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4、奪還のベリル

231、勇気ある青王陛下は、よくわからないが、良いことをしている!

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 王都はお祭りの空気が濃い。
 アインベルグ侯爵とモンテローザ公爵の手配した兵を引き連れて、フィロシュネーは兄アーサーになった気分で筒杖を手に城下に姿を現した。
 
「仕掛けは、氷雪騎士団……黒旗こっき派の魔法使いが破壊したようです」

 報告されたのは、なにやら懐かしい派閥名だ。
 フィロシュネーが十四歳だったとき、青国と空国が戦争をした際にフィロシュネー個人に忠誠を誓ってくれた一派である。
 現在は「自分たちの主君が青王に即位なさった!」とそれはもう喜んでいて「自分たちは二年前からフィロシュネー様にこそ王者の器があると思っていたのだ」と声高くアピールしている……いずれ兄に王位を返すつもりのフィロシュネーからすると、ちょっと困る人々だ。
 
「……良いことですわ」
「ダイロスという名の魔法使いです。破壊したものの、本人も倒れて運ばれたようですが」
「ああ、知っています……容体は……?」
 
 ダイロスは高齢の男性だ。フィロシュネーは心配になった。

「倒れた人々の詳しい状態は、まだ情報が揃っていません」
「なら、現場を見てから、救護場にも参りましょう」

 フィロシュネーが言うと「陛下が自ら現場におもむかれるのは良いことだ」という支持意見と「軽々しく現場に行かれても」という反対意見が同時に出る。前者はアインベルグ侯爵、後者はモンテローザ公爵の息がかかった兵からだ。

(ふむん。一枚岩となるのは難しそうね)
 臣下の価値観や政道主義はさまざまだ。 
 
「陛下だ。幻かな?」
「本物だぞ、ばかめ……!」

 威風堂々とした青王一団に気付き、民が騒ぎ出す。
 王城や王都の名前を歌詞にして歌っていた吟遊詩人がハープを落とし、串焼きを手に国の歴史を語っていた爺さんが目をこすり。

「オレさまは竜騎士だぜ? 偉いんだ。拒絶しないよな?」
 町娘を口説いていた騎士が「ぎゃっ、陛下!」と叫んで物陰に身を隠す。
 
「ぎゃってなによ……あの騎士は、休憩中?」
「こほん、こほん。確認してしかるべき対応をいたしましょう」
「モンテローザ公爵は、軽挙な陛下にも、のちほどお説教が必要だと仰せでした」
 
 なにを説教されるやら。
 フィロシュネーは笑顔で頷きつつ、民に手を振った。

「お祭り気分のお邪魔をしてごめんなさい。あちらで騒ぎがあったとお聞きしましたので、現場を確認に参りましたの。失礼しますわね」
 
 あちら、と示した方向から逃げてきたらしき、青ざめた民が「びっくりしましたよ、みんな急に倒れちゃったんです」と情報を周囲に教えている。

「なるほど、勇気ある青王陛下は――よくわからないが――良いことをしている!」

 酔っ払いの爺さんがむにゃむにゃと叫んで、周囲が「そうだあ」と同意する。
 民は今のところ、新王に好意的だ。
 
(即位直後だもの) 
 
 良い方向に脳がフィロシュネーを解釈していくのは、最初だからだ。まだ何もしていなくても、夢をみてもらえている。
 けれど、民にとって不利益な政治を続けた場合、これが「なにをしても悪く解釈される」という逆境に落ちていくであろうことは、容易に想像できた。
 
(わたくし、気を付けなければいけないわね。……ううん。いっそ、それでもいいのだわ。お兄様に王位をお返しするのだもの。いっそ、フィロシュネーは王としていまいち、と評価された方がお兄様へのサポートになる……?)

 ふと湧いたアイディアに迷いつつ、フィロシュネーは兵を率いて民の間を進んだ。
  
「フィロシュネー陛下、ばんざい!」
「我らの王都『ステラノヴァ』に太陽の加護ありて、王城『サファイアキープ』に日はのぼる……♪」
 
 吟遊詩人がまた歌い出している。
 
 サン・エリュタニア青国せいこくの王城と王都には、最近になって名前がついた。
 王都『ステラノヴァ』、王城『サファイアキープ』。
 フィロシュネーが考えた名前は、民には喜ばれ受け入れられていた。

「ああ、うるわしの姫君は王となり……♪ たぶん、良いことをしている……♪」
 
 変な歌詞。たぶん、即興だ。

「あの吟遊詩人にチップを」
 
 わたくしの良い評判を広めてもらいましょう。フィロシュネーは抜け目なく好感度稼ぎのチップを手配しつつ、さらに進んだ。

 街道には、物がたくさん落ちている。袋や、串焼きの串。料理が盛られていたらしき安っぽい素材の器。手作りの旗――酔っ払いが祭りではしゃいで落としたのかもしれないし、異変に怯えて逃げた誰かが落としたのかもしれない。
 
 広い街道には国旗と一緒に王都や王城の名前を書いたのぼりが並んでいる。
 誰もかれも、普通にお祭りを楽しんでいるみたい――と、拍子抜けしていると、現場に近付くにつれて「やっぱり騒動はあったらしい」という気配が漂ってくる。
 
 派手な衣装を着て頭に鳥の羽をつけたおじさんが酒樽を抱えて逃げてくる。びっくりしたよ、みんなバタバタと倒れて行ったんだ、と語る声に、後続の逃亡民の体験談が続く。
  
「あっ、フィロシュネー陛下だ!」
 
 すぐ近くにある建物の三階の窓からは、紙吹雪がぱらぱらと降ってきた。
 同時に、隣の窓から旗が振られる。
 
「おーい、うちの妻と子たちが急にぐったりしてるんだ。助けてくれ」

 被害者がいるではないか。
 フィロシュネーはあわてて兵を動かし、救助させた。
 
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