忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

二十五話 麒麟児 (紅葉)

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 響と誠一が苦戦を強いられている頃、紅葉は膠着状態が続いていた。紅葉も響たち同様に四十人ほどの敵に囲まれていた。しかし、敵は警戒したまま一向に攻めてこなかった。それもその筈。紅葉は僅か七歳にして新たな魔術を生み出すという偉業を成し遂げている異例の麒麟児だからだ。

 紅葉の情報は風祭家によって厳重に秘匿されている。分かっているのは新たな魔術を生み出したのが、七歳の少女であるということだけである。どのような魔術を新たに生み出したのか敵は知り得ない。自然と警戒心だけが強まり、膠着状態が続いた。

 「いい加減にしてくれるかしら?攻めて来ないならこちらから攻めるけど、問題ないわよね?」

 「……」

 紅葉の問いに答える者はいなかった。麒麟児とはいえ性格に問題を抱えている紅葉が敵の動向に合わせて、大人しくしている訳がなかった。一気に片を付けるため、紅葉は一瞬で敵の眼前に迫ると、豪快に拳を振るった。

 軽く腕を振るっただけで敵の胸に大穴が開いた。紅葉の拳の威力は凄まじく、背後に控えていた敵さえも拳圧で吹き飛ばした。まさに一撃必殺だった。胸に大穴が開いた敵は既に意識を手放していた。崩れるように倒れると、砂塵が舞った。

 敵が動揺する間も与えずに紅葉の怒涛の攻撃が続いた。容赦なく敵の頭蓋を蹴りで仕留めると、次の敵に接近しては拳で敵の胸を貫いた。強化系の氣を纏った紅葉に恐れるものなどなかった。ひたすらに敵の命を刈り取って行く。

 紅葉の素早い動きは目で追うのが精一杯で、敵たちは反応できていなかった。本当に七歳の少女なのか敵たちは疑問を覚えた。人を殺しても表情一つ変えない紅葉に畏怖の念を抱かずにはいられなかった。紅葉は敵の背後に回ると、拳を振るった。

 背中を抉られた敵は臓器を撒き散らしながら地面に倒れ込んだ。血だまりが広がり、血の臭いが鼻孔を刺激した。紅葉の一方的な蹂躙に敵たちは上手く連携を取れなくなっていた。まさか七歳の少女がここまで残虐に戦えるとは想定していなかった。

 自身の適性魔術を理解しているだけでなく、強化系の魔術の特性を理解した上で使い熟している。敵たちは目の前の少女が普通の子供ではなく、油断のできない強敵だと認識を改めざるを得なかった。全力で立ち向かわなければ殺されるのは自分達だ。

 敵たちは氣を全力で解放すると、一斉に紅葉に襲い掛かった。正面、左右、背後に回り込み、全方位から攻撃を仕掛ける。紅葉は敵たちの心理を理解しながらも口角の上がった笑みを浮かべていた。

 凡人がどんなに抗ったところで結果は覆すことはできない。紅葉は氣を全力で解放すると、拳を勢いのままに地面に叩きつけた。地面が豪快に穿ち、大地が悲鳴を上げるかの如く地響きが響き渡った。

 雪崩のような地割れが起こり、敵たちは瞬く間に大地に呑み込まれた。気付けば四十人もいた敵たちの半数以上が地割れに巻き込まれ、絶命していた。運良く地割れに巻き込まれなかった敵たちは呆然と佇んだ。たった一撃で地形を変えたのだ。

 規格外。あまりに強大な力を目の前にして敵たちは尻込みしていた。だが、同時にチャンスでもあった。これだけの大規模な魔術を、何のデメリットもなく使える訳がない。恐らくは厳しい制約、もしくは制限が存在する筈だ。

 大規模な魔術は、そう何度も使える筈がない。体力と集中力、そして魔術を行使する際に必要な氣の量には限界がある。目の前の少女が限界を迎えるのは時間の問題だと敵たちは推測した。紅葉の呼吸が少しずつ乱れていくのが手に取るように伝わってきた。敵たちは絶好の好機と見なした。

 生き残った敵たちは一斉に紅葉に襲い掛かる。正面、左右、背後を取り囲むように回り込み、攻撃を仕掛けようとした次の瞬間、紅葉に近付いた敵たちの頭部が弾けるように吹き飛んだ。敵たちは何が起こったのか理解できないまま絶命した。

