【本編完結】黒歴史の初恋から逃げられない

ゆきりんご

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6話:相いれない

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 翌日の部活。三年生からもらったタオルを取り出すと、芹沢から声を掛けられた。

「三年のタオルから使うなんて、ナイス忖度」
「ナイス忖度ってなんですか」
「そのまんまの意味だよ」

 正式なマネージャーとなっても、やることは助っ人として参加していた一週間と大きくは変わらなかった。ただ、以前よりも部員との距離が縮まったようには感じていた。弦巻はムードメーカーらしく、素っ気ない志悠にも積極的に話しかけていた。うまくやり取りができなくても「シャイなんだな」と一人合点して、責め立てることはしなかった。同じマネージャーである芹沢が、深く踏み込んでくるタイプでないのも志悠にとっては楽だった。古川は面倒見がよく、弦巻からよく「父」と呼ばれている。世の中にはこんな良いお父さんもいるんだな、とやり取りを眺めていた。今までなるべく人と関わらないようにしてきた志悠だったが、案外悪くないものだと思い始めていた。美也への気持ちさえバレなければ、人と関わるのも悪くない。結局、悪いのは周りの人でなく自分の気持ちだったのだ。自分の気持ちが余計なものだったのだ。
 水曜日の放課後。一組の隣の空き教室に、志悠、江永、美也の三人が集まった。教室の人はまばらで、美也がいるからといって人に囲まれることもない。存外、集中して勉強ができそうだと志悠は思った。

「じゃ、俺はここね」

 江永が志悠と美也の間の席に座った。

「なんでだよ。俺は志悠に教わるために声かけたのに、江永が隣なのはおかしいだろ」
「いつも分かりやすく避けられてるのにまだ距離を詰めるつもり? 勉強会を断られなかっただけありがたいと思いなよ。ね、志悠」
「え? ああ、うん、そうだね」

 いつもは苗字で呼んでくる江永に急に名前で呼ばれ、志悠は反応が遅れた。

「江永に流されんなよ」
「じゃ、まあそういうことだからこの席順で」

 窓際に志悠、真ん中に江永、通路側に美也の順となった。

「納得いかねぇ……」

 ブツブツ言いつつも美也は席についた。片手には、お昼に買ったらしい焼きそばパンを持っている。美也の手に収まっていると、小さく見えてしまうが、一般的なコッペパンの大きさに、焼きそばがこんもりと盛られているそれは、非常にボリューミーだ。

「美也、それ今から食べるの?」
「ああ。この時間になったら腹が減るだろ。志悠も食うか?」
「いや、結構。食べたくて声をかけたわけじゃない」

 芦崎高校に売店は無いが、食堂と同じ厨房で作られた軽食が売られている。パンや丼もののお弁当のほか、フライドポテト、たこ焼きといった軽食を買うことができる。四時間目が終わると椅子や机にぶつかりながらも教室を飛び出し、先生に怒られることも顧みずに廊下をダッシュする生徒が続出している。志悠はそういった生徒を冷めた目で見ていた。何があんなに彼らの情熱を掻き立てるのか。志悠には心底、不思議であった。
 ガツガツと焼きそばパンに食らいつく美也を志悠はちらちらと見ていた。ただ食事をしているだけなのに、なぜか官能的な何かを感じ取ってしまった志悠は、己を恥じながら視線をそらした。しかしながらやはり気になってまた美也の方を見ると、残りは随分少なくなっていた。およそ五口ほどでボリューミーなそれを全て胃に収めてしまったらしい。

「なんだ? やっぱ食べたかったのか? もう全部食べちまったぞ」
「いや、よく食べるなと思って見てただけ」

 これだけ食べてたらこの背丈にもなるか、と志悠は一人納得した。パンを食べる気分にはならないが、勉強をすれば甘いものを食べたくなる。次からは何かおやつを用意しよう。
 志悠は机の上に、ノートと問題集を広げた。教科は物理だ。高校入試までは満遍なくこなしてきた志悠だったが、高校で始まった物理にだけは苦手意識を拭いきれずにいた。

「江永、物理が本当にまずいから教えて」
「丸山だったら公式さえ覚えればできるよ。丸山は文系に進むんだよね? それなら化学と生物だけ頑張って、物理は定期テストだけ点数取れれば問題なし」
「そういうもんなんだ。詳しいね」
「俺は上がいるから。姉がいるんだよ」
「ロールモデルが身近にいるのはいいね」
「身内のことロールモデルって言い方で表現すんの初めて聞いた」
「江永、俺に世界史を教えろ」
「世界史のテストなんて一問一答しか出ないらしいよ。問題集ひたすら解いて暗記すればなんとかなるでしょ」
「暗記ができたら苦労しねえって」
「浜辺は文系? 理系?」
「理学療法士って理系なのか?」
「医療系なんだから理系でしょ」
「そうなのか」
「そんなんで大丈夫なの?」
「なんとかなるだろ」

 志悠は黙って二人の話を聞いていた。志悠が進む予定でいるのは無論法学部で文系だ。高校では別々の進路になる計画は失敗に終わったが、さすがに大学まで美也と被ることはなさそうだと安心した。

「そういうお前はどうなんだよ」
「なんも決めてない」
「人に口出ししておいてそれはないだろ」
「有益なアドバイスに感謝するべきでしょ」
「あんがとさん。で、お姉さんは何してんだ?」
「身内のプライベート聞かないでくださーい。俺、浜辺にはまだそこまで心開いたつもりないから。あ、志悠はいつでも聞いていいからね」
「気安く志悠を名前で呼ぶな」
「何の権利があって言ってんの?」
「あー、うるせーうるせー。志悠、やっぱこいつ呼んだの間違いだぜ」
「うるさいのは浜辺でしょ。志悠は黙って勉強してんだから」

