【完結】初恋は、

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 ──時刻は、夜の十時。

 春からバイトが終わったと連絡が来るのを今か今かと待っている雅は、機材やらに囲まれた狭い部屋のなかで、何度も何度も深呼吸を繰り返していた。

 その理由はもちろん、今日が“バレンタインデー”だからであり、机の上にちょこんと置いたチョコレートの箱を何とも言えない顔をして見つめていた雅は、……まじでガラじゃなさすぎる。と頭を搔き毟りつつ、いやでも買ったからには渡すしかないだろ。と自分を鼓舞した。

 本来ならば花を渡すべきなのだろうが、甘いものが好きって言ってたし、物ならばそこまで重くないだろう。と言い訳をしながらも少しだけ奮発し前もって買っていた、チョコレート。
 それを恋人でもなんでもない自分が渡すのは流石に引かれるだろうかと不安になりながらも、雅はまたしても一度深く呼吸をしてから、よし。と顔をあげた。

 最近の春の様子や今日の事を考えれば、春も自分をそういう対象として意識してくれていると、自惚れかもしれないが思っていて。
 それがとんだ勘違いだったとしても、自分が春を好きな気持ちは変わらないし、渡すだけなら罪ではないだろう。だなんて雅がボリボリと頭を搔きつつ、あの公園にでも寄って、渡して、ちゃんと告白しよう。とまるで中学生のような幼稚なプランを頭のなかで描いていた、その瞬間。

 ──プルル。と電話が鳴り響き、春からの着信に雅はビクッと体を跳ねさせながらもすぐに携帯を手に取った。


「も、もしもし」
『雅さん~~!!』
「おわ」
『もう、ほんっっと疲れた~~……!!』
「おぉ、お疲れ」
『ふふ、はい』
「今から家出るな」
『は~い』
「店のなかで待ってて。着いたら連絡する」
『は~い』

 間延びした返事を繰り返す春が、疲れていると言ったばかりなのに上機嫌でクスクスと笑っている。
 それが受話器越しに耳を擽り、こそばゆい気持ちになりながらも、雅も小さくはにかんだ。

「じゃ、……あ、」
『え?』
「……アイスコーヒー、」
『っ!』
「何時もより美味かった、ありがとな」

 そう早口で捲し立て、春が何かを言う前に電話を切った雅。
 それは、『特に意味はなかった』だなんて今春に言われでもしたらきっともう告白なんて出来ないから。というダサすぎる理由だったが、それから雅は素早くダウンジャケットを羽織り、机の上に置いていた小さなチョコレートの箱をズボッとポケットの中に入れたあと、……行くぞ。と気合いを入れ直して家を出た。




 ***



 外に出てみれば、夜は星が瞬くほど綺麗で。

 それでも氷点下を下回る気温は恐ろしく寒く、鼻の頭を赤くした雅が肩をすぼめて夜道を歩く。

 頭のなかでは先ほどの、中学生ですらもう少しマシな計画を考えるだろうプランがぐるぐると回っていて。

 そんなダサい自分に引きながらも、玉砕しても伝える事が大事だから。だなんてやらない後悔よりやる後悔の方がいいと必死に雅が自分を奮い立たせ、五分も経たずにすぐ着いてしまった道の角を曲がったが、しかしその瞬間飛び込んできた光景に状況の把握ができず、少しだけ固まってしまった。



「いや、あの、俺……、」
「え~~良いじゃん春君! 今から遊びに行こうよ~~!!」

 だなんて聞こえる、声。

 照明の落とされた店の軒先は暗く、店内で待っていろと言ったにも関わらず外で待っていたのだろう春が、何時ものようにモコモコとした可愛らしい雪だるまのような姿で立っている。
 だがそこにもう一人、見知らぬ女性が春の腕を掴んでは甘えた声を出していて。
 その予想すらしていなかった光景に雅が目を見開いて呆然と突っ立っていれば、女性がグイグイと春の腕を引いたのが見えた。

