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十五章:懐かしの村とプロポーズ
182.詩人さんに呼び出されたり、過去を振り返ったり。
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突然の詩人さんの登場により、話題を掻っ攫われた私は女子会を途中で切り上げてその日は帰った。
それから、二日ほど後の事だ。
私とアレックスさんは、一昨日いきなり現れた詩人さんに首を傾げていた。
「一体何のつもりだろうな」
「本当に謎だよね」
プロロッカで一番人気の冒険者であるアレックスさんはここの所彼にしか請け負えない仕事で立て込んでて、折角の新居にも殆ど帰らないくらいに忙しくしていた。
なので、詩人さんの唐突なご自宅訪問も寝耳に水なんだって。
詩人さんもお手紙ぐらい出せばいいのに……本当に皆筆不精なのねぇ。
アレックスさんにも言わずに来たって辺り、益々怪しいよね。彼の動機って何なんだろう?
この南の僻地に娯楽なんてないし、都で一番の吟遊詩人である彼が来れば、皆は大歓迎でしょうけれど。
「何だろうねぇ、ぽち」
「くうん?」
足元のぽちに聞けば、何かなー? と鳴きながら首を傾げてる。ぽちも分からないかー、ははは、そうだよねぇ。
そんな感じで、うーん、とアレックスさんと顔を見合わせる。
ここはギルドの会議室。
何でも、詩人さんがアレックスさんと私に内密な話があるとかでこの部屋を借りたそう。
うーん、わざわざ防音効果のある部屋まで借りて、彼は何を話す気かな? ……あ、あの侯爵令嬢の事だとか? もしかして、彼女ばかり罰を受けさせる訳にはいかないから私達も……なんて事だったりして。
うう、一気に不安になってきた。
そわそわする私に、ぽちが心配そうに寄り添う。ありがとうと頭をその撫でてから、よし、と私は気分を変える事にした。
とりあえず、落ち着く為にハーブティーでも淹れよう。
私は椅子から立ち上がり、一旦部屋を出る。
「アレックスさんもお茶、飲みます?」
「ああ、ただ待つのも飽きてきたしな。貰おうかな」
彼の言葉に軽く頷き返してから、私は本日も忙しそうにしてるヴィボさんの居る食事処のキッチンへ向かった。
「ちょっとお茶を淹れたいので、端っこお借りします」
「ああ」
本日も寡黙なギルドの料理人ヴィボさんは、一つ頷き返すと寸胴の中で煮えてる臓物煮込みをかき混ぜる仕事に戻った。うーん、何とも言えない、いい匂いがする。ヴィボさんのは濃いめの味付けだけど、それがドイツパンっぽいどっしりした黒パンとよく合って飽きのこないものになってるんだよね。ごくりと喉が鳴る。
久しぶりにヴィボさんの煮込みも食べたいなぁ。あ、揚げパンの中にヴィボさん特製煮込みとかどうだろ。冒険者に人気が出そうだ。
なんて考えながら、キッチンストーブの端っこを借りてお湯を沸かす。アレックスさんと私の分だから、二人分カップを用意。いや、ヴィボさんのも淹れようかな。
「カップもお借りしますねー。ヴィボさんも少しお茶でも飲みません?」
「……好きにしろ。茶は有り難く頂く」
子供がすっぽり入れそうな大きな鍋を掻き回し、明日の分を仕込みと、黙々と料理を作る職人気質なヴィボさん。
それを横目に見てお茶の用意をしてると、何だか一年前の事を思い出すね。
あれは去年の夏の頃。私が、この世界に生まれ直して、偶然アレックスさんと出会い、辿り着いた場所がこのプロロッカ冒険者ギルドだった。
正直に言えば時々、昔の事を思い出して日本の夢を見る事がある。私を親しい人達の姿に、泣いて飛び起きる事も。
でも、だからって帰ろうって気は起きないんだ。ここにも私の居場所があるって信じられるし……喫茶店の事もあるしね。
こうして考えられるようになったのは、多分、今隣にいるヴィボさんや、アレックスさんやギルドの皆、それに喫茶店の常連さんや……この一年の間に出会った多くの人達に支えられているからだと思う。
「すっかり馴染んでしまったなぁ……」
この、世界に。
ぽつりと呟いて小さく笑うと、足元のぽちが心配そうにこちらを見上げていた。
「大丈夫、別に落ち込んでなんてないよ」
ふわふわあったかな彼の頭を撫でて、ぽちという大事な存在が側にある事を自覚すれば、一層ここに居る事の大事さを思った。
「……と、のんびり振り返ってる間にお湯が湧いたね。えっと、今の落ち着かない気分に効きそうなの。うーん、オレンジピールとカモミールに、セントジョーンズワートも入れとこうか」