 志悠は持っていたシャーペンを静かに置いて、二人を見た。

「二人とも、随分と仲が良くなったみたいだね。でも、勉強会なんだから、もう少し静かにしてね」

 二人は顔を見合わせたのち、志悠の方を向いた。「すまん」と美也が謝り、「仲良くなったつもりはないんだけど」と江永は反論した。それから二人は、借りてきた猫のように静かになった。
 二回目の勉強会は、平和裏に始まった。ココナッツサブレを持ってきて、勉強に取り掛かる前にもそもそと食べている志悠を美也はずっと見ていた。

「リスみてぇ」
「み、見てたの? ずっと?」
「あんたはさっさと勉強しろ。理学療法士になるんでしょ」

 江永は美也の頭を机に向かせた。そんなことがあったが、平穏無事にすすみ、美也と江永が口喧嘩することもなく終了した。
 志悠が正式にマネージャーとなってから二週間が過ぎた。
 美也が志悠の教室に来ることはもうすっかりお馴染みのこととなっていた。志悠もいちいち断るのが煩わしくなり、すっかり現状を受け入れてしまっていた。今日も今日とて、志悠のいる教室に入ってきた美也の隣には、見慣れぬ人物が立っていた。美也と並んでも僅かに小さいだけで、ほぼ同じ背丈である。

「見ない顔だね」

 聞いたのは江永だった。

「おう。色んな奴らに声かけまくってようやく体験入部に行っても良いって言ってくれたやつなんだ。俺と同じ三組の工藤朝陽」
「よろしくな! この教室にいるってことは二人とも特進?」
「そうだよ。俺は江永玲吏。セッター」
「あ、知ってる! 司令塔だろ? かっけぇ!」
「もしかして、バレーボールの経験ない?」
「そ! ガチ素人! 中学まではサッカーやってたんだけどさ。この高校、サッカー部ないんだよな」
「人が足りなくて、何年か前に廃部になったらしいね」
「そうなんよ。知らんくてガチへこみしたわ。隣のやつは?」

 急に距離を詰められて、志悠は思わず後ずさった。

「丸山志悠。マネージャーをやってる。よろしく」
「志悠は俺の幼馴染なんだ」
「へー、意外! 丸山って首席で入ったやつだろ? よろしく!」

 朝陽は志悠の背中をばしばしと叩いた。

「志悠を叩くな。折れるだろ。志悠はナイーブだから、お前の距離感で近づいたらすぐ逃げるぞ」
「そーなん? たしかに細くて折れやすそうだもんな。ごめんな」

 そんな折れやすくはないはずだ、と返す間もなく会話が流れていってしまった。
 明るい。明るすぎる。工藤は相いれないタイプだ。美也とタッグになったら、会話のテンポについていけない。志悠は今後のことがさらに心配になった。
 翌日には工藤は正式に部員となり、あっという間になじんだ。まるで最初から部員だったかのように先輩たちともコンタクトを取っている。そのコミュニケーション能力の高さに志悠は舌を巻いた。そしてやはり相いれないな、という気持ちが強まった。
 部活が終わり、片付けをしているところに、工藤の大きな声が志悠の耳に飛び込んできた。

「え、まだ親睦会やってないんすか⁉ やりましょうよ!」
「ははっ、アイツ一番遅く入ってきたのによくやるなあ」

 志悠の隣で、芹沢が苦笑いをしている。工藤は、古川と弦巻を相手に話しているようだった。

「何にします? 焼肉? カラオケ? もたもたしてるとゴールデンウイークに入っちゃうんで、ちゃちゃっと決めちゃいますよ。え、部活のグループラインがない? そんなバカな! みなさ~ん、グループライン作るんで、集まってください!」

 志悠は嘆息した。ここまでのらりくらりと美也との連絡手段を作らずにきたのに、グループラインを作るとなると、それはもう避けられない。
 部員が輪になり、スマホをぽちぽちと操作する姿を志悠は輪の外側で眺めていた。

「ほら、志悠も」

 美也が志悠のもとに寄ってくる。

「丸山はこういうの苦手そうだよね。クラスの親睦会も不参加だったし」

 首席なんだからと誘われたが、用事があるからと言って志悠は断ったのだった。それで一気にクラスメイトからは「勉強ばかりでノリの悪い奴認定」を食らってしまった。入学から三週間が経ち、クラス内で話しかけてくるのは江永だけである。

「俺が盾になるから、丸山も部活の親睦会くらいは参加したら?」
「おい江永、カッコつけてんなよ」
「浜辺も丸山と仲良くしたいんなら、これくらいの甲斐性は必要だと思いまーす」
「江永って、俺にだけあたり強くね?」
「気のせい気のせい」
「ぜってー気のせいじゃねぇ。おら志悠、スマホ寄こせ。登録しといてやる」

 志悠の手からスマホが消えた。美也に取られてしまったのだ。

「あ、ちょっと!」
「うわ、強引」
「なんだよ、甲斐性見せろつったのは江永だろ。ほら志悠。登録しといた」

 返されたスマホには、見たことない数の通知が表示されていた。

「志悠、俺との連絡先は登録してなかったのに江永のは登録してたんだな」

 母と、江永しかなかった連絡先に、部活のグループが加わった。そこにピロン、とまた通知が入る。美也からの友達申請だ。志悠は諦めの境地で追加ボタンをタップした。
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