 血の雨が降り注ぎ、頭部が吹き飛んだ死体が地面に崩れ落ちた。気付けば残った敵は僅か七人だけとなっていた。四十人近くいた敵たちが、ものの見事に瞬殺された。生き残った敵は唖然と佇んだ。

 紅葉の周囲には光の渦が螺旋を描くように渦巻いていた。敵たちには紅葉が行使している魔術が、どのような能力なのか理解できていなかった。だが、紅葉の身体の周囲を螺旋を描くように渦巻く光に触れてはならないと直感が警告を発していた。

 光の渦に触れた瞬間、仲間の頭部が吹き飛んだように見えた。迂闊に近づくのは危険だと判断するしかなかった。目の前の少女が使っている魔術は強化系と放出系だ。僅か七歳の少女が二つの系統を完璧に使い熟している。

 通常ではあり得ない。可能性として考えられるのは陽性反応を示す特異体質だ。もし、目の前の少女が特異体質ならば全てが納得できる。恐怖に駆られた敵たちの推測は全くの的外れだった。しかし、敵たちに思考している余裕はなかった。

 紅葉が容赦なく接近してきたのだ。紅葉は一瞬で敵の一人の背後に回り込むと、敵の頭部を蹴り飛ばした。脳漿が飛び散り、返り血を浴びても紅葉は止まらなかった。次々と敵を一撃で倒していく。僅か数分で敵を簡単に無力化していた。

 まさに一方的な蹂躙であった。戦闘に特化した強化系の魔術師の神髄とも言える。

 「あっけないわね。その力量で良く私達に歯向かうことができたわね」

 月光に照らされた紅葉の姿は鬼の子だと錯覚せざるを得なかった。その結果、生き残った四人の敵たちは戦意を喪失した。あまりに人間離れした紅葉の戦闘能力に手も足も出なかった。その場に残った四名の敵は両手を挙げ、降参の合図を送る。

 だが、紅葉は認めなかった。最愛の弟の命を狙ったのだ。弟思いの紅葉が許容する筈もなく、戦闘は続けられた。右腕の氣を増幅させた紅葉は一瞬で敵の眼前に迫ると腕を振るった。まるで衝撃波が襲ったと錯覚するほどの威力を発揮した。

 敵の上半身が消し飛び、残された下半身が地に倒れる。その無残な殺し方に敵が後退る。天狗の面を被った敵たちは散り散りに紅葉から逃れようとする。もはや、一方的な虐殺になっていた。逃れようとする敵を一人、また一人と殺していく。

 気付けば死体の山が出来上がっていた。死体の損傷は激しく、無残な殺し方だった。無抵抗の敵を一方的に蹂躙した紅葉は血だらけの顔を腕で拭うと、辺りを見渡した。紅葉の視界に入ってきたのは敵に追い詰められ、瀕死の状態の響の姿だった。

 「ひびきッ……」

 紅葉の叫び声が響き渡る。慌てて響の元へ向かう紅葉に突如として襲ったのは目を覆いたくなるような光の濁流だった。能力を完全に使い熟している紅葉ですらも咄嗟の判断で回避行動に移つらなければ危うい状況だった。

 それほどまでに凄まじい攻撃だった。もし、少しでも光に触れていたら致命傷は避けられなかった。嫌な予感を感じずにはいられなかった紅葉は後方へと慌てて振り向いた。眩い光の奔流が収まると、薄っすらと人影が見えた。

  そこに立っていたのは予想外の人物だった。

 「誠一兄様……?な……何故?」

 そこに立っていたのは兄の誠一だった。何故、兄の誠一が自分を攻撃したのか理解できなかった紅葉は訳が分からず逡巡した。だが、誠一の様子を見て、すぐに悟った。なんらかの能力で操られている、と。誠一の表情は完全に生気を失っていた。

 「誠一兄様っ……目を覚まして下さいっ……」

 「……」

 紅葉は必死になって訴え掛ける。だが、誠一からの返事はなかった。誠一に意識がないことは一目瞭然だった。紅葉には現状が信じられなかった。誠一が啓二に負けるとは思わなかったのだ。その上、操られている。状況は悪化の一途を辿っていった。
 
 
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