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冒険者の試験
第36話 収納魔術師の誇り
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「はあっ、はあっ……」
「……死んだ?」
岩を落とされたボアは地面に倒れたまま動かず、それを見たレノとネコミンは仕留めたかと思った。だが、ボアの身体に纏わりついていた黒霧が晴れると、頭の上に落ちてきた岩を押し退けてボアが起き上がった。
――フゴォオオオッ!!
頭上に岩が衝突したにも関わらずにボアは怪我一つ負ってらず、血走った目でレノを睨みつけた。殺気を感じ取ったレノは背筋が凍り付き、自分の繰り出せる最大の攻撃さえも通じなかった事に絶望した。
収納魔術師であるレノが繰り出せる攻撃は超重量の物体を相手に叩きつけることしかできず、彼の周りにある物の中で先ほど落とした岩よりも大きい物はない。
(や、やばい……殺される!?)
岩を当ててもびくともしないボアにレノは心底恐怖を抱き、今更ながらに逃げようとした。だが、逃げようとするレノに対してボアは凄まじい勢いで突進する。
「フゴォオオオッ!!」
「レノ!!避けて!!」
「うわぁああっ!?」
一気に距離を詰めてきたボアにレノは悲鳴をあげ、それを見たネコミンは声をかける。彼女の言葉を聞いてレノは咄嗟に右手で黒渦を作り出し、その中に腕を突っ込む。
黒渦の反射の力を利用してレノは自分の身体を吹き飛ばし、ボアの突進を寸前のところで回避した。ダガンとの戦闘でも利用した回避方法だが、これによってレノは右手を痛めてしまう。
「うぐぅっ!?」
「フガァッ!?」
いきなり吹き飛んだレノを見てボアは驚愕の声を上げ、一度走り出したら簡単には止まれないのか砂煙を撒き上げながらボアは慌てて止まろうとする。ほんのわずかな時間ではあるがレノはボアから逃れる。
(み、右手が……)
ボアの突進を避けるためとはいえ、レノは右手を負傷してしまう。以前と比べてレノの魔力は大幅に増しており、そのために黒渦の「反発力」も強化されていた。咄嗟の事だったので弾き飛ばす力を上手く制御できず、右手はしばらくは使えそうにない。
イーシャンから貰った回復薬を使えば右手はすぐに治るだろうが、今は悠長に治療する時間はない。ボアはどうにか急停止すると、今度こそレノを仕留めるために駆け出す。
「フゴォオオオッ!!」
「く、来るなっ!?」
「レノ!!」
再び自分に向かってきたボアにレノは逃げようとしたが、そんな彼の元にネコミンが駆けつける。彼女はボアに対して短剣を構え、迎撃の体勢を整えるがそれを見たレノは慌てて止めようとした。
「ネコミン!?駄目だ、早く逃げて!!」
「……友達を置いて逃げられない」
「フゴォオオッ!!」
自分一人ならばネコミンはボアから逃れる事はできるにも関わらず、彼女はレノを守るために短剣を構えた。それを見てレノは自分のせいで彼女が逃げられない事に気付き、何としても彼女だけは守らねばならないと思う。
(弱音を吐いている場合じゃない!!せめてネコミンだけでも……!!)
レノは残された左手に視線を向け、この状況下でボアの突進を防ぐ方法を考えた。片手だけでは作り出せる黒渦の数や規模は限界があり、あまり時間もないので次の攻撃でボアの突進を防げなければ二人とも命はない。
迫りくるボアの姿を見てレノはダガンとの戦闘を思い出す。ダガンもボアのように突進を仕掛けてきた事を思い出し、彼と戦った時のレノは逃げる事しかできなかった。だが、レノはこの数日の特訓で思いついた戦法を試す。
(これしかない!!)
