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15 鏡と妖怪

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 馬車での移動はとても快適だった。お昼寝感覚で少しばかり寝ていたはずだったが、いつの間にか夜になっていた。

 それどころか、いつの間にか山の中で各々野営の準備を終えていた。



「起こしてよ!!」

「え? やったことあるんですか? 野営」

「な、ないけど」

「じゃあ大人しくしてて下さい」



 いやいやいや!!やったことないからやらないっていうのは違うんじゃ無いかな!?

 俺は慌てて馬車から降りて靴を履く。それからたき火に薪をくべている雪瓔に駆け寄るが、彼は手を広げて待ち構え俺を抱えた。そして流れるように地面に敷いている布の上に俺を置く。



「これは……?」

「気に入りませんか? やはり、椅子を持ってくるべきでしたか」

「いや! 大丈夫ありがとう」



 ピクニックに持ってくるレジャーシートのようなものだろうか。ふかふかで明らかに高級そうな絨毯に見えるのは俺だけかな?

 土に汚れてしまったから洗うのが大変だなこれ。何でこんなものを持ってきているのか。俺としては、たき火を囲んで土の上に座るか、切り株とかに腰掛けるかだと思っていたんだけど……。

あまりにも予想とかけ離れている出来事に苦笑いを浮かべてる。



「ご飯持ってきた!!」

「ぎゃあ!!」



 ぬっと暗闇から繻楽が現れた。思わず悲鳴をあげるが、彼の手元で蠢いているものを見てもう一度悲鳴をあげそうになる。



「お前ら食う?」

「要らん」

「要りませんし、あっちで捌きなさい。シキが驚いてるでしょう」



 繻楽が手にしているのは二匹の蛇だ。蛇も捌いて焼けば食えるとは言うが俺は一度も食したことが無い。しかもまだ生きているし、正直怖い。うちの子ワイルド……。



「えー? うまいよ? シキも食べない?」

「……ひ、一口だけなら」

「やった! 美味しく焼いてあげるから楽しみにしてて!」



 本当に大丈夫だろうか。一抹の不安を抱えながら、繻楽は雪瓔に言われたとおり、離れた場所で調理を開始する。俺も捌いてるところ見て、習った方が良いかな……。もしかしたらこの先、現地で食料を調達することになるかも知れないし。



「食材調達は繻楽に任せれば良いですよ。あいつ、食べられる木の実や茸分かりますから」

「でも、この先一人で依頼を受けることもあるかもしれないし……」

「あり得ない。単独で依頼を受けることは無い。二人以上で行うのが原則だ。ああ、あった」



 優蘭が馬車の中から何かを見つけたようだ。そしてそれをぽいっと俺に投げつける。俺はそれを受け止めながら、手の中に収まったものを見た。

 丁寧に加工された木の素材で出来たものだ。何かの花の模様が彫られており、見るからに高そうだ。



「鏡だ。持っていないだろう」

「もってない、けど……」



 優蘭にそう言われて、それがパカッと開くコンパクトミラーだと気付く。どうしてそんなものを俺に渡すのか分からず首を傾げると、呆れた表情の優蘭がため息をついた。



「妖怪は人の姿を模して惑わす。鏡はそれを見分けるための道具だ」

「鏡が……? もしかして、姿が映らないとか?」

「ああそうだ。人の姿を借りている妖怪は映らない。鏡じゃ無くても水面とかも有効だ」

「へー、なるほ……」



 あ、待って?じゃあ俺明さんに道士の試験のために来たはずなのに鏡も持ってきてない変人って思われたんじゃ……。

 よ、よくそんな人を試験会場に入れたなあの人!怪しいって思わなかったのかな?寧ろ露骨すぎて大丈夫って思ったのか?

 ああ、折角ここに来て俺を助けてくれそうな人と仲良くなりたいと思っていたのに……。出会い頭に大きな間違いを犯していたなんて。

 これから使える後輩だと思われるためにも依頼を頑張ってこなそう。今の俺にはそれ位しか出来な……い?

 不意に、のしっと膝の上に重みを感じた。



「……ん?」

「飯だな」

「確かに……そうですが……」



 俺の目の前に大きな背中が広がっている。一体誰の背中かというと、優蘭である。彼は、よっこいしょと自然に俺の膝の上に座ったのだ。そして気にせず本を読み進めているではないか。

 膝の上に優蘭が乗っているため、俺は彼の背中以外何も見えない。どうにか体を傾けると困惑している雪瓔の表情が見えた。彼の手には木の器とお玉が収められ、鍋のスープでも俺か優蘭に渡そうとしているようだが案の定この状況に固まっている。

 俺も今、恐らく雪瓔と同じ気持ちだ。



「え? 何してんのお前。オレ達の中で一番でかいんだからシキの上からどけよ」



 そんな中、蛇を調理し終わった繻楽が、俺たちの言いたいことを代弁してくれた。そこまで強く言わなくても良いが、考えていることは一緒だ。

 うんうんっと繻楽の言葉に同意するように小さく頷いていると、優蘭が少しだけ身じろぎをした。



「……今度は、体を小さくする薬を作ろう」

「くだらな。いいからさっさと降りろ」

「……」



 降りたくないらしい。繻楽の言葉に返事をしない優蘭に俺は察した。赤ちゃんの頃から育ててるんだぞ。優蘭がどうやって繻楽を説得しようか考えている事ぐらいよく分かる。

 喧嘩が始まりそうだ。



「分かった。優蘭、体を横にしてくれ。これじゃあお前の背中しか見えない」

「ああ」

「えー? 良いの? 重くない?」

「重くないよ。でも、食べずらいから繻楽、その蛇俺の口元に寄せてくれ」



 素直に俺の言葉に従い、優蘭が俺の首に腕を回してもたれかかる。当たり前だが子供の頃よりも体重は増している。背も高くなって立派になったな。

 そんな大人が俺の膝の上に乗ってくるとは思わなかったが、可愛いのでよしとする。



「成る程分かった、あーん!」

「あー」



 繻楽も俺が良いと言うのでそれ以上優蘭に降りろということはなく、綺麗に串に刺して身を開いた蛇を俺の口元に寄せる。両手は普通に使えるが、こう言えば繻楽の気を逸らす事が出来るだろうと思い口にしたら成功した。

 そのまま俺は繻楽の持っている蛇の肉を見る。見た目は淡泊な魚みたいだ。

 覚悟を決めてえいっと一口齧り付いた。すると、予想外にもその蛇は食べやすく、美味しかった。塩のみで味付けされているとは思えない。蛇は美味しいって言うのは本当なんだな。



「うま」

「でっしょー? あとでもっと美味しいの採ってきてあげる!! これから行くとこに一杯あるから!!」



 それは楽しみだな。もぐもぐと蛇の肉に舌鼓を打つとずいっと繻楽を押しのけて雪瓔が俺の口元に匙を寄せる。



「はい、あーん」

「あ、あーん」



 雪瓔に頼んだ覚えが無いが、有無を言わさない笑顔に負けて俺はそれを一口。ほどよく冷めていて食べやすい。



「このスープも美味しい!」

「お口に合って良かったです。まだ食べますよね? ほらどうぞ」

「ありがとう、雪瓔。でも俺、自分で食べられ……」

「どうぞ」

「……うん、ありがとう」



 聞く耳を持たず。雪瓔はどうしても俺にあーんがしたいらしい。俺は彼の強い意志に負けて黙って受け入れることにした。
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