながらも、体育会系らしさのない人だなと志悠は思った。

「入部希望者かな」
「俺とこいつは選手で、こいつはマネージャーです」
「すいません。今日急に声をかけられたもので、制服のままなんですけど」
「そうなんだ。まあ、マネージャーなら選手ほど動かないから今日はそのままでもいいよ」

 その人物は、志悠たち三人を見るのに随分と首を動かしていた。その不自然さは、カメラが動く対象を追うような動きを思わせる。

じゅん、新入生来た。しかも一人はマネ希望」

 淳と呼ばれた人物が、のっそりと姿を現した。志悠は、どうやらこの人が主将らしいと察しを付けた。

「良かったな智紀とものり。後継ぎを探し回るはめにならなくて」
「本当にね。こいつは主将の古川淳ふるかわじゅん。俺は芹沢智紀せりざわとものり。男バレ唯一のマネージャー」

 古川は主将なだけあり、がっしりした体格で、高校生とは思えぬ悠然とした佇まいだ。かなり短く切りそろえられた短髪で、野球部と言われたほうがしっくりくる。

「集合!」

 古川の一声で人がぞろぞろと集まった。
 それぞれに自己紹介をしていく。

「浜辺って、もしかして原中の浜辺か? 最優秀選手賞取ったって言う?」

 二年の弦巻が、「浜辺」の名前を聞いてピンときたらしく、手を打った。

「そっす。でも勉強頑張りたかったんでここに来ました」
「真面目君かよ」
「志悠の方が真面目っすよ。新入生代表で特進クラスなんすよ」
「参謀系マネージャーじゃん。期待してるぜ。にしても浜辺はもったいねぇな、こんなとこにくるなんて。俺らじゃ、宝の持ち腐れになるぜ」

 こんなとこ、というのは強豪校でない、という意味のほかのことも含んでいた。三年生は古川と芹沢を含めて四人、二年生は三人のみだった。マネージャーの芹沢を除けば、辛うじてチームを組める部員数しかいない。このままでは存続が危ぶまれる。

「漫画を読んで、バレーボール部入りたいって人はいないんすか」

 美也が古川に尋ねた。

「全国的にはそれなりにいるだろうが、この高校の目玉はボート部とヨット部だからな。物珍しさで皆そっちに行っちまうんだ。どっちも毎年全国大会まで進むから、内申点狙いで入るやつも多い」
「そうなんすね」
「つーかあの漫画の世代でもないだろ、俺らは。ちょっと上の世代だろ、アレ。今流行ってるスポーツ漫画といやあサッカーだろ。それに、この高校は十年で生徒数が半分になってる。そうなりゃ部活数も前とおんなじとはいかねぇだろ。何かしら廃部に追い込まれる部活も出てくる。そうならねぇように俺らも踏ん張らねぇとな。まあ、だからいつでも新人は大歓迎だ。お前らも頑張って人を探してくれ。俺らがいなくなったらチームを組めなくなっちまう。長くなっちまったが、この話はここまでだ。練習始めるぞ」

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