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ガニメデの妖精

たなびくは戦塵 (2)

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 最初の爆発で歪んだシャッターを叩き壊す音がする。無駄に頑丈に作ってくれたセシリアに感謝だ。もっともその内側に有るのは、セシリアが自慢していた天然木製の扉だ、長くは持たないだろう。

「奥の部屋に逃げるぞ、武器をありったけ出せ」
「アイ・マスター、もう! ラーニアだけずるいです」

 ケントの腕の中で顔を赤くしているラーニアを羨ましそうに一瞥すると、ノエルが言う。

「お前もあとでしてやる」
「約束です」
「スカーレットから連絡は?」
「十五分くれと」

 ガラスの破片が散らばる床を少女を抱いてケントは走った。応援がくるまで十五分、この狭い空間での戦闘には長すぎる。殺るか、殺られるかだ。

「ラーニアは風呂場にでも隠れてろ」

 そう言って、部屋のドアを閉めるとケントはクローゼットから十二番ゲージの散弾銃ショットガンを取り出してシェルを送り込む。
 四十五口径リボルバーと同じく、死んだ戦友アンデルセンの形見の骨董品だが、骨董品だからこそ効果的な時もある。

「ノエル、閃光手榴弾フラッシュバンに気をつけろ」
「アイ・マスター」

 ケントはイヤーマフをつけると、部屋のドアを閉める。同時に扉を蹴破る音がして、爆発音が隣の部屋で響いた。

破砕手榴弾グレネードとか、殺る気マンマンかよ」

 コンバットブーツらしい固い音が床を叩く。 二人? 三人か?

「エアコンの対人センサーとリンク、敵は三名、マスター、壁を壊しても?」

 ノエルの声にケントが顔を上げる、体格に不釣り合いなほど大きい時代物の対物ライフルをノエルが腰だめに構えている。

「……」
「マスター?」

 制圧クリアという声が薄いドアの向こうから聞こえる。少なくとも敵は素人じゃない。……すまん、セシリア、後で直す。心の中でつぶやいて、ケントはノエルに頷いてみせる。

「撃ちます!」

 腹に響く音がして、コンクリートの壁が砕かれ煙が上がる。壁越しに、しかも時代遅れの大口径実弾銃で撃たれるとは思っていなかったらしく、扉の向こうで悲鳴が上がった。

 ゴトン、カラン! ゴトン、カラン!

 発砲するたび、重い薬莢がリノリウムの床を叩く音がする。三発まで数えてケントはドアを蹴り開けると、目の前に現れた男に無造作に十二番ゲージを連射した。
 一発、二発、三発、胴体に叩きこむたび、男の体が後ろへとはねる。高性能のプロテクターを付けていたところで、物理エネルギーはどうしようもないのだ。

     §

 敵が突入してから数分で、勝負はあっさりとケントたちに軍配が上がった。ノエルの壁ごしの、だが、正確無比な射撃がひとりを気絶させ、もうひとりは大口径弾が大腿部のプロテクターに被弾した衝撃で股関節を脱臼し、のたうち回っている。
 三人の中で一番怪我が酷いのが、ケントに至近距離から十二番ゲージを五発叩きこまれて、プロテクターの隙間から出血している奴だというのだから、皮肉なものだ。

「なんじゃ、せっかく来てやったのに、もう片付いてるではないか」
「ああ、部屋はこのザマだがな」

 身体に似合わない大きな熱線銃ブラスターを携えたスカーレットが、これまたフル装備のリディと、ギルドの私兵を引き連れてやってきたのは、敵を全員を縛り上げ、散弾を食らった奴の止血にかかった頃だった。

「で、こやつらは?」
「さあな、タンパク質生産槽にでも放り込んで、再処理粘菌プロテインスライムのエサにでもすればいいさ」
「じゃとよ、お主らは二週間もすれば、そのへんのハンバーガーショップに合成肉シンセとして並ぶ運命のようじゃ」

 まだ意識のある二人が、それを聞いて恐怖に目を見開いた。食料豊富な地球圏ならともかく、ケンタウリでは人の死体すらリサイクルされる。粘菌のエサにしてその粘菌を食うのは、防疫上の問題と倫理上の問題という程度の理由でしか無い。

「で、目的はそこのお嬢ちゃんの命、というのは間違いないんだが」

 流血沙汰を目の当たりにして、無表情を装いながらもノエルにしがみついて震えているラーニアにケントはちらりと目をやった。

「でも、マスターどうして居場所が?」
「居場所がケンタウルウスⅢだと割れたのは、支払いに使ったカードの履歴が筒抜けなせいだろうさ」
「……そんな……わたし……」

 ケントの言葉に唖然とするラーニアの肩を、ノエルがぎゅっと抱きしめる。

「さて、部屋の修理代は、だれに請求すればいいか教えてもらわんとな」

 ケントは腰のホルスターから四十五口径リボルバーを引き抜き、腿を脱臼して唸っている男に近づいた。倒れていた位置からして、この男が一番偉い、と予想してのことだ。

「知るか、クソが」

 男がつばを吐き、毒づく。

「そうか」

 そう言って、ケントは至近距離からプロテクターの胸に銃弾を叩き込んだ。まさか本当に撃たれるとは思っていなかったのだろう。油断した上、至近距離からの一発を食らって、男が息をつまらせ、目を白黒させてのたうち回る。

「最新型のプロテクターだ、こんな骨董品じゃ、ちょいと殴られた程度にしか効かないだろ?」

 言いながら、ケントは撃鉄ハンマーを起こした。
 チャキ、キン
 冷たい音を立て、輪胴シリンダーが回る。

「まって、もうやめて! もうたくさん!」

 ラーニアの悲鳴に近い声が響く、無表情の仮面が剥がれ落ち、うつむいた少女の頬に涙が流れ落ちる。

「お願い、助けて……誰か、わたしを助けて」
「マスター、私からもお願いします」

 その場にへたりこみ、泣きじゃくるラーニアを抱きしめて、ノエルがケントを見上げる。

「で、こやつらは病院送りで良いのかの?」

 スカーレットに肩をすくめて、ケントはうなずく。とりあえず今日はもう襲撃は無いだろう。ケントはボロボロになった部屋を見回し、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

「話は明日だ、俺は寝るぞ」

 冷たいビールを流し込み、ケントはそう言って奥の部屋へと足を向ける。

「警備に何人か貸してやろう、いろいろひっくるめて、代金はつけておくぞ」

 呵々と笑うスカーレットに手をあげて、ケントは奥の部屋へむかった。まったく、とんだ子猫を拾ったものだ。
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