何でも入ってる便利な魔法袋、小ぶりな肩下げ鞄からハーブを取り出す。
「ええっと、三人分だから……これぐらい」
オレンジピールは、名前の通りにオレンジの皮。柑橘系のさわやかな香りが心を元気にさせてくれるんだ。
カモミールはよくお世話になってるハーブだね。白い可愛い花を付けるハーブで、リンゴの香りがしてとっても飲みやすいの。
それに、セントジョーンズワート。黄色の花を付ける多年草で、抗うつ作用があるの。少し苦味はあるけれど、これも飲みやすいハーブだね。
ハーブを揃えて目分量でポットに入れて。沸かしたお湯を注いで、いつものようにポットを包み込むようにしてお祈り。
「上手くいきますように」
……ま、身内しか居ないから今日は気軽に淹れましょうか。お祈りと共に、ふわりとキンモクセイの香りが漂った。
「お待たせしました」
「お、いい匂いだな」
お茶を持って会議室に戻ると、アレックスさんは小さなテーブルでくつろいでいた。
うーん、彼は不安とか無いのかな。もしかしたら、詩人さんが悪いニュースを持ってきたのかも知れないのに。
っと、折角気分転換にお茶を淹れたのに、余計な事考えない、考えない。
前向きな事考えて、爽やかな香りのお茶と共に、詩人さんが来るまで雑談しよう。お茶受けに菓子パンも出そうかな?
椅子に座り直した私は、雑談の内容を考える。
とりあえずは、アレックスさんが居ない間の事で話す事って……うーん、正直喫茶店の新メニュー開発とかで忙しかったから、こないだの女子会の事しかないなぁ。
まあ、結構盛り上がったんだよ。
「……という訳で、王都で作ったパンは皆にも好評だったわ」
「まあ、あれは食べやすいしな」
「そうですね。流石に私では本職ほどパンは上手く焼けないので、そこは改良点かなぁって感じ。後、新居に初めて行ったけど、綺麗だし大きいし、ステキな家ね」
「うーん、そうか? あれぐらいなら上位冒険者ならざらに持ってるが」
メイドさんもいる大きなお家なのにこの余裕……さすがは一流って感じ?
「いやあ、途中で知人に会って長話をしてしまいまして。お待たせしました」
そんな風に話してたら、ようやく詩人さんが現れた訳だけど……。
さて、彼は一体私達に何を話すつもりだろう? と、私は緊張と共に、彼の端整な顔を見上げたんだ。
それから、二日ほど後の事だ。
私とアレックスさんは、一昨日いきなり現れた詩人さんに首を傾げていた。
「一体何のつもりだろうな」
「本当に謎だよね」
プロロッカで一番人気の冒険者であるアレックスさんはここの所彼にしか請け負えない仕事で立て込んでて、折角の新居にも殆ど帰らないくらいに忙しくしていた。
なので、詩人さんの唐突なご自宅訪問も寝耳に水なんだって。
詩人さんもお手紙ぐらい出せばいいのに……本当に皆筆不精なのねぇ。
アレックスさんにも言わずに来たって辺り、益々怪しいよね。彼の動機って何なんだろう?
この南の僻地に娯楽なんてないし、都で一番の吟遊詩人である彼が来れば、皆は大歓迎でしょうけれど。
「何だろうねぇ、ぽち」
「くうん?」
足元のぽちに聞けば、何かなー? と鳴きながら首を傾げてる。ぽちも分からないかー、ははは、そうだよねぇ。
そんな感じで、うーん、とアレックスさんと顔を見合わせる。
ここはギルドの会議室。
何でも、詩人さんがアレックスさんと私に内密な話があるとかでこの部屋を借りたそう。
うーん、わざわざ防音効果のある部屋まで借りて、彼は何を話す気かな? ……あ、あの侯爵令嬢の事だとか? もしかして、彼女ばかり罰を受けさせる訳にはいかないから私達も……なんて事だったりして。
うう、一気に不安になってきた。
そわそわする私に、ぽちが心配そうに寄り添う。ありがとうと頭をその撫でてから、よし、と私は気分を変える事にした。
とりあえず、落ち着く為にハーブティーでも淹れよう。
私は椅子から立ち上がり、一旦部屋を出る。
「アレックスさんもお茶、飲みます?」
「ああ、ただ待つのも飽きてきたしな。貰おうかな」
彼の言葉に軽く頷き返してから、私は本日も忙しそうにしてるヴィボさんの居る食事処のキッチンへ向かった。
「ちょっとお茶を淹れたいので、端っこお借りします」
「ああ」