「ね、いいじゃん。ちょっとくらい。私朝からお店に居て高いプレゼントも渡したし、今までずっと春君がバイト終わるの待ってたんだよ?」
「いやあの、ほんとに困ります……。そもそもプレゼントもお店が勝手に受け取ってるだけで、俺も良介も受け取らないようにしてて……。なので次来店された時にプレゼントはきちんとお返ししますね」
「え~遠慮とかしなくて良いから! それに大丈夫。春君の事が好きな他の子には、春君と遊んだとか言いふらさないし! なんなら今からホテルとか行く?」
「っ、ほんと困ります……、それに俺人を待ってて、」
「……は、誰? もしかして彼女?」
「えっ、いや、そ、そんなんじゃ、ないですけど、」
「男友達? なんだ良かった~! ならその子も一緒にさ、三人で遊ぼうよ! 私は全然平気だよ?」
「……あの、本当に困るんで、もう帰ってください……」
「え~! つれないこと言わないでよ~!」

 そう必死に春の気を引こうとしている女性の声が、辺りに響く。
 その猫なで声は耳障りでしかなく、雅は突っ立っていたままだった足をようやく動かしては、こちらに背を向けている春の反対の腕を掴んだ。


「嫌がってるの、分かりませんか?」

 ──こっち。後ろに隠れてろ。
 と言わんばかりに春の体を後ろから引き寄せ、その反動で春の腕を離した女性と春の間に割り込むよう体を前に出した雅が、無表情のままその女性を見下ろす。
 そんな突然の雅の登場に二人が驚きに声を上げたのが分かったが、しかし雅は尚もただじっと女性を見下ろし、帰ってください。と言い放った。

「び、っくりしたぁ~……、あんた、誰……」
「もう遅いし、帰った方が良いですよ」
「春君の知り合い?」

 驚きに声を上げたものの、雅を頭の先から爪先まで見ては怪訝そうな顔をした女性が、問いかけてくる。
 だがその視線と言葉に雅も眉間に皺を寄せ、最低限のマナーとして使っていた敬語をなくし、地を這うような低く深い刺のある声で言い放った。

「……あのさ、さっきから聞いてたけど春はハッキリちゃんと困るって言ってたし俺も帰ってって言ったのに、一切人の話を聞かないのは何で?」

 問いかけていると見せかけてその実、さっきから春の話も全部流してたけど、どういう思考回路してんの。と吐き捨てるように告げる雅に、言われた女性がびくりと肩を跳ねさせ、顔を引きつらせる。
 それを尚も無表情で見下ろした雅は、自身の後ろにスッと隠れていた春が不安そうに服の裾をちんまりと摘まんでくるのを感じて、掴んでいたままの腕を大丈夫だと言うよう、優しく今一度握った。


「帰って」

 吹き荒れる冬風に負けぬほど冷たい声を出した雅の呟きが、夜道に溶けていく。

 普段、自身の見た目が人を怖がらせやすいと知っている雅は、初対面の人には特に乱暴な言葉遣いや態度をしないようにと、一応心掛けている。
 だがそんな雅がそれでも、優しく言うのはこれが最後だから。と鋭い眼差しを向ければ、春と雅を交互に見た女性が唇を噛み締め、それからひどく悪意のある表情で口を開いた。

「……こ、こんなガラ悪い見た目しといて人に説教とか馬鹿じゃないの? ていうかこんな奴とツルるんでるとか、幻滅なんだけど」

 そう怒りと悔しさで顔を真っ赤にした女性が、苦し紛れのように吐き捨てる。
 その負け犬の遠吠えめいた言葉がしかし存外に鋭く胸に突き刺さり、雅は小さく息を飲んでしまった。

 ……こんな見た目の人間が春の側に居るのは相応しくないなんて、自分が一番分かっている。

 だなんて自分をどこか卑下した考えで雅が俯き、……もう帰れって。と言おうとしたが、しかしその言葉を遮るよう声をあげたのは、春の方だった。




 
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