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4、奪還のベリル

232、真面目にやっております!/余裕です

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 魔法の仕掛けにより人々が倒れたという現場は、一件なにも変わったところはなかった。

 ぱたりぱたりと倒れて行っただけだという話の通り、誰かが大きな怪我をして血を流した痕跡はない。地面にはせいぜい、落とし物が散乱している程度だ。
 
「これが周りにいる人々から生命力を吸いあげていた仕掛けの残骸です。調べてみないと詳しい挙動はわかりませんが、師匠は無理矢理これに自分の魔力を注ぎ込んで、キャパシティオーバーを狙ったようでした」
  
 地面からポッコリと生えた装置らしきものを示すのは、アロイスという獣人の魔法使いだ。
 師匠というのは、ダイロスのことらしい。

「ダイロスさんや倒れた人たちは、大丈夫?」
「亡くなった者は今のところいません。衰弱が激しく、昏睡状態の者はいますが……」
 
 ダイロスは昏睡状態らしい。
 治癒魔法をかけると、復調の助けになるだろうか? フィロシュネーは「ふむ」と周囲を見渡した。

「真面目にやっております!」
 目が合った騎士がキリッとした顔で報告してくる。聞いてないのに。アピールするってことは後ろ暗いなにかがあるのかしら。
 
「……その調子でよろしくね」
   
 現場にいると、それだけで騎士たちは王の目を意識して真面目に現場の後始末をしている。やはり、現場に姿を見せたのは良いことだったのだろう。
 
「救護場に行きましょう。衰弱が激しい方に治癒魔法をかけたら、ましになるかもしれませんし」
 
 フィロシュネーは決断して移動することにした。
 と、その耳に知らせがもたらされる。

「陛下がこちらにいらっしゃると聞き付けて、空国の方々が近づいて来られますが。いかがなさいますか?」
「それは、もしかしてハルシオン陛下?」
「あちらもフットワークの軽い方のようで」
 
 あちらも、というからには、フィロシュネーもすでに「フットワークが軽い」と思われているということだ。
 イメージ戦略的には成功ではないだろうか。フィロシュネーはフットワークが軽いと思わせたかったのだ。
 意図した通りの結果に手応えをつかみつつ、フィロシュネーは空国の一団に近付いた。
 
「そういえば、紅国の魔導具……聖印を集めたいの。手配してくださる?」

 近くにいた新米の魔法使いらしき少年が「余裕です」と返事をしてくる。

(よ、余裕です……?)
 
 フィロシュネーがちょっとびっくりしていると、アインベルグ侯爵の兵も「その態度はなんだ」「陛下に対する返答の仕方としていかがなものか」と少年を嗜めた。
 
「しつれいしました」

 あまり「失礼をした」と思っていないような声で言った少年魔法使いは、全身をすっぽりとローブに覆われていて、服を着ているというより服に着られているみたい。
 顔の上半分を奇妙な仮面で隠していて、どことなくカントループ姿のハルシオンを連想させる。
 肌の色は褐色だった。
 
「まあ……いいわ。わたくしは、些細なことで目くじらを立てたりはしません」
 
 フィロシュネーはおおらかに言い、足を進めた。

 空国の一団が視界に見えてくると、ハルシオンが「シュネーさん!」と声をあげて近づいて来る。

 白銀の髪をきらきらと陽光に艶めかせるハルシオンは、頭に王冠を戴いていた。
 彼は空国の王となったのだ。 

「このたびはご即位おめでとうございます。私の中のパパ心が喜びに震えて、気を落ち着かせるのが実に困難でしたよ。何か事件があったのですって? めでたい日になんてことをしでかすのでしょう、悪人とはいつの時代も困ったものですねえ」 
 
 と、切り出す声は友好的で、明るくて落ち着いている風情を装っているが、ハルシオンの目元には隈ができていた。
 以前会ったときよりも間違いなく痩せていて、その心労はひと目でわかる。
 
 焦燥。喪失感。悲嘆。不安。疲労。
 それらすべてを胸の奥にひた隠し、隠しきれていない。
 それが、空王ハルシオンだ。
 
「空王陛下、お祝いしてくださってありがとうございます。お祭りなので羽目を外してしまう魔法使いがいたのかもしれませんわね。見つけて『めっ』って言ってあげませんと」
「私も『めっ』って言われてみたいですねえ」

 へらへらと笑うハルシオンを連れて救護場を訪ねると、十数人の被害者が寝かされていた。意識がある者もいれば、ない者もいる。

 フィロシュネーは「治癒魔法を使う」と言おうとして、ハルシオンに気を使った。

「わたくしの国の民ですから、わたくしは治癒魔法を使います。でも、お客様を働かせるわけにはまいりません。ハルシオン様はどうぞお気になさらずに」
「ああ、……はい。私も、使おうかと思ったのですが。ここは青国ですからね、青王陛下のお言葉に従いましょう。それに、正直言うと少し疲れていたものですから」
「ご無理をなさらないでください、ハルシオン様」
「ありがとうございます」
  
 ちょっとだけ困った気配のハルシオンは、どうやらまだ呪術が使えないままのようだった。

「へいか」

 母親と寄り添いベッドに寝ていた幼い子どもが、あどけない声をあげる。

「ごきげんよう。急にご体調が悪くなってしまったのですって? お母様は眠っているのかしら」
「まま、おきないの」

 ぐすっと泣きそうになりながら母親を指す子どもに、フィロシュネーは胸を痛めた。

「心配ね。……これで元気になるといいけど」

 そっと手をかざして治癒魔法を使ってみれば、母親がむにゃむにゃと寝言のような声を唇からこぼして、目を開ける。

「う、う~ん?」
「まま……!」

(効くみたい。そして、子どもの方は、治癒魔法が必要なさそうね) 
 
 救護兵が母親に状況を説明するのを聞きながら、フィロシュネーは他の被害者に目を向けた。

「衰弱が激しい方を優先します。順番に」

 治癒を施すフィロシュネーのあとを、ハルシオンは複雑そうな表情でついてくる。
 きっと、自分が手伝えないのを気にしているのだ。

(申し訳ないことをしてしまったかしら)

「ハルシオン様、のちほど、ゆっくりお話したいことがありますの。わたくしのおねだりを聞いてくださいますか?」
 
 頼るように言ってみれば、ハルシオンは救われたような顔で「もちろん」と微笑んだ。

「陛下のおかげで、我が子を安心させることができました。ありがとうございます……!」
 
 救護場を出るフィロシュネーに、あの母親が声をかけてくる。

(そういえば、ダイロスさんはいなかったわね)

 フィロシュネーはそれを気にしつつ、自分を見送る母子に笑顔で手を振った。 

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