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第66話 訓練場

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――黒虎のギルドの訓練場は建物の裏手に存在し、冒険者のために様々な鍛錬器具が配置されていた。バルの案内で訓練場に辿り着いたレノは大勢の冒険者が訓練に励む光景を目にして驚く。


「せいっ!!はあっ!!」
「うらららっ!!」
「198、199……200!!」


訓練場では木刀で素振りを行う者、槍を突き出す者、腕立て伏せを行う人間が十数人いた。彼等全員が銅級のバッジを身に着けており、それを見てバルが説明してくれた。


「今は新人冒険者の訓練の時間帯だったようだね」
「訓練?」
「黒虎の冒険者は銀級以下の冒険者は訓練を受けるように義務付けられている」
「うへぇっ……仕事帰りじゃなかったら僕達もやらされてたよ」
「ダイン君、訓練は大嫌いだからいつもサボろうとするんだよ~」
「ドワーフの癖に身体を鍛えるのが苦手なんて難儀な奴だね」
「う、うるさいな!!僕はドワーフだけど頭脳派なんだよ!!他の脳筋連中と一緒にするな!!」


基本的にドワーフは体格は小さいが筋肉の質は人間よりも優れており、大抵の小髭族は筋骨隆々の体型をしている。しかし、ダインの場合はドワーフではあるが身体を鍛えることを不得手としており、あまり筋肉は付いていないので普通の人間の子供と間違われやすい。

レノは訓練場にいる新人冒険者達を見て懐かしく思い、森の中で暮らし始めた時もレノはアルの指導で彼等と同じように身体を鍛えていた。森で生きるためには最低限の体力と筋力を身に付けなければならず、アルは厳しく扱いてくれたお陰でレノはたくましく育った。


「何だか懐かしいな……俺も参加していいですか?」
「お?珍しいね、大抵の奴はうちの訓練を見たら嫌な顔を浮かべるのに」
「これぐらいの訓練なら子供の頃にやらされてたので……」
「そうかい。でも、今回はあんたの実力を見せて欲しいんだよ。ほら、あそこに的があるだろう?試しにあれを討ち抜いてみな」


バルは弓当て用の的が置かれている場所を指差し、まずはレノの弓魔術を見せるように促す。レノは的の位置を確認して20メートルほど離れていると判断し、少し困った表情を浮かべる。


「あの的に当てればいいんですか?」
「何だい?この距離からじゃ難しいのかい?」
「いや、距離は問題ないんですけど……あの的の後ろが気になって」
「後ろ?」


レノの言葉に全員が的の後方に視線を向けるが、的当ての後ろには木造製の柵しか存在しなかった。何か問題があるのかと全員が首を傾げるが、レノは言いにくそうに答えた。


「このまま撃ったら的を壊すだけじゃなくて柵も壊すかもしれませんけど……いいんですか?」
「的を壊す?それはまた随分と自信があるじゃないか!!でも安心しな、あそこにある的も柵もただの木材じゃないんだ。ちょいとばかし頑丈な樹木から加工した物だから簡単に壊れることはないよ」
「あ、そうなんですか?」


バルによれば訓練場の鍛錬器具は全て特別な樹木の素材で構成されており、普通の木材よりも頑丈で滅多に壊れることはない。冒険者の中には力自慢も多いため、簡単に壊されないように訓練用の武器や道具は頑丈に作られていると語る。


「あんたは余計なことは気にせずに撃ってみな」
「はい、ありがとうございます」
「……何だろう。なんか嫌な予感がしてきた」


レノはバルの言葉に案内するが二人の会話を聞いてダインは顔色を変える。これから何か大変なことが起きそうな気がするが、既にレノは弓を手にして構えた。

まずは弓魔術を発動するために試し撃ちを行い、念のために的に当てられるかを試す。森で暮らしていた頃のレノは100メートル先の的を当てることもできたが、20メートル先の的当ては子供の頃以来なので懐かしく思う。


(やっぱり距離が近すぎるな……こんなの外す方が難しいよ)


