シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子

文字の大きさ
123 / 233
第三話 失われた真実

第十二章:6 禁術「天落の法」の真実

しおりを挟む
相称そうしょうつばさとなるために、黄帝である父親と実の御子が男女の契りを交わした事実は記されていませんでした。御子の母である地界の女性が変わらず黄后こうごうとして在り、黄帝の寵愛を受けていたようです。黄帝と御子の間には親子の絆だけが在り、御子の真名が黄帝には捧げられることはなったと。――おそらく、黄帝の真名を受け入れることが出来れば、それだけで相称の翼は誕生するのでしょう。親子で築かれた天帝てんてい御世みよが示すように、相称の翼が必ず黄后であるとは限りません」 

 彼方が「へぇ」と吐息のような声を漏らす。心の底から感嘆しているようだった。
 
「そんな史実があったなんて、初耳」 

「そうでしょうね。簡単に手に入るものには、天帝てんてい御世みよについて詳しく描かれた記述がほとんどありません。――まるで故意に隠されているかのようです」 

 どこか皮肉をこめた口調が朱里には引っ掛かったが、奏はすぐに自身の思惑を隠すかのように付け加えた。 

「古い記録が残っていることが稀なのでしょうね。失われた真実は数多くあるのかもしれません。手に入れることのできた私は、運が良かったのでしょう」 

「兄様の文献漁りは、本当に狂気じみていました」 

 雪はしみじみと兄の動向を思い出しているようだ。彼方がその様子に声をたてて笑いながら、奏に話の筋道をたしかめる。 

「でも、その史実を信じると、僕達の認識は誤っているということだよね。相称の翼が黄后でないのなら、互いに真名を交わす必要はないってことだもん」 

「ええ。人々が語るとき、それは同一の物として捉えられていることが多いですが、決してそうではありません。たしかに、天帝てんてい御世みよが築かれるとき、黄帝と相称の翼は互いに真名を交わします。それが天帝の御世を築くための不可欠の条件だと信じられているためでしょう。けれど、私は公の儀式として執り行うための形式が、いつのまにか不可欠な条件であると錯覚されてしまったのではないかと、そう考えています」

「互いに真名を交わすことが、単なる儀式に過ぎないなんて。じゃあ、相称の翼が誕生するために不可欠な、本当の条件とは何なのですか」
 
 困惑気味に問いかけるゆきに、そうは穏やかに続ける。
 
「私の考えでは、黄帝が真名を与えた者、ようするにそれを受け入れ授かった者が相称の翼と成る。そう思います」 

「じゃあ、最悪の場合、黄帝の片想いでも、相手を相称の翼にすることができるかもしれないと、そういうこと?」 

 彼方かなたの何気ない言葉に、そうは一瞬目を伏せた。何かを憂慮しているかのように、一筋のかげりが見え隠れしている。 

「――不可能、ではないと思います。ただ、それが確かな推論であるとは言い切れません。もしかすると、何か他の要素があるのかもしれない。……天帝の御世が築かれる時は、常に盛大な儀式が執り行われ、人々の祝福に迎えられて始まるのが慣例です。同時に相称の翼が黄后となるのも、今では疑いようのない真実です。そう考えると私の推測は全てが現実的ではありません。それでも人々が忘れ去った過去を顧みると、不可能ではないと感じます」 

 朱里あかりは新たに形にされた異世界の掟を聞きながら、再び指先が震えるのを感じた。 
 奏の語ることは、朱里にとっては何の齟齬もない。 
 あれほど闇呪あんじゅを想いながら、相称の翼となった朱桜すおう。 
 何か理由があるのではないかと思い続けていたが、単に無理矢理その役割を負わされたのかもしれない。闇呪あんじゅへの想いを踏みにじられるようにして、朱桜すおうは相称の翼に仕立て上げられた。 
 だとすれば。 

「相称の翼が、その立場を放棄する方法はないんですか。もし黄帝に無理矢理真名を授けられて、強引に相称の翼にされてしまったら、取り返しがつかないんですか」 

 思わず聞いてしまうと、奏は浅く微笑む。 

「私の知る限りではありません。きっと、取り返しがつかないのでしょう」 

「兄様。では、もし愛し合っている二人に、黄帝が横恋慕した場合――」 

 ゆきの声が強張っている。朱里には消息を絶った相称の翼について、彼女も同じ結論に辿りついたのだと判る。奏が暗い眼差しで妹である雪を見た。 

「愛し合う二人にとっては、最悪の形で天帝てんてい御世みよが始まるでしょうね」 

「最悪の形で……、それは今のように、ですか。兄様は、ずっとそんなふうに考えていたのですね。相称の翼は奪われたのではなく、黄帝が闇呪あんじゅきみきさきを奪ったのかもしれないと」 

 奏は正しく思惑を言い当てられたのか、降参したように頷いた。 

「そうです。遥に出会って、私はますますその思いを強くしました。彼と縁を結んだ最後の姫君――相称の翼となった緋国ひのくにの姫宮が彼を愛していた可能性はあると思います」 

