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12話:苦しい
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部活終わり、志悠は江永から「一緒に帰ろ」と言われた。
「え、ああ」
そっか、付き合ってるんだもんな、と志悠は一人合点した。
「は、急になんだよ。志悠は俺と一緒に帰るんだよ」
「勝手に決めないでくださーい。志悠が誰と帰るかなんてのは志悠が決めることでーす」
「志悠、ほんとにこいつと帰りてぇのか。脅されてねぇか」
「美也は江永のことなんだと思ってんの」
「志悠がそうしたいんなら止めねぇけど、三人で帰ったっていいだろ」
そう言われてしまうと、志悠は何も言い返せなくなってしまった。まさか付き合ってるなどとは言えないし、どうしたものか。志悠は、ちらりと江永に視線を投げた。江永は口が上手いからどうにかごまかしてくれないものか。
「志悠は美也も一緒がいい?」
援護を期待していたが、まさか裏切られるとは。志悠は断れない性格なのだ。そういう聞かれ方をして「いやだ」とは言えなかった。
「……三人で帰ろう」
「志悠は優しいなー」
江永の笑顔が志悠には怖かった。
バス停まで着くと、江永は鞄からココナッツサブレを取り出した。それをぴりぴりと開けると、志悠の口の前に差し出す。
「え、なに」
「おなか空いてるでしょ」
「いや、まあ空いているけど、二人ほどじゃないと思うよ」
「いいからいいから。志悠、これ好きでしょ。よく食べてる」
「よく見てるね」
志悠はすっかり流されて口を開いた。
「餌付けみてぇ」
美也は美也でパンを食べていた。家に帰ればすぐにご飯のはずなのだが、よくもまあ食べるものだ、と志悠は見ていた。
バスが来ると、また大勢の生徒が吸い込まれるようにバスに乗り込む。今日は空いている席がもうなく、三人は立っていた。志悠は美也と江永の間に挟まる形となった。二人とも志悠よりも背が高く、視界が塞がれる。
「江永、ごめん。怒ってる?」
志悠は小声で尋ねた。
「別に。二人だけで帰られるよりは全然マシ」
バスが動き出すと、志悠は前につんのめった。後ろから美也に肩を掴まれて、すんでのところで態勢を立て直した。
「気を付けろよ。俺がおさえといてやる」
美也が志悠の体を寄せて、体を密着させてくる。
「い、いらない」
「いらないって何だよ。志悠は体幹弱いだろ」
あたふたしていると、江永が志悠の方を振り向いた。
「やっぱ怒ってるかも。志悠、席に掴まってなよ」
江永は貼り付けたような笑みで席を指さした。志悠はがしりと席に掴まった。前も後ろも心臓に悪い。
志悠と美也が先にバスを降りた。
「じゃ、また明日」
「志悠、気を付けてね」
江永と別れて歩き出すと、志悠は解放されたような気分になった。
「あいつ、すっかり志悠のこと名前で呼んでんのな」
「うん、まあ仲よくしてくれてるから」
「でも志悠はあいつのこと、名前じゃなくて苗字で呼んでるよな」
「そういうの、慣れてなくって」
「志悠が名前で呼んでんのは俺だけ?」
志悠は一瞬、考える素振りを見せた。考えるまでもなく、名前で呼んでいるのは美也だけだった。
「……そうだね」
美也は得意げに笑った。
「なんで笑うの」
「嬉しいから」
「意味わかんない」
蓋をしている気持ちが、またカタカタと音をたてている。志悠は懸命に気付かないフリをした。苦しい。吐き出せない思いだけが、どんどんと胸の奥に溜まっていく。
家には母がもう帰っていた。
「おかえり」
振り向いた顔はどこか神妙な表情をしていた。
「ただいま」
「志悠、ちょっと話があるの」
「なに」
母はダイニングの椅子に腰を下ろした。
「まあ、疲れてるだろうからお茶でも飲みなさいな」
「疲れてるのは母さんの方でしょ」
「優しい子ね」
母は座ったばかりだったのに、また席を立ってお茶の準備をし始めた。いつもは段取りよく動いている母が珍しい。話とはなんだろう、と志悠は考えていた。新しい父親ができるとか? ありえそうな話だ。