本日も寡黙なギルドの料理人ヴィボさんは、一つ頷き返すと寸胴の中で煮えてる臓物煮込みをかき混ぜる仕事に戻った。うーん、何とも言えない、いい匂いがする。ヴィボさんのは濃いめの味付けだけど、それがドイツパンっぽいどっしりした黒パンとよく合って飽きのこないものになってるんだよね。ごくりと喉が鳴る。
久しぶりにヴィボさんの煮込みも食べたいなぁ。あ、揚げパンの中にヴィボさん特製煮込みとかどうだろ。冒険者に人気が出そうだ。
なんて考えながら、キッチンストーブの端っこを借りてお湯を沸かす。アレックスさんと私の分だから、二人分カップを用意。いや、ヴィボさんのも淹れようかな。
「カップもお借りしますねー。ヴィボさんも少しお茶でも飲みません?」
「……好きにしろ。茶は有り難く頂く」
子供がすっぽり入れそうな大きな鍋を掻き回し、明日の分を仕込みと、黙々と料理を作る職人気質なヴィボさん。
それを横目に見てお茶の用意をしてると、何だか一年前の事を思い出すね。
あれは去年の夏の頃。私が、この世界に生まれ直して、偶然アレックスさんと出会い、辿り着いた場所がこのプロロッカ冒険者ギルドだった。
正直に言えば時々、昔の事を思い出して日本の夢を見る事がある。私を親しい人達の姿に、泣いて飛び起きる事も。
でも、だからって帰ろうって気は起きないんだ。ここにも私の居場所があるって信じられるし……喫茶店の事もあるしね。
こうして考えられるようになったのは、多分、今隣にいるヴィボさんや、アレックスさんやギルドの皆、それに喫茶店の常連さんや……この一年の間に出会った多くの人達に支えられているからだと思う。
「すっかり馴染んでしまったなぁ……」
この、世界に。
ぽつりと呟いて小さく笑うと、足元のぽちが心配そうにこちらを見上げていた。
「大丈夫、別に落ち込んでなんてないよ」
ふわふわあったかな彼の頭を撫でて、ぽちという大事な存在が側にある事を自覚すれば、一層ここに居る事の大事さを思った。
「……と、のんびり振り返ってる間にお湯が湧いたね。えっと、今の落ち着かない気分に効きそうなの。うーん、オレンジピールとカモミールに、セントジョーンズワートも入れとこうか」
何でも入ってる便利な魔法袋、小ぶりな肩下げ鞄からハーブを取り出す。
「ええっと、三人分だから……これぐらい」
オレンジピールは、名前の通りにオレンジの皮。柑橘系のさわやかな香りが心を元気にさせてくれるんだ。
カモミールはよくお世話になってるハーブだね。白い可愛い花を付けるハーブで、リンゴの香りがしてとっても飲みやすいの。
それに、セントジョーンズワート。黄色の花を付ける多年草で、抗うつ作用があるの。少し苦味はあるけれど、これも飲みやすいハーブだね。
ハーブを揃えて目分量でポットに入れて。沸かしたお湯を注いで、いつものようにポットを包み込むようにしてお祈り。
「上手くいきますように」
……ま、身内しか居ないから今日は気軽に淹れましょうか。お祈りと共に、ふわりとキンモクセイの香りが漂った。
「お待たせしました」
「お、いい匂いだな」
お茶を持って会議室に戻ると、アレックスさんは小さなテーブルでくつろいでいた。
うーん、彼は不安とか無いのかな。もしかしたら、詩人さんが悪いニュースを持ってきたのかも知れないのに。
っと、折角気分転換にお茶を淹れたのに、余計な事考えない、考えない。
前向きな事考えて、爽やかな香りのお茶と共に、詩人さんが来るまで雑談しよう。お茶受けに菓子パンも出そうかな?
椅子に座り直した私は、雑談の内容を考える。
とりあえずは、アレックスさんが居ない間の事で話す事って……うーん、正直喫茶店の新メニュー開発とかで忙しかったから、こないだの女子会の事しかないなぁ。
まあ、結構盛り上がったんだよ。
「……という訳で、王都で作ったパンは皆にも好評だったわ」
「まあ、あれは食べやすいしな」
「そうですね。流石に私では本職ほどパンは上手く焼けないので、そこは改良点かなぁって感じ。後、新居に初めて行ったけど、綺麗だし大きいし、ステキな家ね」
「うーん、そうか? あれぐらいなら上位冒険者ならざらに持ってるが」
メイドさんもいる大きなお家なのにこの余裕……さすがは一流って感じ?
「いやあ、途中で知人に会って長話をしてしまいまして。お待たせしました」
そんな風に話してたら、ようやく詩人さんが現れた訳だけど……。
さて、彼は一体私達に何を話すつもりだろう? と、私は緊張と共に、彼の端整な顔を見上げたんだ。
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