左手に魔力を集中させてレノは黒渦を作り出す準備を行い、この時の彼は掌を拳の形にした。いつもならば黒渦を作り出す時は掌を開いた状態で行っていたが、今回は掌の中に生み出すのではなく、反対側の手の甲の部分に黒渦を生み出す。
「ネコミン!!離れて!!」
「っ!?」
レノはネコミンを後ろに下がらせると左手の甲の部分に作り出した黒渦の規模を拡大化させ、まるで黒渦を「盾」のように構える。盾を扱うダガンを参考に作り出した新しい戦法であり、一か八かの賭けに出た。
「うおおおおっ!!」
「フゴォオオオッ!!」
「レノ!?」
正面から突っ込んできたボアに対してレノは左手を振りかざし、裏拳を繰り出すようにボアの顔面に放つ。狙うのはボアの鼻頭であり、黒渦を展開した状態で繰り出す。
――左手の黒渦にボアの鼻頭が突っ込んだ瞬間、強烈な衝撃がボアの全身に襲い掛かり、巨体が派手に吹き飛ぶ。その一方でレノの方は裏拳を繰り出した状態で立ち尽くし、彼自身は衝撃を受けずに立ち尽くす。
自分の10倍以上の重量を誇る巨大猪をレノは裏拳で吹き飛ばし、その光景を見ていたネコミンは呆気に取られた。その一方でレノ自身も左手を見つめて呆然とした表情を浮かべる。
「……う、上手くいった」
「レノ……凄い」
自分でも信じられない表情を浮かべてレノは左手を見つめ、改めて収納魔法の凄さを思い知った。そして自分が大きな勘違いをしていた事に気が付く。
(岩を当てるよりもこっちの方が使いやすくて便利だな……)
これまでレノは収納魔法から繰り出せる最大の攻撃は岩などの重く硬い物体を当てる事しかできないと思っていた。だが、それは大きな間違いで収納魔法の最大の攻撃方法は「弾き飛ばす力」だと思い知る。
黒渦に生身の生物が触れた場合、拒否反応を起こして弾かれてしまう。その弾く際の衝撃力は収納魔術師の魔力量に応じて変化し、今のレノならばボアのような巨体の生物を弾き飛ばせる程の衝撃力を生み出せる。
「ボアは!?」
「……あそこを見て。しばらくは動けそうにない」
自分の仕出かした事に呆然と立っていたレノだったが、ボアがどうなったのか気になるとネコミンが指を差す。彼女が指差した先には草原に横たわるボアの姿があり、先ほどレノに弾き飛ばされた際に意識を失ったのか泡を吹いて倒れていた。
「フガァッ……!?」
「き、気絶してる?」
「それほど凄い衝撃だった。これなら簡単に仕留められる」
気絶しているボアを見てレノは驚き、岩をも破壊する力を持つボアを一撃で倒した事が信じられない。
(俺がやったのか……信じられない)
自分のした事なのにレノは実感が湧かず、先ほどボアを殴りつけた際はレノ自身は手応えすら感じなかった。気が付いたらボアがいつの間にか吹き飛ばされたとしか感じられず、しかも魔力の方も殆ど消費していない。
収納魔法は黒渦の規模と持続時間によって魔力の消費量が異なり、先ほどのボアに仕掛けた攻撃ではレノ自身は殆ど魔力を消耗していない。これならば先ほど岩を落とした時の魔法の方が魔力を消耗しており、彼は最低限の魔力で最高の結果を生み出した事になる。
(……まだまだ俺は収納魔法の事を理解していなかったのか)
自分が吹き飛ばしたボアを見下ろしながらレノは収納魔法の凄さを思い知り、今まではレノは収納魔法を完全に極めたと思い込んでいた。だが、今回の出来事でレノはまだまだ自分が収納魔法を使いこなしていない事を知り、改めて自分が収納魔術師として生まれてきた事に誇りに思う。
「……勝ったんだよね」
「そう、レノの一人勝ち……私の出番がなかった」
「いや、そんなことないよ。ネコミンがいなかったら今頃俺も……」
ネコミンはボアを倒したのはレノの手柄だと認めるが、レノ自身はネコミンが居なければ自分は死んでいたと思う。実際にボアに狙われた際にネコミンがボアの片目を斬りつけて注意を引いていなかった場合、レノは考える暇もなくボアの突進の餌食になっていた。
自分だけではなく、ネコミンがいたからこそ彼は勝利できたと確信した。だから彼女にレノは握手を求め、それに対してネコミンは不思議そうな表情を浮かべながらも握手を交わす。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
二人は自然と笑みを浮かべ、改めて倒したボアに視線を向けた。討伐を果たしたからといって仕事が終了したわけではなく、ここからが重要だった。
「……死んだ?」
岩を落とされたボアは地面に倒れたまま動かず、それを見たレノとネコミンは仕留めたかと思った。だが、ボアの身体に纏わりついていた黒霧が晴れると、頭の上に落ちてきた岩を押し退けてボアが起き上がった。
――フゴォオオオッ!!
