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 閑話1

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 とある男は知っている。
 これが五度目の人生である事を。
 とある男は知っている。
 自分が治めるはずだったこの国が悪党達によって滅ぼされた事を。
 故にとある男は請い願う。
 もしも、神という存在がおられるのであればどうか己がすべき事をお教えください。

 この国の皇太子、郝雨明かくうめいは、何度目か分からないため息をついた。

「どうか今年も何事も無く終わりますように……」
「そうですね、殿下」
「殿下はやめてよ。今の俺は|明(・)だから」
「承知致しました。明様」
「……まあ、百歩譲って良しとしよう」

 雨明は、試験会場として提供した都でも指折りの大きな屋敷の二階で窓の外を覗く。外には映月という宮廷所属の道士になりたい人間達がアリの行列をなしていた。
 見知ったものばかりで雨明は、ほっと一息つく。
 この年の合格者は変わりなければ四人である。雨明は、合格者であった者達をその行列内から見つけた。
 数年前のような大きく変化した出来事はなさそうだ。

「うお! びっくりした」
「……」

 雨明はそんな事を考えながら今年の受験者を眺めているともぞもぞと首元から一匹の蜥蜴が飛び出した。|黄色(・・)の鱗が特徴の変わった生物である。
 雨明が拾ったときにはひどく衰弱しており、あの手この手で世話をして今では元気に動き回っている。明は、その蜥蜴に「こん」と名付けた。
 かつて、この国を守護する為に現れた金色の龍にちなんだ名前だ。皇太子の身分である雨明からすれば信仰すべき偉大な存在である。
 雨明はひょいっと金を優しく抱き上げると、机の上に置いてある砂糖菓子を手に取って小さな口に運んだ。金はばくりとそれを飲み込んでガリガリとかみ砕くとぱかりと口を開ける。もっと寄越せと要求しているようだ。

「なんて無礼な。斬りましょうか?」
「こんな小さい動物に目くじら立てるなよ~」

 雨明の護衛である孫海倫そんかいりんがふてぶてしい態度の金に今にも剣を抜きそうだ。皇太子である雨明に対して礼儀が無いと感じているのだろう。
 海倫の生真面目さに雨明は苦笑を漏らす。幼い頃から一緒にいて、未だに礼儀を弁えている頭の固い男である。自分より年上だからだろうか。こんなに長い間一緒にいて敬語が崩れたことは一度も無い。

(だからこそ、俺を守るために死んだんだけど……)

 彼の最後はどれもこれも悲惨であった。雨明を逃がすために一度たりとも怯まず、果敢に多くの妖怪を切り伏せていた。最後に力尽き、殺される様を雨明は今でもよく覚えている。

(本当に、俺には勿体ない護衛だ)

 四度の人生で一度も裏切ったことのない忠実な護衛。雨明はその忠誠心に頭が上がらない。信頼できる忠臣である。
 雨明は金に砂糖菓子を与えながら、再び窓の外を見る。ある程度受付が終わり、札を持って待っている者達が順番待ちをしているようだ。

「……ん?」

 その列に|いつの間にか(・・・・・・)見覚えのない人間がいた。雨明は目を擦り、もう一度外を見る。変わらず、そこには目を引く美しい男がいた。
 四度の人生を繰り返している雨明には、見覚えのない美しい男は悪党であるという法則が染みついていた。

 一度目は、剣を持った鬼であった。彼は、蓮家というそれはそれは有名な家門から虐げられて育った私生児だった。
 蓮家には秘密があった。
 とある洞窟に妖怪を封じ込めた剣があり、一世代に一人生け贄を捧げなければいけなかった。私生児である彼は、そのために生まれた消費物であった。
 |6歳(・・)になった彼は、生け贄としてその洞窟に封じ込められる。そして、その剣に魅了されてしまい、その剣を持ったまま洞窟から出てしまったのだ。
 その後、蓮家に復讐を果たしたが妖怪の力に負けて暴走してしまい、目につく人間を手当たり次第殺し尽くす殺人鬼となる。その中には、海倫は勿論のこと雨明も入っていた。
 それほどまでに、彼は強かったのだ。

