忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

十七話 盲点 (響)

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 雄大は響に接近すると、顔面に向かって上段前蹴りを繰り出した。先程と同じパターンの攻撃だった。さすがの響も同じ手に二度も引っかかる訳がない。通常の回避の仕方では、また謎の攻撃を受けるのは目に見えていた。

 だからこそ響は後方へ大きく跳躍することで雄大との距離を取った。しかし、再び脳が揺れるような奇妙な感覚に襲われる。だが、先程のように吐き気に襲われる程のダメージではなかった。脳の揺れも一時的なもので、すぐに治まった。

 そこで響はあることに気が付いた。雄大の能力は接近していないと効果が半減するのではないか、と。元々、雄大は武道家には見えない。体格は弟の雄輝の方が筋肉質に見える。それに武術を嗜んでいるとは思えない程に、隙だらけだった。

 にも拘らず、雄大は接近戦を好む傾向にある。それは能力の攻撃範囲が限られていることを表している。その証拠に跳躍して回避した場合、脳の揺れやダメージが少なかった。だからと言って、安心できる状態でもなかった。

 未だに雄大の能力が分からないことに変わりはないからだ。響が思考している間にも雄大は容赦なく接近していた。雄大は左足を軸足にして、中段前蹴りからの上段前蹴り、そこから下段前蹴りの連続技を繰り出した。

 響も雄大の蹴り技に合わせて中段前蹴り、上段前蹴り、下段前蹴りを繰り出した。二人の足が交差する度に鈍い音が鳴った。まるで鉄と鉄がぶつかり合ったような鈍い音だった。二人の蹴り技が何度も激しくぶつかり合う。

 衝撃の余波は凄まじく、空間が揺らいだ。二人とも纏衣の状態を維持しているために、通常の攻撃の何倍ものダメージが足に蓄積されていく。それでも二人は気にする素振りを見せなかった。いや、痛みなど気にしている余裕がなかった。

 少しでも気を緩めれば闘いは、あっという間に決着がついてしまう。それでも響は内心、自分自身に驚いていた。闘いながら纏衣の状態を維持できているのだ。ぶっつけ本番ではあったが、気付かないうちに習得していたようだった。

 これならいける。そう思った矢先、雄大が後方へ跳躍して距離を取った。雄大が不敵な笑みを浮かべると、身体を包み込んでいる氣が右足に密集するように集中し始めた。右足の周りを渦巻く無色の氣は燃え盛る火炎のように輝いていた。

 遠目から様子を窺っていた響は雄大の右足が危険だと瞬時に判断を下し、警戒心を露わにする。通常は戦闘中に纏衣を解除することは危険極まりない行為である。纏衣の状態の攻撃を防御するには自身も纏衣の状態になるしかないからだ。

 それにも拘らず、雄大は身体を覆っている氣を解除して右足のみに氣を纏わせた。攻撃力のみを重点的に考えた場合、有効的な手段ではある。しかし、戦闘において防御が手薄になることは自身を苦境に追い込みかねない。

 響には雄大が何を考えているのか理解できなかった。防御を切り捨て、攻撃力のみを特化させる戦法は余り良い選択とは思えなかった。それに雄大の能力が右足から繰り出されることが響にも容易に予測できた。

 それでも雄大の表情は自信に満ち溢れていた。雄大は再び、響との距離を詰めるように駆け出した。響の眼前ヘ迫ると左腕を振り被り、正拳突きを繰り出した。氣を纏っていない左腕での攻撃が囮であることは誰の目から見ても明らかだった。

 響は敢えて雄大の懐に潜り込むように接近する。雄大の拳が響の顔を逸れるように流れる。響は雄大の右足に注意しながらも、雄大の心臓部を目掛けて肘打ちを繰り出した。綺麗に決まったと思った次の瞬間、再び視界が揺れた。

 脳が揺さぶられるような激しい揺れだった。響には何が起こったのか理解できなかった。雄大の右足はきちんと警戒していた。しかし、雄大の右足は何もしていなかった。響は雄大の左腕から繰り出される正拳突きを躱しただけである。