頭上に岩が衝突したにも関わらずにボアは怪我一つ負ってらず、血走った目でレノを睨みつけた。殺気を感じ取ったレノは背筋が凍り付き、自分の繰り出せる最大の攻撃さえも通じなかった事に絶望した。
収納魔術師であるレノが繰り出せる攻撃は超重量の物体を相手に叩きつけることしかできず、彼の周りにある物の中で先ほど落とした岩よりも大きい物はない。
(や、やばい……殺される!?)
岩を当ててもびくともしないボアにレノは心底恐怖を抱き、今更ながらに逃げようとした。だが、逃げようとするレノに対してボアは凄まじい勢いで突進する。
「フゴォオオオッ!!」
「レノ!!避けて!!」
「うわぁああっ!?」
一気に距離を詰めてきたボアにレノは悲鳴をあげ、それを見たネコミンは声をかける。彼女の言葉を聞いてレノは咄嗟に右手で黒渦を作り出し、その中に腕を突っ込む。
黒渦の反射の力を利用してレノは自分の身体を吹き飛ばし、ボアの突進を寸前のところで回避した。ダガンとの戦闘でも利用した回避方法だが、これによってレノは右手を痛めてしまう。
「うぐぅっ!?」
「フガァッ!?」
いきなり吹き飛んだレノを見てボアは驚愕の声を上げ、一度走り出したら簡単には止まれないのか砂煙を撒き上げながらボアは慌てて止まろうとする。ほんのわずかな時間ではあるがレノはボアから逃れる。
(み、右手が……)
ボアの突進を避けるためとはいえ、レノは右手を負傷してしまう。以前と比べてレノの魔力は大幅に増しており、そのために黒渦の「反発力」も強化されていた。咄嗟の事だったので弾き飛ばす力を上手く制御できず、右手はしばらくは使えそうにない。
イーシャンから貰った回復薬を使えば右手はすぐに治るだろうが、今は悠長に治療する時間はない。ボアはどうにか急停止すると、今度こそレノを仕留めるために駆け出す。
「フゴォオオオッ!!」
「く、来るなっ!?」
「レノ!!」
再び自分に向かってきたボアにレノは逃げようとしたが、そんな彼の元にネコミンが駆けつける。彼女はボアに対して短剣を構え、迎撃の体勢を整えるがそれを見たレノは慌てて止めようとした。
「ネコミン!?駄目だ、早く逃げて!!」
「……友達を置いて逃げられない」
「フゴォオオッ!!」
自分一人ならばネコミンはボアから逃れる事はできるにも関わらず、彼女はレノを守るために短剣を構えた。それを見てレノは自分のせいで彼女が逃げられない事に気付き、何としても彼女だけは守らねばならないと思う。
(弱音を吐いている場合じゃない!!せめてネコミンだけでも……!!)
レノは残された左手に視線を向け、この状況下でボアの突進を防ぐ方法を考えた。片手だけでは作り出せる黒渦の数や規模は限界があり、あまり時間もないので次の攻撃でボアの突進を防げなければ二人とも命はない。
迫りくるボアの姿を見てレノはダガンとの戦闘を思い出す。ダガンもボアのように突進を仕掛けてきた事を思い出し、彼と戦った時のレノは逃げる事しかできなかった。だが、レノはこの数日の特訓で思いついた戦法を試す。
(これしかない!!)
