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第36話 風爆

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(この調子なら仕留められ……しまった!?)


矢筒から新しい矢を取り出そうとした瞬間、レノは残っている矢の数では全てのゴブリンを仕留めきれないことに気が付く。アルが用意してくれた矢は20本だけであり、30匹近くいるゴブリンを全て始末するのは不可能だった。

屋敷を襲うゴブリンの群れを見て考えも無しに攻撃を仕掛けたのが仇と成り、全ての矢を適確にゴブリンの急所を撃ち抜いて倒したとしても20匹までしか仕留められない。


(このままだと奴等の視界が戻る!!かといって仕留めた奴の矢を回収する暇もないし……)


狩猟の際は獲物を仕留めた際は矢を引き抜いて再利用もできたが、今回は討ち取ったゴブリンから矢を引き抜く暇などない。不用意に近づけば生き残ったゴブリンに襲われるだけであり、慌ててレノは方法を考える。


(やばい、どうすればいいんだ!?新しい武器を探す!?けど弓以外で俺がまともに扱える武器なんて……)


今から村の中を探して武器になるような物を見つけ出す暇はなく、そもそもレノは弓以外の武器は殆ど扱ったことがない。しいて言えば短剣の類は獲物を解体する際によく利用するが、実戦で短剣を使用したことは殆どない。

考えている間にもレノの矢は5本まで減ってしまい、まだ半分程度しかゴブリンを仕留めていない。しかも最悪のタイミングでゴブリンの群れは視界を取り戻し、自分達に攻撃を仕掛けるレノに気が付いた。


『ギィイイイッ!!』
「くっ!?」
「グルルルッ!!」


ゴブリンの群れはレノの元へ迫ると狼が立ち塞がる。だが、いくら狼でも1匹だけでは多勢に無勢であり、レノは弓を構えながら考える。


(こうなったらしかない!!)


魔力の消費量は増えるが一度の攻撃で複数の敵を一網打尽にする方法は他に思いつかず、レノは矢を番えた状態で風属性の魔力を付与させた。



「――付与《エンチャント》!!」



通常よりも多めの魔力を矢に注ぎ込み、矢の先端部分に風の渦巻が生じた。レノが普段使用する「弓魔術」は矢に魔力を付与させるときは最低限の魔力しか使用しないが、それでも水中を泳ぐ魚を撃ち抜けるほどの威力はある。だが、もしも余分に魔力を含めた場合は

聖属性の魔力の場合は矢に魔力を付与した場合、小さい魔力だと矢が一定の時間だけ光り輝く。魔力を多く含めれば輝きは増し、最大限に魔力を込めると先ほどのように障害物に当たった瞬間に聖属性の魔力が拡散して「閃光」と化す。

風属性の魔力を最大限まで付与させた場合、矢の先端部に風の渦巻が誕生する。この状態で矢を撃ちこむと一定の距離を移動すると魔力が拡散して衝撃波を生む。


(もっと近くに来い!!そうだ、こっちに来るんだ!!)


ゴブリンの群れは怒り心頭でレノの元へ駆けつけ、それに対してレノは矢を構えた状態のまま動かない。もしも攻撃の好機《チャンス》を逃せば命はなく、失敗すれば死ぬと緊張しながらもレノはタイミングを計る。


「付与《エンチャント》!!」


先頭を走っていたゴブリンに目掛けてレノは矢を放った瞬間、渦巻く風の魔力をまとった矢が放たれた。矢を撃ちこむ際に敢えてレノは狙いをゴブリンではなく、足元に目掛けて放ち、地面に矢が突き刺さると渦巻いていた風の魔力が拡散して衝撃波と化す。


『ギャアアアアッ!?』
「伏せろっ!!」
「ウォンッ!?」


衝撃波が発生する寸前にレノは狼に飛びついて地面に伏せた。その直後にゴブリンの群れは衝撃波に巻き込まれて吹き飛び、近くの建物に叩きつけられる。たった一発の矢で7、8匹のゴブリンが吹き飛び、衝撃波から免れたゴブリン達も足を止めた。


