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14. 女官見習いの、幼女
しおりを挟む登場人物が5人(皇帝夫妻、羊男、兎少女、豹幼女)おります。視点が切り替わり酔いますのでゆっくりお読みくださいませ。なお、本日はRではありません。
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「だんなさま、獣人のめすへの過度な乱暴は、この竜王宮では認められておりません!なにとぞ、お手をお放しくださいませ!」
小さなヒョウ柄の耳を持つ幼女が、乱暴を働く羊男と女性の間に入ると、声を張り上げる。
羊男はその小さな幼女を一瞥し、顔を顰めた。
「煩い、使用人風情が生意気な。それにまだ成人もしていない子供の癖に。馬鹿にするのも大概にしろッ!!」
羊男が幼女目掛けて拳を振り上げる。それと同時に、いつの間にか男の後ろに立っていたロキがその腕を掴んだ。
「ロキ」
「······はい」
ロキはバツの悪そうな顔で、ヴィクトールが身を隠している場所を見た。彼は指示もしていないのにロキが独断で仲裁に入った事を良く思っていない様子。だから、ロキはいつもの“影”としてではなく、“弟”として返答し、軽く頭を下げる。
「ですが、リリアーナ様が強行突破されるよりも、オレが駆け付けた方がいいと、判断致しました」
ヴィクトールは、握っていた手を振り解き、走っていくリリアーナを見た。兎獣人の女性の元へ駆け付けた彼女は、蹲るその女性を抱きしめる。
『本当に、次から次へと······』ヴィクトールは諦めたように首を横にゆっくり振ると、ロキに腕を掴まれた羊男を見た。
「この、下賤な狼め!私はゴーロットだぞ!この国で私を知らぬものはいるまいッ!」
苦痛に顔を歪めるも、腕を掴んでいるロキに向かって、ひたすら悪態をつき続けるその男。
ヴィクトールはゆっくりと廊下に足を踏み出すと、口を開いた。
「······女性だけでは飽き足らず、子供への暴力も認められているとは。ドラファルトはそこまで野蛮な国だったのか?」
ヴィクトールの低い声が廊下に響き渡る。男はその声のする方を向き、皇国皇帝の姿を認識した途端、顔面蒼白となった。
「っ、っこ、こうてい、へいか······?なぜ、ここに······」
「汚い口を閉じろ。不愉快だ、今すぐに去れ」
ロキが腕を離すと、執着していたはずの兎獣人の女性には目もくれず、一目散に逃げていく。
脱兎のごとく走り去った羊男を見送って、ヴィクトールは溜息をついた。
「まったく······」
「貴女、大丈夫?怪我はないかしら?」
「······はい······ご迷惑おかけし、申し訳ございません」
ヴィクトールは、震える兎獣人の女性を抱きしめて介抱する妻を見下ろす。
そんな中、横に立っていた豹獣人の幼女がヴィクトールとロキを見て、背筋を正すと深くお辞儀をした。
「わたくし、この竜王宮の見習い女官をしておりますユイ、と申します。だんなさま方、ごじょりょく頂き、本当に有難うございましたっ、」
「ふっ、」
「······ロキ」
「“ダンナサマ”とか······。皇国皇帝である兄上を旦那様と呼ぶなんて。聞き慣れなくて······っ、」
笑いを堪えきれない様子のロキを見て、その言葉の意味を漸く理解した豹獣人の幼女が、勢いよく跪いた。
「っも、申し訳ございませんでしたっ!こうこく、こうてーへいか、などとは分からず······おゆるしください」
平身低頭、地を頭につける勢いで土下座し始めたユイを見て、後ろからリリアーナが優しく声をかける。
「っ、もう!ロキ様、その煽るような発言はおやめください。怖がらせてごめんなさいね。ヴィクトール陛下はそのような事ではお怒りにならないわ。貴女が気にする事は何もないのよ?」
にこりと柔らかい笑顔でほほ笑むリリアーナに、ユイは目を奪われた。
「わぁ······綺麗な人······。っあ、ご、ごめんなさいっ」
再び頭を下げたユイの肩にリリアーナがそっと触れる。
「ふふっ、こんな可愛い女官さんがいるなんて、ドラファルトは素敵ね。それに困っている方を身を挺して助けられるなんて、素晴らしい事よ?もっと自信を持って」
「はい······」
リリアーナを陶酔するように見つめ、床に座り込んだヒョウ獣人の幼女。その隣で、ロキはヴィクトールに向かって口を開いた。
「ヴィクトール様、オレはこの女性を連れて宴会場まで送り届けてきます。お二人は部屋へ戻られますよね?影を何人かつけておきます」
「いや、すぐそこだろう。その必要はない。その女の件は······お前に頼んだぞ」
「はっ、お心のままに」
ロキが兎獣人の女性をエスコートするようにその場を立ち去り、リリアーナは立ち上がるとヴィクトールに頭を下げる。
「ヴィクトール様、今回の私の勝手な行動、本当に申し訳ございませんでした」
「ああ、今後は気を付けてくれ。あまり他国の問題に、首を突っ込みたくないんだ」
”余計な面倒事は極力避けたい”と呟くヴィクトールに、リリアーナは大きく頷いた。
「さて、そろそろ戻ろう」
ヴィクトールがリリアーナに手を差し伸べた瞬間、床に座り込んでいたユイが勢いよく顔を上げる。
「あっ、あの!!わたしを、奥様の······、いえ、こうごー陛下の、専属女官にしていただけませんでしょうかっ?勿論っ、見習いからで構いませんのでっ」
「は?」
「え?それは、貴女が私のお世話をしてくれるということ?」
訝し気な表情のヴィクトールとは違い、リリアーナは目を輝かせる。
そしてコクコクと頷いた幼女を見て、二人は同時に言葉を発した。
「それは······「ええ!こんな可愛らしい女官さんがついてくれるなんて!嬉しいわ!ね?ヴィクトール様?」
「っ······まあ、リリィがそうしたいのであれば、そうすれば良い、が······「良かった!」
嬉しそうに手を合わせて笑ったリリアーナを見て、ヴィクトールは諦めて彼女の手をとる。
「さ、もう此処にいる必要はない。早く戻るぞ」
歩き始めた二人の背後で、ユイは深くお辞儀した。
「あ、ありがとうございますっ!!全力で仕えさせて頂きますので、よろしくお願いいたしますっ!」
その仕えさせて、というのが、皇国までついてくる、という意味だったと知るのは、まだずっと先の話。
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