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第9話 魔力増強

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「魔力を増やす方法はいくつかあるが、エルフの間では魔力切れ起きたあとに薬を飲んで回復させるんだ」
「え?でも魔力切れは……」
「この間の一件で魔力切れを引き起こしたらまともに身体も動かなくことは知ってるな?処置が遅れれば命も落としかねない危険なやり方だ……だが、この方法が一番手っ取り早いんだよ」


アルによればエルフは魔力切れと薬の回復を繰り返すことで魔力量を伸ばす訓練を行い、命に危険を伴うがその分に効果は高い。


「他に魔力を増やす方法があるとすれば魔力切れとは真逆に魔力がまんたんの状態で薬を飲む方法もある。こっちの方が楽だし、身体の負担も少ないけどその代わりに時間が掛かり過ぎる」
「……俺は苦しくても早く魔力を伸ばす方法がいいです」
「言ったな?ならその覚悟、試させてもらうよ」


レノの言葉にアルは笑みを浮かべて青色の液体が入った瓶を取り出す。それを見てレノは不思議に思うが、アルは手にした瓶は彼女が調合した魔力を回復させる薬らしい。


「こいつはあたしが作った特製の薬だ。これを飲めば短時間で魔力の回復速度を格段に早めることができる。試しに飲んでみるかい?」
「え?いいんですか?」
「いいから手を出しな」


魔力を回復する薬をアルが作れることをレノは初めて知り、アルはレノの手を掴んで掌の部分に瓶の中身を垂らす。緊張した面持ちでレノは掌を顔に近付けて薬を飲み込む。


「んぐぅっ……何も起きませんけど」
「しばらくすれば分かるよ」


薬の味はそれほど悪くはなく、ちょっと甘い蜂蜜のような味わいだった。飲んだ後は特に何も変化はなかったが、しばらくするとレノは身体に熱が帯びる。


「あれ?何だか身体が熱く……うわっ!?」
「どうだ?薬の効果は?」
「な、なんだこれ……身体から力が湧きあがってきます!!」


薬の影響なのかレノは突如として全身から力が漲る感覚に陥る。魔力は生命力の源であり、薬の効果で魔力が高まったことで今ならば全速力で走り回っても疲れる気がしない。

魔力を感じ取れるようになったお陰でレノは薬を飲んだ途端に体内の魔力が格段に増えていることに気が付き、ほんの一滴飲んだだけでこれほどの効果が現れることに驚く。


「凄い!!今ならなんでもできそうです!!」
「ははは、調子の良いのは結構だがそろそろ覚悟しときな」
「え?覚悟って……うわっ!?」


アルの言葉にレノはどういう意味なのか尋ねる前に彼の身体に異変が起きた。身体中の血管が浮きあがって鼻血を噴き出す。身体が熱くなり過ぎて逆に苦しくなり、何が起きたのか分からずにレノは膝を着く。


「うぐぅっ!?こ、これは……」
「そろそろまずそうだね。ほら、これを掴め」
「師匠、それは……!?」


膝を着いたレノにアルが差し出したのは吸魔石だった。レノが小屋の中で触れていた吸魔石と比べると随分と小さいが、慌ててレノは吸魔石に手を伸ばして高まり過ぎた自分の魔力を吸収させる。


「ふうっ……はあっ、楽になってきた」
「どうだ?魔力が高まり過ぎるとどうなるかよく分かっただろ?」
「……はい」


魔力切れの際は全身に力が入らずに死にかけたが、逆に魔力を高まり過ぎると全身に力が漲り過ぎて暴走してしまうことを理解した。力が湧きあがる感覚は心地よいが肉体が熱を籠り過ぎると鼻血が噴き出し、もしも吸魔石に触れていなかったらどうなっていたか分からない。


「魔力が高まれば自然と肉体の力も増える。だが、自分のに満たない量の魔力が手に入ると取り返しのつかない事態に陥る」
「取り返しのつかない……」
「もしも私が吸魔石《こいつ》を貸していなかったら今頃お前は死んでたんだぞ。全身から血が噴き出してぶっ倒れていただろうね」
「ええっ!?」