 響は思考を巡らせ、ハッとして顔を上げた。気付いた時には遅かった。

 「さすがの響様も気付いたようですね。私が右足のみに氣を纏わせたこと自体がフェイクだった訳です。経験の浅い響様だからこそ有効的な手段となるのです。もっと早くに気が付くべきでしたね。そもそも氣を右足に集中させたら右足を警戒されるのは当然の成り行きです。私の意図を見切れなかった貴方の負けです」

 「なるほど……勉強になりました……そのような手が有効だとは……」

 してやられた。響の率直な感想だった。雄大の行動に違和感を感じていたが、全てを納得した。雄大が右足のみに氣を集中させたのは、敢えて右足を響に警戒させるためだった。雄大の能力は氣を右足に集中させなくても発動が可能だったのだ。

 それでも危険を冒してでも右足のみに氣を纏わせたのは、響に謎の能力は右足から発動させると思い込ませるためだった。雄大の思惑にまんまと乗せられた響は雄大の右足以外の攻撃は問題ないと勝手に思い込んでいた。いや、思い込まされていた。

 だからこそ響は雄大の左腕から繰り出される正拳突きを紙一重の差で躱した。それが悪手だとは気付かずに。雄大は先程から蹴り技を中心的に行い、蹴り技を警戒させていたのだ。だが、本命は左拳から放たれた魔術だったのだ。

 脳を激しく刺激するような衝撃に、響は膝を突いた。気付けば耳と鼻から大量の出血をしていた。視界はノイズのように歪み、意識を保つことが精一杯であった。ふらつく身体を無理やり立て直して前を見据え、雄大を睨み付ける。

 窮地に追い込まれた響ではあるが、雄大の能力の大雑把な部分を把握しつつあった。

 「雄大さんの魔術の系統は恐らく放出系ですね……?そして、能力は音ですか……いや、正確には振動といったところでしょうか……?」

 「ほぅ……たったの三回の攻撃で良く見極めましたね。そうです。私の能力は振動です」

 脳を揺さぶる症状、眩暈と吐き気、耳と鼻からの出血。振動が鼓膜を突き破り、脳を圧迫していたことを理解する。もっと早くに気が付くべきだった。考えてみれば雄大の戦い方には不自然なところばかりだった。もともと雄大は武道家に見えない。

 接近戦を好んで闘うタイプには見えなかった。武術では響に敵わないと理解しながらも執拗に接近戦を挑んで来た。闘い方も不自然なところばかりであり、蹴り技を中心とした攻撃ばかりだった。

 動きも素人に近いと思ってはいたが、まさかその全てが陽動だったとは思いもしなかった。その上、纏衣を解除して右足のみに氣を纏わす戦法は奇抜だった。危険を冒してまで接近戦を望む雄大は不自然なところばかりだった。

 一見すると、雄大の能力は地味に思える。だが、武術と組み合わせることで雄大の能力は存分に発揮できる。闘っている響だからこそ分かる。雄大の能力は驚異である、と。しかし、完全に勝機を失った訳ではない。響には雄大の欠点が見えていた。

 それは能力が優れていることだ。能力が優れているが故に、武術の腕前が素人と言っても過言ではない。つまり魔術に頼り過ぎている状態なのだ。突破口が見えた響は笑みを浮かべた。震える身体に鞭を打ち、強引に立ち上がった。

 例え、魔術を使う相手でも負ける訳にはいかなかった。胃を締め付けるような吐き気と脳を圧迫するような眩暈に襲われながらも前を見据える。未だに視界が揺れているために、雄大の姿が二重、三重に重なって見えた。

 響も雄大も荒い呼吸を繰り返しながらも、睨み合っていた。両者ともに残された体力が僅かであることが一目瞭然であった。互いに次の攻撃が最後になると直感で感じていた。だからこそ響も雄大も主導権を握るために慎重になるかと思われた。

 しかし、思考する間を与えずに動いたのは響であった。素早い動きで雄大に接近すると、大きく跳躍した。空中で回転しながら身体を器用に動かして中段廻し蹴りを繰り出した。
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