【本編完結済み】朝を待っている

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第九章

53~side亮~

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 ポツリ、ポツリ、と段々灯っていた明かりが消える頃。空は星さえ光らせず、街はもう闇に包まれている。
 夜になり更にぐっと気温が下がった展望台の上で、亮はそれでもただひたすらに、太一を待ち続けていた。


 はぁ、と吐く息だけが宙を揺蕩い、先程から何度も何度も携帯を出してはしまい出してはしまいと時間を確認していた亮は、画面の数字がぱっと変わり夜の十時になったその瞬間、祈るような気持ちでぎゅっと携帯を握りしめた。


 ──それから、数分後。

 たん、たん。と階段を上がってくる音がして、亮はそれだけで泣きそうになりながら階段の方を向き逸る気持ちを必死に抑え、太一の頭がひょっこりと見えた途端、へにゃりと表情を弛ませた。


「……良かった、来てくれた」

 もう既に来ていたのかと驚きつつ、よう。と手をあげた太一に向けてぽつりと呟いた声。
 それは寒さでくぐもり、ほっとしたのか途端にカタカタと震えだす自身の体を情けないと思いながらも、太一に気付かれぬようにと奮い立たせ、亮はふわりと微笑んだ。

「……来てくれたって、俺が呼び出したんだろうが。ていうか、こんな時間に呼び出して、ごめん」

 そうばつが悪そうに謝る太一に、そんな事気にしなくていいよ。と笑いながら亮が言う。

 けれどもその後に続く言葉が出てこず、どうして俺の家は駄目なの。なんでわざわざここに呼び出したの。だなんだと聞きたい事は沢山あるのにその答えを聞くのがなんだか怖くて、ずっと喉の奧に張り付いたまま。
 そんな情けなさに亮がぎゅっと掌を握った、その時。


「今までずっと優しくしてくれてほんとありがとな。家に居て良いって言ってくれたのも、すげー嬉しかった。……ほんとに、お前と友達になれて良かったと思ってる」

 ふわりと、本当に穏やかな顔で、声で、太一が言った。


 その柔らかな笑みは今まで見てきた太一のどの笑顔よりも綺麗で美しかったのに、それがいっそう儚く消えそうで、亮がヒュッと息を飲む。
 ゆっくりと紡いできた時間があっという間になくなり、一気に距離が離れてしまったような喪失感がツキンと心臓を突き刺し、堪らず亮が太一に腕を伸ばしかけたが、それを意に介さぬよう、

「でもバイト先の店長がさ、家においでって言ってくれたんだ。だから、その言葉に甘えてしばらくは店長の家でお世話になろうかと思ってさ」

 なんてさらりと、太一が言った。


 その言葉にまたしても亮は息を飲み、頭のなかで警戒音が鳴り響くまま、

「……あ、そ、そうなんだ。でも別に俺の家でも、」

 とそれでも平静を装って呟いたが、


「無理だよ。お前とは一緒には居られない」


 なんて真っ直ぐ、突き刺すような眼差しで太一が見つめて放った一言が、亮から全てを奪っていった。

 ズキン、ズキン、と痛む胸。
 呼吸すらままならず、目眩がしてしまいそうに苦しくて、それでも、どこかでこうなるとも思っていた亮は、ぐっと拳を握った。


「俺とお前は魂の番いだから、このまま一緒に居たらいつか本能に抗えなくなる。……お前もほんとは分かってんだろ。 だから、もうお前とは一緒に居られない。友達としていられる今のうちに、距離を置きたい。……じゃないと、お互い後悔する」

 最後の方はなんとも頼りなく、風に掻き消されてしまうほど小さな声で太一が呟き、俯く。
 吹き荒れる冬風が太一の前髪を乱し更に表情を分からなくさせ、そのまま太一をどこか遠くへ連れ去って行ってしまいそうな錯覚に陥りながらも、けれども亮は黙ったまま、更にきつく拳を握りしめた。

 ……今、自分が言えることはない。
 俺は太一が好きで好きで、どうしようもないくらい好きだから後悔なんてする筈もないけれど、太一は違う。
 後悔と口にされた事で明白に突き付けられた、初めて会話をした時と変わらない自分へとは絶対に向かない太一の気持ち。
 それでも俺と友達でいたいからと、運命なんかに負けたくないからと必死にもがいて考え出した結論だろうと分かっているからこそ、俺は何も言えない。