左手に魔力を集中させてレノは黒渦を作り出す準備を行い、この時の彼は掌を拳の形にした。いつもならば黒渦を作り出す時は掌を開いた状態で行っていたが、今回は掌の中に生み出すのではなく、反対側の手の甲の部分に黒渦を生み出す。
「ネコミン!!離れて!!」
「っ!?」
レノはネコミンを後ろに下がらせると左手の甲の部分に作り出した黒渦の規模を拡大化させ、まるで黒渦を「盾」のように構える。盾を扱うダガンを参考に作り出した新しい戦法であり、一か八かの賭けに出た。
「うおおおおっ!!」
「フゴォオオオッ!!」
「レノ!?」
正面から突っ込んできたボアに対してレノは左手を振りかざし、裏拳を繰り出すようにボアの顔面に放つ。狙うのはボアの鼻頭であり、黒渦を展開した状態で繰り出す。
――左手の黒渦にボアの鼻頭が突っ込んだ瞬間、強烈な衝撃がボアの全身に襲い掛かり、巨体が派手に吹き飛ぶ。その一方でレノの方は裏拳を繰り出した状態で立ち尽くし、彼自身は衝撃を受けずに立ち尽くす。
自分の10倍以上の重量を誇る巨大猪をレノは裏拳で吹き飛ばし、その光景を見ていたネコミンは呆気に取られた。その一方でレノ自身も左手を見つめて呆然とした表情を浮かべる。
「……う、上手くいった」
「レノ……凄い」
自分でも信じられない表情を浮かべてレノは左手を見つめ、改めて収納魔法の凄さを思い知った。そして自分が大きな勘違いをしていた事に気が付く。
(岩を当てるよりもこっちの方が使いやすくて便利だな……)
これまでレノは収納魔法から繰り出せる最大の攻撃は岩などの重く硬い物体を当てる事しかできないと思っていた。だが、それは大きな間違いで収納魔法の最大の攻撃方法は「弾き飛ばす力」だと思い知る。
黒渦に生身の生物が触れた場合、拒否反応を起こして弾かれてしまう。その弾く際の衝撃力は収納魔術師の魔力量に応じて変化し、今のレノならばボアのような巨体の生物を弾き飛ばせる程の衝撃力を生み出せる。
「ボアは!?」
「……あそこを見て。しばらくは動けそうにない」
自分の仕出かした事に呆然と立っていたレノだったが、ボアがどうなったのか気になるとネコミンが指を差す。彼女が指差した先には草原に横たわるボアの姿があり、先ほどレノに弾き飛ばされた際に意識を失ったのか泡を吹いて倒れていた。
「フガァッ……!?」
「き、気絶してる?」
「それほど凄い衝撃だった。これなら簡単に仕留められる」
気絶しているボアを見てレノは驚き、岩をも破壊する力を持つボアを一撃で倒した事が信じられない。
(俺がやったのか……信じられない)
自分のした事なのにレノは実感が湧かず、先ほどボアを殴りつけた際はレノ自身は手応えすら感じなかった。気が付いたらボアがいつの間にか吹き飛ばされたとしか感じられず、しかも魔力の方も殆ど消費していない。
収納魔法は黒渦の規模と持続時間によって魔力の消費量が異なり、先ほどのボアに仕掛けた攻撃ではレノ自身は殆ど魔力を消耗していない。これならば先ほど岩を落とした時の魔法の方が魔力を消耗しており、彼は最低限の魔力で最高の結果を生み出した事になる。
(……まだまだ俺は収納魔法の事を理解していなかったのか)
自分が吹き飛ばしたボアを見下ろしながらレノは収納魔法の凄さを思い知り、今まではレノは収納魔法を完全に極めたと思い込んでいた。だが、今回の出来事でレノはまだまだ自分が収納魔法を使いこなしていない事を知り、改めて自分が収納魔術師として生まれてきた事に誇りに思う。
「……勝ったんだよね」
「そう、レノの一人勝ち……私の出番がなかった」
「いや、そんなことないよ。ネコミンがいなかったら今頃俺も……」
ネコミンはボアを倒したのはレノの手柄だと認めるが、レノ自身はネコミンが居なければ自分は死んでいたと思う。実際にボアに狙われた際にネコミンがボアの片目を斬りつけて注意を引いていなかった場合、レノは考える暇もなくボアの突進の餌食になっていた。
自分だけではなく、ネコミンがいたからこそ彼は勝利できたと確信した。だから彼女にレノは握手を求め、それに対してネコミンは不思議そうな表情を浮かべながらも握手を交わす。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
二人は自然と笑みを浮かべ、改めて倒したボアに視線を向けた。討伐を果たしたからといって仕事が終了したわけではなく、ここからが重要だった。
応援ありがとうございます!
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