「ち、ちょっと待ってよ」 

 彼方が慌てたように、口を挟む。 

「それは奏の推測に過ぎないのに、思い込んでしまうのは危険じゃないかな。副担任が極悪非道でなかったことは認めるけど。黄帝が横恋慕して相称の翼を求めたというのは、いくらなんでも有り得ない。黄帝の想いはただの恋愛では済まないんだよ? そんな強引な手段で天帝の御世を築く第一歩を踏み出すとは思えないよ」 

「彼方の言うとおりです。これは遥にくみする私の偏った考え方です」 

「たしかに、そうですね。私も彼方様が言うように、黄帝がそんな無慈悲な手段に出るとは思えません。有り得ないと思います」 

 三人の会話を聞きながら、朱里は何とか自身を落ち着けようと努める。 
 全ての真実は、自身の中に封印されているのだ。今語られた憶測が全て正しいとは限らない。そう思わなければ、今後の成り行きがあまりにも残酷に思えた。 

 込み上げてくる不安と恐れに耐え切れず、朱里はある覚悟を決めた。 
 過去を封印されたままでは、前に進めない。何も解決できないのだ。今にも不安に押し潰されそうになりながら、それを振り払うように直入に問う。 

「あの、黄帝は全能の神のような存在だと言っていましたよね。黄帝の力があれば、どんな呪いでも解くことができますか。例えば、何かを封印する呪いをかけられても、黄帝の力なら解くことができるんですか」 

 奏が手を組み合わせて、朱里を見つめる。 

「どうして、そんなことを聞くのですか」 

 朱里は全てを見透かされそうな気がして、ぎくりと鼓動が高鳴ったが怯まずに答えた。 
 少なくとも奏は遥の敵ではない。もし自身の素性がばれても、きっと彼なら助けになってくれる。そう言いきかせた。 

「前に先生が呪いのことを言っていた気がして――天落てんらくほう、だったと思います」 

 それを口にした瞬間、周りの緊張感が増した気がした。奏の瞳が熱を帯びたように力強い眼差しに変わる。彼方が何か言いかけたが、奏が手を上げてそれを制した。 

「天落の法は、禁術の一つです。成功例がないに等しい幻の法術。呪いと言っても過言ではありませんが、異なるものです。その禁術を、遥が口にしていたと?」 

「はい。――私には意味が良く判りませんでした。ただ、それが先生を苦しめているような気がして……」 

 曖昧にごまかしながらも、朱里は胸の内を打ち明ける。天落の法で苦しんでいるのは、たしかに自分ではなく、それを見守り続けている遥であると思えた。 

「天落の法とは、どういうものなんですか。それを解く方法はあるんですか」 

「――あります。天落の法は、魂魄いのちを異界へ輪廻させる禁術です。発動させるためには、愛をって与えられた真実の名が必要です。それをいんとして発動し、術の解除は印として用いた真実の名を語ることで果たされます。けれど、異界へ輪廻を果たせば、おそらく記憶は失われてしまうでしょう。印として発動した真実の名を思い出すことは、まず不可能です。成功例がないに等しいのは、戻ってきた者がないせいかもしれません。帰り道のない法術とも言えます」 

「じゃあ、解除に黄帝は関係ない?」 

「ええ。印となる真実の名が黄帝の真名でない限り、なんの関係もありません」 

 朱里は胸の内で何度も反芻する。封印の解除に必要なのは、愛をって与えられた真実の名。それを知ることが出来れば、記憶が蘇る。全てが明らかになる。 

(――封印の鍵は、愛を以って与えられた真実の名) 

 それが誰に与えられたものであったのか、朱里には容易に想像できる。 
 こんなにも心を占めて、全ての過去を失っても滲み出るように蘇った想い。 

 黄帝である筈がない。相称の翼となっても、朱桜が――自分が黄帝の名を呼んだ筈がない。遥も双子も誤解しているのだ。朱桜が相称の翼となった意味を辿り、黄帝を愛していたのだと。だからこそ、封印を解く鍵が黄帝に在ると語ったに違いない。 

 朱里は少しだけ胸に希望が灯ったのを感じた。 
 絶望的だと思っていた封印の解除は果たされるのかもしれない。 
 愛した人は、手の届くところにいるのだ。 

 もう目を閉じて、耳を塞いでいられた時間は終わりを告げた。 
 彼を愛した想いだけではなく、全ての成り行きを明らかにしなければならない。 
 朱里はこれから、失われた真実と向かい合わなければならないのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

嫌いなあいつの婚約者

みー
恋愛
朝目が覚めると、見たことのない世界にいて?! 嫌いな幼馴染みが婚約者になっている世界に来てしまった。 どうにかして婚約を破棄しようとするけれど……?

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

予知姫と年下婚約者

チャーコ
恋愛
未来予知の夢、予知夢を視る女の子のお話です。下がってしまった未来予知の的中率を上げる為、五歳年下の美少年と婚約します。 本編と特別編の間に、番外編の別視点を入れました。また「予知姫と年下婚約者 小話集」も閑話として投稿しました。そちらをお読みいただきますと、他の視点からお話がわかると思いますので、どうぞよろしくお願いします。 ※他サイトにも掲載しています。 ※表紙絵はあっきコタロウさんに描いていただきました。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...