「ギッ……ギギィッ!?」
「ギィアッ……!?」
「アガァッ……!?」


吹き飛んだゴブリンは身体のあちこちの骨が折れた状態で地面に倒れ、それを見た他のゴブリンは恐怖を抱く。一方で狼を庇って地面に伏せていたレノは起き上がり、予想以上の効果に震えた。


(や、やばかった……危うく俺も巻き込まれるところだった)


もしも矢を撃ちこむ場所が近かった場合、レノも衝撃波に巻き込まれて吹き飛んだ可能性もあった。狼を庇うために地面に伏せたのが幸いし、あのまま立っていたら衝撃波に巻き込まれて吹き飛んだゴブリンや小石や砂利に巻き込まれていた可能性もあった。

一気に数が減ったゴブリンの群れはレノに対して恐怖の表情を抱き、もう数は3分の1も残っていなかった。こちらを見つめて来るゴブリンに対してレノは新しい矢を番えて怒鳴りつける。


「次はどいつた!!」
『ギィイイイッ!?』


矢を向けられた途端にゴブリンの群れは悲鳴をあげて逃げ出し、怪我をした仲間を放置して去っていく。それを見てレノは弓を下ろし、疲れた表情を浮かべた。


「はあっ……やばかった」
「ウォンッ?」


ゴブリンの群れが逃げてくれたことに安堵し、もしもゴブリン達が逃げずにレノを襲っていたら死んでいた。先ほどの攻撃は敵が離れていた場所だからできた芸当であり、もしも至近距離まで近づかれていたら同じ攻撃はできなかった。

レノは先ほどの矢を「暴風」と呼んでおり、名前の通りに矢が当たった場所に暴風雨の如く凄まじい風圧が発生する。名付け親は「アル」であり、彼女に一度だけ見せたことがあった戦闘で使用する際は気を付けるように注意された。


『この技は危険過ぎる。下手に扱ったら自滅しかねないから気を付けるんだよ』


アルのいう通りにレノは暴風を滅多なことでは扱わず、今回はゴブリンの群れに対抗するために止む無く扱ったが、これからは使用を控えることを心に決める。


「はあっ……お前のお陰で助かったよ」
「クゥンッ?」


狼を助けるために身体を伏せたことでレノは風爆の被害から免れたので頭を撫でてやると、不思議そうに狼は首を傾げた――





――ゴブリンの群れを撃退したレノは矢の回収を終えると、屋敷の入口の扉の前に立つ。魔力感知を発動すると中から多数の人間の魔力を感じ取り、屋敷の中にいる人間達に無事を知らせる。


「もう大丈夫ですよ!!ゴブリンの群れはいなくなりました!!だから安心して出てきてください!!」
「ウォンッ!!」


大声をあげながらレノは扉を叩いてみるが屋敷に隠れている人間が出てくる様子はなく、レノと狼は同時に首を傾げる。


「出てこないな……聞こえてないのかな?」
「クゥ~ンッ」


いくら声をかけても出てこないので困ったレノは扉に耳を押し当てると、中の方から足音が聞えてきた。隠れていた村人が扉を開けに来てくれたのかと思ったが、直感でレノは危険を感じ取る。


「下がれ!!」
「ウォンッ!?」


危険を感じたレノは狼に一声かけると扉から急いで離れた。その判断は間違っておらず、足音の主が扉を内側から吹き飛ばして出てきた。


「てりゃあああっ!!」
「うわぁっ!?」
「キャインッ!?」


扉を吹き飛ばして中から現れたのは巨大な盾を持った何者かであり、まるで猪の如く突進して出てきた。レノと狼は慌てて左右に分かれて突進を避けると、盾を持った人物は前のめりに地面に倒れる。


「あうっ!?い、痛いよ~……」
「だ、誰だ!?」
「グルルルッ!!」


大盾を持って突進してきた相手の正体は女の子だと判明し、顔は可愛らしいが随分と重たそうな鎧を着こんでいた。年齢はレノとそれほど変わらないと思われ、彼女は涙目を浮かべながら立ち上がる。
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