予想以上に危険な状態だったと知らされてレノは顔色を青くするが、アルは魔力を増やすことがどれほど危険なことなのかを伝える。


「魔力を伸ばせば伸ばすほど色々な用途に使える。だが、その魔力を伸ばす方法は決して簡単じゃない。特にエルフと違って寿命が短いお前等人間の場合は悠長に時間をかけて魔力を伸ばす方法は適していないからね」
「ならどうすればいいんですか?」
「そんなの決まってんだろ。で魔力を伸ばすんだよ」
「え?どうやって?」
「そのまま吸魔石を握ってろ」


アルはレノに吸魔石を握らせた状態のまま包帯を取り出し、彼の手を包帯を巻き付けて固定した。包帯に巻かれたせいでレノは掌が開けなくなり、吸魔石を手放させない状態に陥る。こんなことをすれば常に吸魔石に魔力を奪われ続けることになる。


「お前はまずは完璧に魔力を操作する術を身に付けろ。これから夜までそのままの状態で過ごしてもらうよ」
「ええっ!?」
「ほら、気を抜いてると魔力を奪われるぞ」
「ちょ、ちょっと!?」


魔力を増やす鍛錬を行うはずだったのにレノは吸魔石を張り付けた状態にされ、気を緩めると吸魔石に魔力を奪われそうになる。慌ててレノは体内の魔力を留めると、アルはレノに忠告を行う。


「魔力を増やす前にお前がやるべきことは魔力操作の技術を極めることさ。その吸魔石はお前が訓練で使っていた物よりは吸収する魔力の量も少ないといって油断するなよ。一瞬でも気を抜けば魔力を吸いつくされてぶっ倒れるからね」
「し、師匠!!今日は魔力を増やす方法を教えてくれるんじゃなかったんですか!?」
「もう指導は始まってんだよ。魔法を使いたいのならこれぐらいの修業なんて乗り越えて見せな」


右手に吸魔石を握りしめた状態で包帯で固定されたレノは一瞬の気の緩みも許されず、常に奪われそうになる魔力を体内に留めておかなければならない。これまで訓練に利用していた吸魔石と比べると吸収される魔力量は少ないとはいえ、油断は決して許されない。

吸魔石を巻き付けられた右手を見てレノは冷や汗を流し、訓練の時はどんなに頑張っても数分程度しか吸魔石に触ることしかできなかった。今回の吸魔石は小ぶりのため訓練の時に使っていた物よりも魔力を吸収する量は少ないとはいえ、それでも油断すると魔力を吸収し始めて意識が薄れる。


(くそっ、どうしてこんなことに……指導をしてくれるというから凄い修行をするのかと思ったのに)


アルが指導をすると聞いた時はどんな修行が行われるのかとレノは期待していた。だが、彼女の課した修行は吸魔石を右手に巻き付けるだけという地味でありながら過酷な修行法にレノは戸惑う。


(やってやる!!夜まで意識を保てばいいんだ!!)


意地でもレノは修行をやり通して魔力を増やす方法を教えてもらおうとやる気になり、吸魔石に魔力を奪われないように集中力を高めた――





――1時間後、夜までまだ数時間の猶予があるがレノは倒れてしまった。右手に固定された吸魔石に魔力の殆どを奪われて意識を保つのがやっとの状態だった。


「はあっ、はあっ……くそっ、こんなところで……!?」
「1時間か……随分と頑張ったね。だけど、その様じゃ夜まで持ちそうにないようだね」
「師匠……!?」


倒れたレノの元にアルが現れ、彼女はレノの右手を掴むと包帯を外し始める。それを見たレノは慌てて止めようとしたが身体は言うことを聞かない。


「や、止めてください……まだ俺は!?」
「無理するんじゃないよ。このまま続けたら本当に死ぬよ」
「あっ……」


アルはレノから包帯を取り外すと吸魔石を取り上げ、初日の訓練は失敗に終わった。吸魔石が離れた途端にレノは身体が軽くなり、そんな彼にアルは水筒を渡す。彼女が差し出したのは先ほど飲ませてくれた魔力を回復する薬ではなく、深夜の訓練の時にレノが飲んでいた滋養強壮の効果がある薬茶だった。
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