 そう心のなかで太一の気持ちを慮った亮は、分かった。と言ってあげたかったが、けれど今何か口にすれば泣いてしまいそうで、太一が好きなんだと叫んでしまいそうで、そっと目を伏せる事しか出来なかった。


「別にお前が嫌いなわけじゃねぇよ? 本当に感謝してるし、ずっと友達でいたいと思ってる。……ただ、俺が駄目なんだ。俺、実はずっと前から店長が好きでさ。だから、ただ俺が店長の側に居たいってだけだし、その気持ちを大事にしたいだけなんだ」

 黙り込む亮に、困ったよう笑ったあと、なんかごめんな。と呟いた太一。

 その太一の言葉にバッと顔をあげ、……好きな、人……。全然知らなかった。と驚きに目を見開いたが、え、でもあの人、たしかオメガじゃ……。と亮が太一を見つめ返せば、その視線の意図を汲んだのか、まぁ、うん、だなんて太一は目を伏せた。

「……あの人にはちゃんとパートナーが居るし、絶対俺を好きにならないのは分かってる」

 ふっと微笑んだ太一の表情は穏やかで、とても苦しい恋をしている素振りはない。
 しかし、

「それでも、俺には初めて痛みを共有できた人だった」

 なんてぽつりとそう呟いた太一にまたしても目を見開き、亮は唇の端を小さくひしゃげてしまった。

 切ないまでの、太一の呟き。

 その言葉が胸に迫り、ヒュッと小さく喉を鳴らした亮はやはり何も言えず、……そっか。と弱々しく呟くだけで精一杯だった。



「……だから、お前の家には行けない」
「……う、ん、分かった。……話してくれて、ありがと」
「……ん。……今までありがとう。本当に感謝してる」
「っ、ちょ、やめてよ。まるでこれが最後みたいな事言うじゃん」

 ズキンズキンと痛む胸の疼きを無視し、どこか張り詰めている空気を拭うよう亮がへにゃりと笑えば、太一も何故だか泣きそうな顔で、へにゃりと笑う。
 その顔が本当に消えてしまいそうなほど切なくて、思わず腕を伸ばしかけた亮だったが、しかしその衝動を抑え込み、呟いた。

「……俺たち、これからも友達でいられるよね?」
「……お前が、まだ俺と友達でいたいと思ってくれるなら」

 亮の言葉に一瞬だけ目を見開いたあと、やはり今にも泣き出してしまいそうに太一が声を震わせ、笑う。
 そんな無防備な太一を見れば、これで良いのだと、俺は太一の気の置けない友人としてずっと側に居たいのだと思う事すら放り投げて抱き締めてしまいそうで、……そんな顔しないでよ。と亮は堪らず泣きそうになってしまいながら、

「当たり前じゃん。ずっと友達でいたいに決まってるでしょ」

 だなんて精一杯の強がりで、笑い返した。


「……うん、ありがと」

 ぽつりと呟いた太一の顔が、吹き荒れる風に揺れ踊る髪のせいで隠れ、やはりよく見えず、じゃあ、俺店長待たせてるからもう行くな。なんて踵を返そうとした太一に、

「そ、卒業式! 卒業式には来るよね!?」

 と慌てて問いかければ、ぴたりと止んだ風でようやく見れた太一の顔が一瞬ぽかんとしたあとくしゃりと綻び、当たり前だろ。だなんて笑ったので、亮はほっと胸を撫で下ろしては、だよね。と笑い返した。


「……じゃあ、また卒業式に」
「……ん、受験頑張れよ」
「うっ、が、頑張るよ……」
「あははっ、お前なら大丈夫だよ。じゃあな!」


 眩しいほどの笑顔で、ひらりと手を振った太一がたんたんと軽やかに階段を降りていく。
 その後ろ姿をじっと見つめたあと、亮はそのまま太一が下から出てくるのを手摺に寄り眺めては、一度も振り返る事なく夜の道を歩く太一の真っ直ぐな背を、角を曲がって見えなくなるまで眺めていた。




 
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