的の距離が近すぎるせいで逆に調子が狂わないか心配しながらレノは矢を撃ちこむ。弓から放たれた矢は見事に的の中心を射抜き、それを見たハルナは拍手を行う。


「わあっ!!真ん中に当たったよ!!凄い凄い!!」
「へえ、中々やるじゃないかい」
「……まあ、狩人ならこれぐらいできて当然」
「おい、そこは素直に褒めろよ」
「……まだです」


的に当てたことにヒカゲ以外は褒め称えるが、レノはこの程度で満足はせずに今度は的に当たった矢尻の部分に目掛けて二本目の矢を放つ。


「ふっ!!」
『えっ!?』


二発目の矢を先に的に当てた矢の矢尻に的中させてレノは継矢に成功した。ホブゴブリンを初めて倒した時のように極限まで集中力を高めればレノは継矢を行える腕前を発揮する。更に三本目の矢を番えるとレノは同じように撃ちこむ。


「もう一本!!」
『ええっ!?』


三本目の継矢に成功したレノにバル達だけではなく、訓練場に居た他の冒険者も驚く。三本の矢を重ねて当てたレノの腕前に全員が驚愕し、ヒカゲでさえも目を見開く。


「……凄い」
「あ、あれって継矢か?僕初めて見たぞ!!」
「格好いい!!私もあれやってみたい!!」
「こいつは大したもんだね。流石はエルフの弟子といったところか……」
「……あ~~~っ!?」


レノの弓の腕前に全員が感嘆する中、当のレノ本人は慌てて的の元に向かって矢の回収を行う。三本目の矢はともかく、一本目と二本目の矢を見てレノは膝が崩れ落ちる。


「し、しまった……師匠から貰った大切な矢を無駄にしちゃった」
「ど、どうしたんだい急に!?」
「あ、矢がボロボロだ……」
「そりゃ、あんな撃ち方をしたらそうなるだろ!!」


継矢のせいでレノがアルから貰った矢の内の二本の矢尻がボロボロになり、これでは使い物にならない。的当てに熱中したせいで大切な矢を壊したことにレノは嘆き悲しむ。

別に矢など新しく買うか自分の手で作れば問題はないが、アルからの餞別品なのでレノはできる限り壊さずに利用しようとこれまで頑張ってきた。しかし、皆に褒められて調子に乗ったせいでレノは大変なことを仕出かしたと後悔する。


(ううっ……師匠、ごめんなさい。もう調子に乗りません)


弓の練習を行う際にレノはアルから弓の手入れは常に怠らないように注意されていた。それなのに自分の弓の腕が褒められただけでやる必要もない継矢を行ったせいでアルの矢を二本も台無しにしたことに反省した。


「何でそんなに落ち込んでいるのかは知らないけど、とりあえずはあんたの弓の腕はよく分かったよ。どうやらエルフの弟子というのは間違いなさそうだね」
「え……信じてなかったんですか?」
「まあ、人間嫌いのエルフが人間の弟子を作るなんて話は聞いたこともないからね……でも、今は信じてるよ。こんな芸当、エルフにでも教わらない限りは無理だからね」


一般的にはエルフは極度の人間嫌いであり、そんな人間の子供をエルフが弟子に取るなど有り得ない。しかし、レノの腕前を見せつけられたバルは彼の話を信じることにした。そして改めてレノの「弓魔術」を見せて欲しいことを伝えた。


「さあ、次はあんたの魔法の力を見せてみな。心配なら訓練用の矢も貸してやるよ」
「あ、はい……ううっ、悪いけど誰かこの矢を持っててくれない?後でお墓を作るから……」
「お墓!?お前、矢が折れる度に墓を作る気か!?」
「なら私が持っておくよ~」


レノの発言にダインはドン引きだったがハルナが壊れた矢を受け取る。そして次からはバルが用意した訓練用の矢を受け取ると、改めて的に狙いを定めた。他の冒険者達もレノの弓当てに注目する。
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