 そうして二度目、とある村で崇められていた水神様であった。一度目の経験を生かし、雨明は私生児である彼を保護していたが、思わぬ所から再び国は滅んでしまった。
 都から遠く離れた場所で、妖怪を封じ込めた湖があった。しかし、その事実は正しく受け継がれず、いつしか水の神が宿る神聖な湖として祀られていた。
それに伴い、選ばれた者が誕生したら村は安泰だという言い伝えが誕生してしまう。
そのため、村では|6歳(・・)になる子供はその湖の水を頭から被り、その資質を確かめる慣習があった。
 運悪く、彼が水に触れると肌に鱗が浮かび上がってしまった。未だかつてない事に、この子供が神に選ばれた特別な人間だと村で神として崇められた。どういうわけか、その村は数年にもわたって豊作続きとなる。
 しかし、長続きはしなかった。それどころか、ひどい凶作が続き村は破滅の一途をたどっていた。このままでは村の存続が難しいとなった時、彼の血を引く子供を産ませようと村人達は考えた。
 資質を持った彼の子供であれば、きっともう一度神に選ばれるはずだと。
 村人は、彼を閉じ込め昼夜問わず村の女を送り込む。彼はまだ12歳の子供であった。
 そして、村は突如として襲った水害によって沈んだ。ただ一人、彼だけが生き残った。
 湖の封印は解かれ、その妖怪の力によって村人に復讐した彼はその借りを返すため、国をその強大な力で沈没させた。

 三度目、腐った烏と呼ばれた盗賊だった。彼は父親の借金の形に売られた。その売られた先が、妖怪がやっている闇金融だったのだ。その妖怪は、構成員が裏切らないように自ら妖力を注ぐような用意周到な男で、例に漏れず彼にも同じように力を注いでいた。
 しかし、彼は生まれ持って妖力に対する抵抗力が高かった。これは良い玩具になるぞとその妖怪はことあるごとに自身の力を注ぎ続け、どうなるのか実験していた。
 烏の妖怪であった、彼の妖力を注がれ続けた男は自分自身欲しくもない光り物を、何故か喉から手が出るほど欲するようになった。その衝動は止まらず、どんな手を使ってでも奪い取っていた。
 ずたずたにした死体から乱暴に剥ぎ取る様から腐った烏と呼び名がついたらしい。
 そんな彼が、皇室の宝物庫に目をつけない訳がない。突如として皇宮を襲った悲劇。皇帝は無残に殺され、その冠でさえも彼の手に渡りそのまま雨明は殺された。

 最後の四度目は未だに雨明も分からない。
『面白い子が皇宮に居るって聞いたから、奪いに来たよ』
 三人の災いの芽を保護してこれからどうしようかと思っていた所、音も無く現れた何か。雨明はその正体を知るよりも先にあっさり死んだ。
 今まで三度、必ず26歳で死んでいたはずがその四度目では6歳で死んでしまったのだ。

 そんな四度の人生を繰り返した雨明は、現在五度目。今年で26歳となる。
 おかしな事に、三度国を滅ぼした悪党どもは、いたはずの場所から消えていた。故に、雨明は何かが違うといつも以上に気を張っていた。お陰でこの年まで生きられたのは良いのだが……。
 その悪党どもが何故か全員揃って雨明が設立した映月に所属している。その上、彼らは口を揃えて「爸爸パパ」なる者を探しているそうだ。三人が同じ事を言っているという事はただの偶然ではないだろう。
 しかし、悪党が揃っている上に妖怪に惑わされている様子も無い事から監視が簡単になったのは事実。あの三度の失敗は回避できたと考えるのが妥当だろう。ならば、雨明が警戒すべきは四度目の悪党なのだが、残念ならが雨明はその悪党の顔を全く覚えていない。
 ただ一つ、彼らには共通点がある。

「顔の良い男は大概怪しい奴!! ちょっと行ってくる!!」
「! お待ちください殿下!!」

 美しい顔立ちの男は総じて悪党だったという事だ。
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