ことり、と目の前に湯気のたっているマグカップが置かれる。
「母さんね……」
「新しい父親?」
「違うわよ」
違うのか、と志悠は胸をなでおろした。
「異動の話がきてて」
「いどう?」
「そう。転勤が必要なの。もちろん、断ることもできるけど」
異動を断る。社会経験のない志悠にも、それが仕事の評価でプラスに働かないだろうことは想像に難くない。
「どこに行くの?」
「行くかどうかはまだ決めてないわよ。志悠と相談して決めるんだから。場所は、札幌」
「もっと北か。良いじゃん。受ければ」
「そう簡単に言うけどね、高校の転校って大変なのよ?」
「勉強が必要なら全然やるし、手続きも僕が進める」
「そういうことを言ってるんじゃないの。……あなたが転校したがってたのは知っているけどね。環境の変化も大きいし、色々と考えないといけないことがあるの。あなたは、部活でマネージャーやってるでしょう?」
「そんなの他に誰でもいるし」
口から出まかせだった。でも辞めるとしたら、後釜を見つけるつもりではいる。志悠は、お茶を飲んだ。母の好きなアールグレイの香りが広がる。
「分かった。志悠は、転勤させたいのね。考えておく。話はそれだけ」
母はまた席を立って、夕飯の支度に取り掛かった。志悠は、母の背中に向かって話しかけた。
「もし転勤するなら、いつくらいになりそう?」
「夏ね。夏休み明け頃って聞いてる」
夏休み明け。それまでなら、代わりのマネージャーを探す余裕は十分にある。なにせ、美也とお近づきになりたい女子はたくさんいるのだ。交友関係の広そうな工藤に手伝ってもらうという手もある。
それよりも問題なのは、一応は付き合い始めたばかりの江永との関係をどうするか、という問題だ。夏休み明けならば、美也には何も告げずに離れることもできる。江永に対してはどうだろう。いつも親切にしてくれている江永に何も言わずに、いなくなってしまっていいものか。付き合いの別れだけを言うべきか。
志悠の心はぐらぐらと大きく揺れていた。
「え、ああ」
そっか、付き合ってるんだもんな、と志悠は一人合点した。
「は、急になんだよ。志悠は俺と一緒に帰るんだよ」
「勝手に決めないでくださーい。志悠が誰と帰るかなんてのは志悠が決めることでーす」
「志悠、ほんとにこいつと帰りてぇのか。脅されてねぇか」
「美也は江永のことなんだと思ってんの」
「志悠がそうしたいんなら止めねぇけど、三人で帰ったっていいだろ」
そう言われてしまうと、志悠は何も言い返せなくなってしまった。まさか付き合ってるなどとは言えないし、どうしたものか。志悠は、ちらりと江永に視線を投げた。江永は口が上手いからどうにかごまかしてくれないものか。
「志悠は美也も一緒がいい?」
援護を期待していたが、まさか裏切られるとは。志悠は断れない性格なのだ。そういう聞かれ方をして「いやだ」とは言えなかった。
「……三人で帰ろう」
「志悠は優しいなー」
江永の笑顔が志悠には怖かった。
バス停まで着くと、江永は鞄からココナッツサブレを取り出した。それをぴりぴりと開けると、志悠の口の前に差し出す。
「え、なに」
「おなか空いてるでしょ」
「いや、まあ空いているけど、二人ほどじゃないと思うよ」
「いいからいいから。志悠、これ好きでしょ。よく食べてる」
「よく見てるね」
志悠はすっかり流されて口を開いた。
「餌付けみてぇ」
美也は美也でパンを食べていた。家に帰ればすぐにご飯のはずなのだが、よくもまあ食べるものだ、と志悠は見ていた。
バスが来ると、また大勢の生徒が吸い込まれるようにバスに乗り込む。今日は空いている席がもうなく、三人は立っていた。志悠は美也と江永の間に挟まる形となった。二人とも志悠よりも背が高く、視界が塞がれる。
「江永、ごめん。怒ってる?」
志悠は小声で尋ねた。
「別に。二人だけで帰られるよりは全然マシ」
バスが動き出すと、志悠は前につんのめった。後ろから美也に肩を掴まれて、すんでのところで態勢を立て直した。
「気を付けろよ。俺がおさえといてやる」
美也が志悠の体を寄せて、体を密着させてくる。
「い、いらない」
「いらないって何だよ。志悠は体幹弱いだろ」
あたふたしていると、江永が志悠の方を振り向いた。
「やっぱ怒ってるかも。志悠、席に掴まってなよ」
江永は貼り付けたような笑みで席を指さした。志悠はがしりと席に掴まった。前も後ろも心臓に悪い。
志悠と美也が先にバスを降りた。
「じゃ、また明日」
「志悠、気を付けてね」
江永と別れて歩き出すと、志悠は解放されたような気分になった。
「あいつ、すっかり志悠のこと名前で呼んでんのな」
「うん、まあ仲よくしてくれてるから」
「でも志悠はあいつのこと、名前じゃなくて苗字で呼んでるよな」
「そういうの、慣れてなくって」
「志悠が名前で呼んでんのは俺だけ?」
志悠は一瞬、考える素振りを見せた。考えるまでもなく、名前で呼んでいるのは美也だけだった。
「……そうだね」
美也は得意げに笑った。
「なんで笑うの」
「嬉しいから」
「意味わかんない」
蓋をしている気持ちが、またカタカタと音をたてている。志悠は懸命に気付かないフリをした。苦しい。吐き出せない思いだけが、どんどんと胸の奥に溜まっていく。
家には母がもう帰っていた。
「おかえり」
振り向いた顔はどこか神妙な表情をしていた。
「ただいま」
「志悠、ちょっと話があるの」
「なに」
母はダイニングの椅子に腰を下ろした。
「まあ、疲れてるだろうからお茶でも飲みなさいな」
「疲れてるのは母さんの方でしょ」
「優しい子ね」
母は座ったばかりだったのに、また席を立ってお茶の準備をし始めた。いつもは段取りよく動いている母が珍しい。話とはなんだろう、と志悠は考えていた。新しい父親ができるとか? ありえそうな話だ。
ことり、と目の前に湯気のたっているマグカップが置かれる。
「母さんね……」
「新しい父親?」
「違うわよ」
違うのか、と志悠は胸をなでおろした。
「異動の話がきてて」
「いどう?」
「そう。転勤が必要なの。もちろん、断ることもできるけど」
異動を断る。社会経験のない志悠にも、それが仕事の評価でプラスに働かないだろうことは想像に難くない。
「どこに行くの?」
「行くかどうかはまだ決めてないわよ。志悠と相談して決めるんだから。場所は、札幌」
「もっと北か。良いじゃん。受ければ」
「そう簡単に言うけどね、高校の転校って大変なのよ?」
「勉強が必要なら全然やるし、手続きも僕が進める」
「そういうことを言ってるんじゃないの。……あなたが転校したがってたのは知っているけどね。環境の変化も大きいし、色々と考えないといけないことがあるの。あなたは、部活でマネージャーやってるでしょう?」
「そんなの他に誰でもいるし」
口から出まかせだった。でも辞めるとしたら、後釜を見つけるつもりではいる。志悠は、お茶を飲んだ。母の好きなアールグレイの香りが広がる。
「分かった。志悠は、転勤させたいのね。考えておく。話はそれだけ」
母はまた席を立って、夕飯の支度に取り掛かった。志悠は、母の背中に向かって話しかけた。
「もし転勤するなら、いつくらいになりそう?」
「夏ね。夏休み明け頃って聞いてる」
夏休み明け。それまでなら、代わりのマネージャーを探す余裕は十分にある。なにせ、美也とお近づきになりたい女子はたくさんいるのだ。交友関係の広そうな工藤に手伝ってもらうという手もある。
それよりも問題なのは、一応は付き合い始めたばかりの江永との関係をどうするか、という問題だ。夏休み明けならば、美也には何も告げずに離れることもできる。江永に対してはどうだろう。いつも親切にしてくれている江永に何も言わずに、いなくなってしまっていいものか。付き合いの別れだけを言うべきか。
志悠の心はぐらぐらと大きく揺れていた。
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